軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

29話 哲学は不滅

大きいものはいい。大きいものは人を惹きつける。

小さな苗木は時間をかけて大木へと育ち、大地と生物に恵みを供給する。

小さな魚たちも、個々では弱くとも数の力で群れることで大魚のごとく擬態し危機を凌ぐ。

大きいは正義だ。

俺が前にいた世界もそうだった。

会社は一人の力によって立ち上げられるが、多くの人が集まり、組織を育む。いずれ大きく育った会社は、大企業として社会に知られる。

大企業は多くの雇用を生み出し、素晴らしい商品や、素晴らしいサービス、アイデアに至るまで社会へと多大なる恩恵を与える。

とある有名な悪徳大企業も俺にアイデアを授けてくれた。修理とは、まずは壊すところから始めるのだと。壊してから直せ。そんな哲学が生み出してくれた俺の必殺技『魔力針』が誕生した目出度い日だというのに、なんてことだ。

顔が熱く、視界も狭くなってきている。浪人との戦いで顔中ボッコボコに腫らしているというのに、戦いが楽しくなってしまって逃げることを忘れていた。

悪徳商人が部下を連れて俺たちを取り囲む。普通に絶体絶命過ぎてやばい。

俺だけの問題ではない。ミリアちゃんにはシロウを連れて帰ると約束したのに、それすら守れそうにない。

み、見誤ったぁ。

小物が変に張り切るとこういうことになる。小物は小物らしく最初から逃走に全振りしていればよかったのだ。

なんで俺なんかがあんな大物に勝とうだなんて一瞬でも考えちゃったんだ。しかも幸運の女神が一瞬微笑んでくれたというのに、その機会すら自分で捨ててしまった。

昔、クラスのマドンナが余った義理チョコをくれようとしたことがあったのだが、強がって「いらねーし」と断ったあの日以来の後悔である。マドンナと女神はそう何度も微笑んでくれはしないのだ。

「面倒なガキどもだ。騒がしいと思っていたら、こういうことになっていたか」

悪徳商人が部下たちをかき分けて円の中心に入ってくる。

気絶しまたままのシロウの髪の毛を掴み上げて、唾を吐きかけた。ひどいことを。

「お前たちみたいな権力も実力もない小物貴族はせいぜい養分になっていればいいんだ。あまり手を焼かせるな」

「おい、その手を放せ」

「ああん!!」

思わず口を挟んでしまったが、すぐに状況が悪いことを思い出した。まっずい。

そんな怖い顔で睨まれると、絶望度が深まるから勘弁願いたい。

「すみませんが、その手を放していただけませんでしょうか?」

「言ってること一緒じゃねーか」

またシロウの顔を覗き込んで、地面を引きずる。苛立ちを募らせた悪徳商人が、シロウの顔に向けて張り手をいれた。

「いつまで寝てやがる」

パチンと乾いた音が響いた。こんな事態にしたのは俺なのだから、シロウにこれ以上手出しをするのは本当にやめて欲しい。

「止まってくれ……下さい。シロウは体が弱いんだ。それ以上は、頼むからやめて下さい。どうか」

前に見せた偽の土下座じゃない。

今俺にできることは、誠心誠意真心を込めて頼み込むことだけ。

視線を外して相手に頭を向けるこの仕草は、相手を信頼してのことだ。謝罪をするし、抵抗もしないから、ただシロウを解放して欲しい。

「またその演技で俺様を騙そうってか?」

「演技じゃありません。魔石の件からはもう手を引きます。本当は伯爵にも知らせていません。あれは全てあなた方のものにして下さい。なので、これ以上クルスカ家……と俺には手を出さないで下さい」

ちゃっかり自分も入れちゃう。そりゃ死にたくないからね。できれば俺も許してほしい。

「ほう。……話の分かる子供じゃないか!そういうことなら、こちらもこんな荒事も、手間もかけなくてよかったのに」

「えっ、じゃあっ」

喜んで顔をあげると、悪徳商人と目があった。

ニチャーとした粘り気のある不快な笑み。

俺はあの表情を知っている。自分が優位に立ち、悪いことを考えている人間が見せる笑顔だ。俺もたまにやるので、よく知っている。

スッと何かが横から近寄ってくるのが分かった。

ゴッと鈍い感触が顔に走り、吹き飛ばされている途中で自分が蹴飛ばされたのだとわかった。

身体強化を使った一撃はなかなかに効く一撃となった。

当たり所が悪く、悶絶した。

「ばかめ。許すわけないだろう。お前たちが生きていることこそリスク。悪いが、お前たち二人だけじゃない。時間をかけてクルスカ家も全員潰す予定だ」

この砦の規模、人員の数、今回の件は偶然俺が関わってしまったが、随分と前から進んでいる計画に違いない。

こちらはもう何もいらないから手を引いてくれ、はいわかりました、とは行ってくれないらしい。

「まずはこっちのガキからだ」

ナイフを取り出し、シロウの首元に突きつける。皮膚を軽く切ったナイフは血を吸ったように、流れた血で刃先が赤く染まっていく。

「たっ、頼むから!頼むからやめてくれ!」

また土下座したが、言葉は届かない。

振りかぶって、今まさにシロウにナイフが突き刺さろうというとき、悪徳商人の顔に剣の鞘が叩き込まれた。

ゴツッと鈍く鳴り響いた男は、多分顔の骨を砕いたんじゃないだろうか。

そうとうな衝撃だったように見えた。

「立て、小僧」

「……おじさん!」

「こんな下らんやつらに頭を下げるほど、お前の価値は安くない」

敵であるはずの浪人が、味方であるはずの悪徳商人を殴り飛ばした。倒れてピクピク痙攣している様子を見るに、相当強く殴りつけたらしい。

なんとありがたい助太刀と感謝したいのだが、同時に戸惑いもする。

「なんで助けてくれるの?」

「勝った褒美、だとでも言っておこう」

確かに浪人との1対1には勝った。けれど、それはかなり手心を加えて貰った上で、何度もチャンスを貰ったからだ。相手が本気であれば、最初の襲撃で顔すら見ることなく死んでいたことだろう。

多くを教えてくれた上に、救助まで……。

「そんなことをしてもいいの?」

そう問いかけると、懐をまさぐり始めて、中から札束を取り出した。金塊や貴金属も混ざっている。あれはこちらの通貨のバルであり、全部が高額紙幣。合わせればかなりの額になる。

それを宙に投げ捨て、気持ちのいい笑顔を見せて宣言する。

「これでもう雇われじゃない。もともと忠誠を誓った間柄でもないしな」

「貴様!殿下に拾われた恩を仇で返すか!」

「そうなるな。小僧、問題あるか?」

問題?そんなものあるか。

「最高の決断だよ」

「だとよ。ふはははっ、床に投げ捨てた金は結構な金額になるぞ。お前ら、好きに拾え。一年は遊んで暮らせるだろうさ」

浪人の言葉に辺りを囲んだ部下たちが目の色を変え始めた。

悪いことに、俺の目の色も変わり始める。

お、俺にも拾う権利ってありますか?

「行け、小僧。ここは俺が止める」

「一人でこんな数を相手に?」

ざっと数えただけで30人は超える。これから更に人が増えることを考えれば、50人は相手にしなきゃならないだろう。

「生きる意味が見つかって、久々に気分がいいんだ。気が変わらない内に行け。死ぬんじゃねーぞ。お前を殺すのは俺だ」

「なんでそうなるんですか!」

「けど、それは今じゃない。もっと成長して強くなっていろ。……小僧、名を聞いていなかったな」

それはこっちもだと言いたいが、まずは名乗っておく。

「ハチ・ワレンジャール。姉さんたちが超大物の、田舎貴族だ!」

虎の威を借りる狐。自己紹介には絶対に姉さんたちの情報を入れると決めている。俺のネームバリューも上がるからだ。

「そっちは!?俺を殺すんだろ!?自分を殺す相手の名前くらいは知りたい!」

一度断られているが、恩人の名を知らないまま逃げたくはなかった。

「……生まれの名は好きじゃない。ジン、とでも呼べ。俺に技を教えてくれた人の名だ」

「ジン!恩に着る!」

浪人の名はジン。人生で初めて命のやり取りをした相手の名だ。嫌でも忘れないだろうな。

意識を失ったままのシロウを背負って、出口へと向かう。

ジンの牽制で、誰も俺たちを追えない。

「金を拾うやつは好きにしろ。後を追うやつは、この世にお別れを告げな」

そんな格好いいセリフをいつか言ってみたいものだと思いながら、一度だけ振り返ってジンの姿を見た。

さようなら、そしてありがとう。

多くの経験を与えてくれ、危機を救ってくれた人に別れを告げた。

また、会えるよね?

それからはドタバタととんでもなく慌ただしく事態が動いた。

クルスカ家へと避難し、急いで伯爵に事の仔細を知らせた。資源を巡っての抗争は昔からよくあることであり、貴族間の衝突が起こる最も多い理由でもある。

特に今回は伯爵家とクルスカ家の権利を狙った敵の首謀者が判明していないことも警戒の一員だったのだろう。噂は流れているが、その噂がまた宜しくない大物の名がちらほら出てくるので、伯爵も気が気じゃないのは想像に難くない。

そういう事情もあって、まさに神速のごとき早さで、伯爵領最強の軍やってきてクルスカ家を占拠した。

俺たちが知らせを走らせた5日後のことであった。

「物々しいねえ。おーこわ」

すっかり雰囲気が変わったクルスカ家には、伯爵家に仕える要人たちが忙しく駆け回っている。

屋敷の外には軍が天幕を張り、戦地の最前線かのごとく異様な空気感を醸し出していた。

仕事の邪魔にならないように、隅っこで大人しくしているが、折角の観光なので早く解放されたいと思っている。

ミリアは体調を考慮されて植物園に行っているのだが、俺とシロウは軟禁状態である。今回の件を知っているので、外部に情報を漏らさないように、それと見たことを伯爵に報告する役目を負っている。

伯爵はまだ到着していないらしく、到着までやることがないのだ。

やることがないなら、修行タイムと行きたいのだが目の届くところにいろと命令を受けている。

伯爵が到着したのは、日が暮れた頃だった。

真っ先に呼び出される俺とシロウ。

「今回の件で伯爵様に罰を受けるのかな?」

「いやいや、俺たちに非なんて無いだろ。褒美が貰えるんだよ、たぶん」

「でも管理を任された土地であのような計画を未然に防げなかったことが……。それに鉱山の規模も見誤った」

不安を口にすると、そのまま体調に反映されてしまうシロウ。またゴホゴホと咳き込んで、血を吐いた。

それを見て、ハンカチを取り上げた。

ゴホッと吐き出された血が顎下に垂れて、シャツにもべっちょりとつく。

「何をするんだ、ハチ!」

俺は罰せられるなんて発想はしていなかったが、思えば相手は権力者だ。何があってもおかしくないし、何かがあってからでは遅い。

「もう一回血を吐き出せるか?」

「なんで!?」

シロウの体に知らぬダメージは与えたくないが、吐けるなら吐いておいて欲しい。まあ、無理言っても仕方ないのでとりあえずハンカチは取り上げておいた。

「シロウ、俺の顔の晴れ具合はどんなだ?」

「酷いものだよ」

くくっ、ならば良し。

ジンとの死闘で俺の体は生傷がまだ残っているが、体にあってもイマイチインパクトが足りない。大事なのは、一目見てわかる場所にある傷だ。顔がボコボコになっているのは、今は幸運である。

「ハチ、君は何をしようと」

「シロウ、クルスカ家と自分の身は可愛いだろう?」

「……それはそうだが」

「なら後は任せときな。伯爵との会話は全部俺に任せて、お前は黙っていろ」

シロウは性格が馬鹿正直だ。友達としては最高な誠実さは、交渉の場ではよろしくない方向にも出かねない。

約束させて、俺たちはいざ伯爵の面会へと赴いた。

扉をノックし、秘書官から入室の許可を貰う。

伯爵に用意された臨時の部屋に、シロウの片腕を肩に担いで入る。

顔をボコボコに腫らした少年と、血を吐いて自力で歩けない少年。満身創痍ではあるが、過分に演技を含んだ俺たちの登場に、秘書官がたじろいだ。

前に会ったときは杖をついて無表情を決め込んでいた伯爵も、このインパクトには少し戸惑いの表情を見せる。視線が揺れて、動揺がこちらに伝わった。

「すみません、御見苦しいところを。良ければ何か拭くものを。先日の戦いで、シロウは内臓は痛めてしまいまして」

そーんな、事実はない!

シロウはもともと体が弱くて、吐血は日常茶飯事だ。しかし、伯爵はそんなことを知らない。空高く飛ぶ龍が、地を行く亀の持病なんて知るはずもない。

「これを」

秘書官が差し出すハンカチを受け取り、俺がシロウの血を拭ってやる。

「意識をしっかり!伯爵様の前で気を失うなよ。全部話し終わらないうちに気を失うことは無礼と心得よ!」

シロウに厳しく当たるふりをすると、伯爵がフォローしてくれた。

「よい。自分たちのペースで話せばいい。二人ともソファへ腰かけよ。それ以上無理をするな」

「ははあー!伯爵のお心遣いに感謝申し上げます。ささっ、シロウ。内臓に気を付けて座るんだぞ」

「……ありがとうございます。伯爵様」

先制パンチは効果的。有効打を決めたことを感じて、俺も少し苦しむ演技を入れた。「う゛っ」なにせ顔がボコボコだ。下手な演技でもいい味を出す。

「ゆっくりで構わん。一連の出来事を話すがよい」

ちょうどよくシロウがまた吐血してくれたので、俺は労わるように口元を抑え込む。完璧だ。クルスカ家の者じゃなく、俺が話すいい口実になる。

それからあったことを、すこーし。ほんのすこしね。俺とシロウがめっちゃ頑張田風に、すこーし脚色して伯爵に報告した。脚色した部分と、ジンの存在以外はほとんど正確に報告したので、まあ役割は果たしたと言っていいだろう。ジンは助けてくれた恩人なので、間違っても伯爵のターゲットにならないように存在を隠しておいた。

「以上となります。……申し訳ございません!伯爵様に任された土地でありながら、敵の侵入を許したばかりか、捕らえることも出来ず自分たちは生き延びてしまい!伯爵に一体どうお詫びすれば良いものか!」

「何を言う。よくやった。二人の様子を見ればわかる。その歳で逃げ出さずに、よくぞ300人の敵に立ち向かったと褒めて遣わす。さすが、ワレンジャール姉妹の弟である」

あっ、300人のところは脚色した部分です。

「あっ、ありがとうございます」

驚いたのは、伯爵が俺のことを覚えていたことだった。合宿で一度会っただけなのに、こんな大物が覚えてくれていたとは。

……まさか、崖登りの記録を破ったこと、根に持ってないよね?

「伯爵、今回の件で我が家は領地没収されるのでしょうか?」

黙っていろと言ったのに、シロウは口を開いて尋ねた。どうしても不安だったのだろう。けれど、攻める気にはなれない。それに俺の口先だけの交渉がうまくいくとも限らない。

「そうはならぬ。鉱山の再調査は必要だが、伯爵家とクルスカ家で共同開発することになるだろう。もちろん利益もクルスカ家と分配することになる」

シロウと顔を見合わせた。

2人とも笑顔がこぼれる。

「伯爵、ありがとうございます!」

「なぜお前が礼を言う。ワレンジャール家は関係がないであろう」

「何を言いますか。伯爵の寛大な措置は、我々庇護下にある弱小貴族に希望を与えるものです」

伯爵、意外と統治者として有能か?

変な演技はいらなかったかもと思いつつも、ことがうまく運んでくれて満足だ。

「報告は以上となりますので、我々はここで。シロウ、肩を貸そう。あまり無理するなよ。お前は内臓を痛めているんだから。ほら!しっかり掴まれ!軽率で不用心な行動が、今は命に関わってしまうぞ!うっ、俺も折れたあばら骨が痛むぜ」

「……あ、う、うん」

演技は最後まで。遠足は帰るまでが遠足です!