軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

122話 石油が出ているかもしれない

砂の一族が用意してくれた乗り物。砂の上を走る舟。砂走舟。

帆を張り、砂漠に拭く風を利用する。

底面に魔物の素材で加工した風きり羽が付いており、流れるように進む。

砂漠には魔力の流れに沿って砂が流れる箇所がある。舟はその流れに従って進む。物資を運んだり、人の移動で利用したり、砂の一族の大事な航路として長く使われているらしい。

舟の後ろではグランサリオを綱で結び引きずっている。砂の上を進めるのか? という俺の杞憂は、乗った瞬間に味わったパワーですぐさま消えたのだった。

砂の上をかすめるたびに「さら、さら」と細かな音を立てる。

時たま舟が浮き沈みし、足がふわりと浮いた。本当に水の上にいるみたいだった。

「落ちるなよ、ハチ!」

舵を握って、砂の流れを読む砂の一族に舟の操作を習いながら、アリドは俺にも気をまわしてくれた。

さっきからずっと舟の外を興味深く見ていたからね。随分と危なっかしい感じだったのだろう。

「酔ったら、どこに吐けばいい?」

「砂に、ご自由に!」

「あいよ」

目の前に広がる砂の大海。

波も水もないのに、大会のごとくうねり続ける砂たち。陽光で銀色に光り、遠くで砂柱が立ち、消える。

このあたりの砂は危ないので、集落も近くには無い。ただ通り過ぎるだけのエリアとのことだが、初めて見る俺には感動的な光景だった。

砂の流れが変わるたびに、舟は自然に角度を変える。

右へ、左へ。まるで砂が道を示しているようだ。乗り慣れていないと……オロオロオロ。ご用心を。

「アラ=ファルマまでは半日だ。風の流れも悪くない。予定通り着くことだろう」

そう。俺たちは今、砂の一族の首都である移動都市アラ=ファルマへと向かっている。

砂漠を旅する巨大な街。

この砂漠においては一か所に留まるのは危険なことらしい。魔力を吸う砂の特性、魔物が多い地、そして吹き荒れる砂嵐。彼らは常に砂を読み、その時々で最適な地にて暮らす。それがここの生き方だ。

なぜアラ=ファルマに向かっているかというと、そのうち戦士長様が連れて行ってくれる予定だったのだが、少し事情が変わった。

俺が数百年生きた魚、グランサリオを獲ってしまったからだ。

グランサリオの素材は非常に貴重で、集落では加工できる職人がいなかった。これ程の大物はアラ=ファルマにいる有数の名職人じゃないと加工ができないらしい。

そのグランサリオを運ぶなら、それを捕獲した俺も是非アラ=ファルマに行ってみると良いと背中を押された。きっと族長様も褒美を下さるとアリドが言っていたので、美味しいものが食べられるんじゃないかと今からわくわくしている。うっひょー。

順調な旅路。

舟にも砂の大海にも慣れて来たところで、舵を操る男が急に前のめりに身を乗り出した。舟の進むスピードを考えると、落ちたらタダじゃ済まなさそうだが、それでも身を大きく乗り出す。何かを感じ取ったらしい。

「地中から、何か高速で接近してくる! 砂煙、二筋!」

え、砂の中を!? と反応するより早く、アリドが槍を構えた。

「噂の賊か? グランサリオを狙っているのかもしれない。気をつけろ、ハチ」

俺は慌てて足を踏ん張る。砂の海の上で舟が揺れる。まだ慣れていないが、そんな悠長なことは言っていられない。何かあったときは、アリドの脚を引っ張らない程度には頑張らないと。

後方の砂丘が盛り上がり、砂粒がぱちぱちと弾けた。

次の瞬間、轟音とともに砂が巨大に跳ね上がった。

ドッ……バアァン!

砂柱が立ち上がり、その中心から何かが飛び出してくる。

人じゃない!? サイズが規格外。魔物か!?

砂の流れをまとった巨大な生物の唐突な登場。その上にまたがり、背で揺るがぬ姿勢を保つ男の姿も見えた。

「戦士長様!?!?」

驚いて、アリドの声がひっくり返った。

砂の中を泳ぐクジラのような巨大生物。砂を蹴りつけ、舟の横をかすめるように猛スピードで駆け抜ける。

戦士長はその背から反動もなく飛び、俺たちの砂走舟に軽く着地した。

衝撃など一切ない。

完全に砂漠での移動に慣れ切った動きだ。終始あわあわしていた俺とは雲泥の差。

着地と同時に仮面を取ると、戦士長様はまたあの人の好い笑みをニコリと浮かべた。強い本物の大物ってよく笑うよね。

「ど、どうしてここに……! もう賊討伐を終えられたのですか!?」

アリドが息を飲む。明らかに緊張している。

戦士長様のことは特に尊敬しているって言ってたからな。砂面衆たち若者は、砂守の中でも戦士長様の称号を得るこの男への憧れが一際大きい。

たしかに、あんな巨大生物を乗りこなし、めちゃくちゃ強くて、今さっきの身のこなしもお見事。憧れちゃうよなぁ。これが、真の大物ね。

砂の一族にもいるものだ。大物が。そのうち、砂の小物にも出会いたいものです。

「アリド、ハチ。数日ぶりだな。実はその件で、族長様に報告がある」

「報告……?」

「異常事態が起きている。賊は砂に隠れた。まるで砂そのものに守られたように」

舟の上に一瞬、風が止まったような静けさが走る。アリドも、舟を操る男も衝撃を受けていた。事態を理解していないのは俺だけだったみたいだ。

俺のために説明してくれているのだろう、戦士長の声が、低く重く続いた。

「砂が、一族以外を味方するなど有り得ん。これはただ事ではない。賊の正体、今一度冷静に分析する必要がある。むやみに探し回るより、私の判断で任務を中断した。族長様へ報告のため急ぎ戻る途中だったが……」

戦士長はそこで、じっと俺とアリドの方へ視線を寄越した。

「珍しい二人を見つけてな。ついでに乗せて貰ったというわけだ」

砂の海の風が、ざぁっと舟の側面を撫でていく。

戦士長様の乗って来た砂の獣は、少し遅れて挨拶とばかりに大きく吠えて、砂の中へと静かに沈み込んでいった。

終始、あわわわわである。あれ、なんだったの!?

「戦士長様……お言葉ですが、それは本当にあり得ないことです。砂は数千年もの間、外敵を排除してきました。我らから賊を隠すなど……」

「信じられない気持ちは理解できる。だからこそ、私も族長様の判断を仰ぐのだ。それに」

戦士長様が可能性の話をしいていく。

アリドと総舵手の心を落ち着かせるためだろう。それだけあり得ないことらしいので、2人を気遣っての言葉が続く。

「賊が一族内部の者であれば、砂が味方するやもしれぬ」

「しかし、既に砂守様2名がやられております。一族の者ならば、砂守様が気づかぬはずはありません」

「ふむ、それも一理ある」

しかし、結論は出ないし、両者全然納得もしていなかった。

ど素人が口を挟むべきではないかもしれないが、俺の考えを伝えてみることにする。これでもいろいろ見て来たからね。解説役の小物は結構タイムリーな情報をお持ちですぜ。げへへへっ。

「賊は、精霊に愛された存在かもしれないですね」

「精霊様に?」

「はい」

砂漠はかつて精霊に見捨てられた存在。今尚精霊様がなかなか近寄らない不毛の土地らしいが、完全に見捨てられた訳じゃない。

慈悲深き、豊饒の紋章を司る精霊王ミトリア様の加護は今尚届いていると、戦士長様に聞いたことがある。

ということは、この地にも精霊は近寄れるのだ。

「砂の一族以上に砂を味方につけ、この危険極まりない砂漠を好き勝手動き回れる人物。そんなの精霊を味方に付けていないと無理な話です」

「ふむ、仮説の中ではもっとも説明がつくかもしれないが、ただしそれでも」

まだ完全には納得いかないらしい。

「ハチには一度説明したが、砂漠は見捨てられた地だ。ミトリア様の慈悲でなんとかなっている部分が多く、普通の精霊、いいや精霊王様の格でさえ、ミトリア様以外はこの地にはやってこようとしない」

「つまりは、賊はそれ程精霊に深く愛されているのでしょう。砂漠の地であろうとも、ずっと付いてくるほどにその賊たちは精霊に愛されている。もしかしたら、紋章の覚醒者という線もあるかもしれない」

紋章の覚醒者は精霊王に愛され、多大なる恩恵を受けた存在だ。

魔力が高まり、スキルが進化し、大自然を味方に付ける超主人公特性。俺は友人でそんな知り合いが一人いるので、奇跡みたいな力をこの目で見て来た。

きっと紋章の覚醒者ならば、この厳しい砂漠も平気で渡れるのだろう。賊の周りには、最新型エアコンもビックリの冷風が吹き続けているに違いない。

「面白い仮説だ。ハチ、族長様への報告にお前もついて来てくれ。今の話、族長様に直接頼む。私からするよりも、その予想を立てたハチから伝えた方が族長様もいろいろと質問がしやすいだろうからな」

「もちろん大丈夫ですが、あまりあてにしないで下さい。ただの予想ですので」

紋章の覚醒者になり得るような人物が賊扱いされるのもおかしな話だしね。そもそも、なぜ砂漠に用が? ってところから疑問は尽きない。

まあそんなことはどうだっていい。賊の脅威が俺に届かなければ、小物の身としてはそれで十分なのだから。

「ハチ、前を見てみろ。見えて来たな」

戦士長に言われ、自然と正面へ視線を向けた。

砂の向こう、蜃気楼の揺れの中に、巨大な影がある。

最初は砂丘か山の影ように見えた。

けれど、よく見ると、ゆっくりと……確かに動いている。

「あれ、まさか……」

陽光に照らされ、輪郭がはっきりする。

四つの長く伸びる影。

四本の脚が支えている、巨大な機械!?

砂煙を巻き上げ、巨大な機構が一歩ごとに砂海へ深い跡を刻む。

一本一本が、城の塔のように太い。

さらに視界に全容が飛び込んでくる。

真四角な胴体らしき部分がおそらく移動都市アラ=ファルマの本体。

壁面はなめらかで、古い金属とも石ともつかない質感。

砂漠の日差しを浴びて、錆が際立つ。

胴体側面に無数の開口部があり、街路の端や、建物の影が見え隠れする。

巨大な機構の体内に、都市丸ごとを格納している!

四つの脚が規則的に、しかしゆったりと地を踏みしめる。

踏むたびに、乾いた低音が砂の海に響いた。

ドゥ……ン。

ドゥ……ン。

都市が移動し続ける。これが移動都市アラ=ファルマ!

でけー! とんでもなくでけー!

そして、これって……。

「もしかして、巨大なアーティファクト!?」

「その通り。砂の神エル・ラッコーン様が遺されたアーティファクトを使用した移動都市――それがアラ=ファルマだ」

こんな最新都市、王国にも全然ないんですけど!

全然田舎じゃないんですけど! むしろ、最新都市!

舟でアラ=ファルマの懐に潜り込む。巨大な影は心地よく、他にも都市内部へと入るための舟で溢れかえっていた。

アラ=ファルマは止まらない。入りたければ、進み続ける都市に頑張って入れって感じだった。

胴体側面には長いトンネルが穿たれおり、内部にたまった砂を吐き出すためか、排熱のためか、絶えず強い風が吹き出している。そこから、ブオーンと音が絶えず鳴るため、まるでアラ=ファルマが生きているかのように錯覚してしまう。

巨大アーティファクトの内部に都市を作ったのは、日差しを避けるためなのだろう。砂漠では屋外での長時間の直射日光は命取りになる。巨大な都市を持つには、こういうものを利用する他なかったのだろう。

アラファルマは近づけば近づくほど、その高さが際立った。

四本の脚は塔のようにそびえ、都市の腹部はどうやったって飛び乗れる高さではない。雲よりは当然低いんだろうけど、下から見るといまいち距離感を計りかねる。空にある都市と錯覚しそうな程巨大だ。

あんな高さのままじゃ、とても人が出入りできない。

舟を操る男が言った。

「運が良いな! ちょうど開くタイミングだ。もうすぐアラ=ファルマがしゃがむぞ!」

「しゃがむ?」

「ああ、アラ=ファルマは数時間に一度だけ足を折りたたむんだ。その時だけ腹が地上近くまで降りて来る。入り口はその瞬間だけ下腹部に開く。長い時は、数時間待たされるんだ。本当に運が良い」

その説明の直後、地響きがした。

ドゥ……ドン。

巨大な四脚がスピードを落とし、ゆっくりと沈んでいく。

膝のような関節が折れ、都市の腹部が砂の海へゆっくり降りてくる。

広い影が砂上に広がり、熱気がさっと消えた。内部の冷気の影響もあるかもしれない。

「来るぞ、ハチ!」

アラファルマの腹部。

そこに長い裂け目が走り、鉄板が左右へ開いた。

小物を飲み込む巨大な機械生物にも見える。まるで舌のように内部から垂れて来た金属板が敷かれたのがまたそれっぽい。

地面に向かって金属板が斜めに伸び、巨大都市と砂の海をつなぐ 一筋の降り道 を形づくる。

船体の前で、操縦者が叫んだ。

「板が伸びきる前に行くぞ! 砂が流れ込む前が入り時だ!」

舟が一気に加速した。

砂を蹴り、跳ね、鉄板の上へと滑り込む。

鉄板はわずかにしなり、舟を受け止める。

そのまま斜面を駆け上がり、俺たちは、巨大な四脚都市アラ=ファルマの腹の中へ飛び込んだ。

金属の響き、風の変化、外の熱が一気に遮断される。

暗がりの通路に入り込んだ瞬間、都市の内部灯がぱっと点灯し、俺たちの進む先を照らした。

舟を降り、船乗り場の通路を抜ける。

視界が明るくなり、一気に開けた。

「うわぁ……」

さっきまで砂漠のど真ん中にいたとは思えない光景が広がっていた。

高い天井からは巨大な梁が伸び、隣に網のような通気孔から冷たい空気が流れてくる。

石造りの家々が斜面状に積み上がり、露店の布が風に揺れ、色とりどりの果実や香辛料の匂いが通路まで届く。

広場では大道芸人が火を回し、その向こうで砂漠の民が水壺を運び、さらに奥では客引きの声が響く。

想像していた10倍は、活気が凄いや。

こんなに発展しているとは……。どこかで石油とか採れたりしてる?

「本当に都市が入っているんだな……」

ぽつりと呟いたところで、視線を感じた。

周りの人たちが、こちらをちらちら見ている。

王国民だろうか?

一目でわかるのかな?

そんな珍しい格好してたっけ俺……? 戦士長様が用意してくれた一族の服を身にまとってはいるんだけど。と戸惑っていると、一人の少年が駆け寄って来た。

少年の視線は、俺の右腕、黒血管紋に釘付けだった。わかりやすく目を輝かせている。

「それ……! 英雄の傷だよね!?」

「え、いや、その……」

魔獣化したあれです。王国でこんなの見られたら石とか投げられそう。

でも、少年のそれは憧れのような感じだし……。

返事が詰まりかけたその時、少年の瞳孔がぱっと開いた。

少年だけじゃない。

近くの買い物客も、露店の客も、露店の後ろで寝ていたおっさんでさえも。

都市全体の活動が止まったようだった。

な、なんで……? 俺そんなに変……?

と思った瞬間、背後でざわっ……と空気が揺れた。

「うわっ……!」と少年の声が響く。

振り返ると、俺たちの後ろの通路から巨大な影が姿を見せていた。

アラ=ファルマの船乗り場で働く男たちが数名で綱で繋いだグランサリオの亡骸を引いている。

その姿だけで、街の空気が一変したのだ。

さっきまで喧騒に満ちていた通りが、一瞬で静まり返る。

「グ、グランサリオ……!?」「本物だ……!」「誰が……倒したんだ……?」

ざわめきが広がる中、通路の端から戦士長が姿を現した。

人々の視線が一斉に彼へ向かう。

「戦士長様が倒されたのか!?」

「久しく見なかったぞ……何年ぶりだ!?」

「やはり戦士長様がまたやったんだ!」

声が飛び交う。

戦士長は、手を挙げて皆を制した。

「違う。私ではない」

そして、俺を指さした。

「ここにいる、王国民の青年。ハチ・ワレンジャールが、グランサリオを仕留めた。」

「…………え?」

街の人々は、固まったあと、一拍置いてから爆発した。

「おおおおおおおっ!!?」

「英雄だ!!」「グランサリオ討伐の勇者!!」

「王国の客人だぞ!?」「腕を見ろ、英雄の傷持ちだぞ!!」

「よくぞ我らの街へ!!」

どわああっと人が集まり、肩を叩かれ、手を握られ、露店の客が「水飲むか!?」「果実やるよ!」と大量の物を手渡される。

ここの人たちは集落の人たちみたく最敬礼の挨拶をしないらしい。そこがいかにも都会って感じだ。けれど、やはりグランサリオ討伐は偉大なことらしかった。

彼らは自分のことのように盛大に喜んでいる。

気恥ずかしいが、なんかいろんなものを貰えるし、悪い気分な訳もない。

こんな小物でも、人の役に立てているんだって実感できて、とても嬉しかった。

戦士長が後ろから肩をぽんと叩いた。

「アラ=ファルマは偉大なる客人を歓迎する。今日は覚悟しておけ、ハチ」

覚悟か……。

ふふん、それはこちらのセリフよ。食料と、踊りのステージ、足りてますか?

こうして俺は、アラファルマ到着早々、最大限の歓迎を受けることになった。

今日は好きなだけ騒いで、明日にはグランサリオを加工する職人の工房へと案内してくれるらしい。

族長との面会もあるし、まだまだ忙しい日々は続きそうだった。