軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

936:領域の正体

刃を引き抜くと共に、距離を取って残心。

確実に致命傷となった感触はあった。だがそれでも、事切れる最後の一瞬まで気を抜くことはできない。

この偃月刀の武人は、それほどの実力者だったのだから。

実際、その手はこちらを掴み取ろうと広げられていたが、それは空を切り――大柄な男の姿は、跡形もなく消滅した。

深く息を吐き、しかし警戒だけは絶やさぬようにしながらゆっくりと刃を下ろす。

見事な実力だった。これほどの武人と相対したのは、オークス以来だっただろう。

「……凄い相手でしたね」

「ああ。一瞬でも間違えていれば、こちらが負けていただろうさ」

実に満足のいく戦いだった。できれば緋真や師範代たちにも経験させておきたい相手であったが、今はそうも言っていられないことが残念だ。

ともあれ、何やら特殊な様子の個体を倒すことには成功した。

さて、果たしてこれで何かが変わったのか――まずは、それを確認する必要があるだろう。

「それで、さっきの墓とかには何か変化はあるか?」

「墓ですか? それは……無さそうですね」

何やら事情やストーリーがありそうな様子の墓ではあったが、どうやらあの武人が出現するキーとなっていただけで、その後は特に変化はなかったらしい。

あの武人の墓だったのか、或いは関連する何者かなのか。

分からないが、どちらにせよ例の大公に関連する人物であることは間違いないだろう。

その上で、果たして今のイベントにはどのような意味があったのか。

「クオン、さっきの剣には変化は起きてないの?」

「そっちは……恐らく、あると思うぞ」

ここまでの流れからして、あの剣はここまでのイベントにも影響している可能性は高いだろう。

確認のために例の剣を取り出してみれば、その刀身に刻まれた文字は予想通り変化していた。

曰く――『武に殉じよ、是なるは練武の終端なり』。

「ふむ……死ぬまで修行を欠かすなってところか」

「これって、例の大公の思想ってことなんですかね?」

「だとしたら、随分とストイックというか、過激というか……とにかく修行を重ねろってタイプなのかしら」

一度も相対したことが無いので何とも言えないが、このエリアがその大公に関連しているとなると、自ずとイメージは固まってくる。

とにかく、武器を手にして戦うこと。このエリアにおいて重要視されているのはただそれだけだ。

アルフィニールとはまた異なる方向性での無秩序さ。ただ武器を執り、ただ戦う――マレウスの作り出した世界の構造上、戦えば戦うほどそいつは強くなっていったことだろう。

その大公は、強くなることに魅入られていたのだろうか。

「しかし、強くなることそのものが目的ってタイプなら、随分と歪なエリアだな」

「どういうことですか?」

「出現する敵の見た目が武器以外変わらないところだよ。もし、このエリアがそいつのイメージ通りに作り上げられているのなら……その大公は、他人の面の区別をつけていなかったってことだろう」

現れる敵は、どれもこれも同じ見た目。

服装も、体格も――顔面すら、同じデザインの仮面によって隠されている。

その区別をつけているのは、手に持つ武器だけだ。

もしも、先ほどの仮定が正しいとするならば、その大公は戦った相手の戦い方しか記憶しておらず、相手の外見も人格にもまるで興味を示していなかったということだろう。

踏み台として見ているのですらない。ただ、相手の実力だけを評価して、その他の全てを拒絶しているのだ。

どこまでも孤独で、独り善がりな武の在り方。

或いは、それも一つの答えなのかもしれないが――

「でも、さっきの達人だけちょっと見た目が違ってたのは、それだけ強い印象があったってことなんですかね?」

「そうだな、それはあるのかもしれない。流石に、あれほどの強さは印象に残ったのかもしれないな」

たった一人だけ、仮面のデザインに差があったあの武人。

あれほどの実力者と対面して、ようやく個性の違いというものを認識したのか。

或いは――だからこそ、より強い実力者を探し求めることとなったのか。

何にせよ、健全なものではない。どこまでも歪で、ストイックな武人。それが、この第四の大公に対する印象だった。

「けど、それなら……このエリアの最後に待ち受けているのって」

「ああ、その可能性もあるか」

マレウスの作り上げた 箱庭(サーバ) はいざ知らず、この地における戦いでは、この大公が最後に戦った相手は判明している。

もしも、それが再現されているのであれば――

「まあ、予行演習にはなるだろうさ」

「大丈夫なんですか、それで……?」

「果たして、どこまで再現できるものかは見物だがな」

実際のところ、完全再現は不可能であると考えている。

どこまであの技術を再現できているのか、むしろ楽しみであるとも言えるだろう。

何にしても、ある程度はこのエリアの性質は見えてきた。

その最奥まで辿り着くのも、そう遠くはない話だろう。

「ともあれ、この場のイベントは終わりのようだし、先に進むか」

「でも、他に目印がありますかね? また地面の痕跡を探していきます?」

「とりあえずはそれしか無いだろうな。アリス、また目印になりそうなものを見つけたら教えてくれ」

「了解。周囲の探索を優先するから、敵の方は任せるわよ」

この場での変化は、これ以上は無いようだ。

このまま、先に進んでみることとしよう。

* * * * *

破損した武器、地を濡らす血痕。

これらは全て、第四の大公によって積み上げられてきた躯の痕跡なのだろうか。

もしも先ほど予想した通り、そいつが他人の違いというものを認識できないのであれば――この砕け散った武器たちこそが、倒した敵の死体であるということなのかもしれない。

そう考えると、何とも悍ましい光景だ。この破壊された武器の山こそが、大公が積み重ねた死体の山であると言えるのだから。

(マレウスの箱庭では、四体のAIだけが生き残った。逆に言えば、それ以外の個体は全て殺されてリソースとなった。経緯は何であれ、その結末は変わらない)

エインセルはまだマシかもしれないが、他については完全なる加害者たちだ。

この大公とて、その例に漏れるとは思えない。

ただ、一切合切を斬り続けてきたのだろう。

他者を認識できないならば、それが戦う者であるかどうかの区別すらもついていなかったのか。

或いはリソースという観点上、弱者であろうとも糧とすることができたからだろうか。

何にせよ、まともではない。正面から相対して、その相手を斬り殺し――見えているものが、砕けた武器だけであるならば。

その在り方は、最早妄執と呼んでも過言ではないだろう。

「……クオン」

「ああ、見えている。おそらくは、あそこが最終的な目的地だろうな」

視線の先、アリスが双眼鏡から目を外して指差した方向。

そちらにあるのは、小高い丘のようになっている地形だった。

黄昏の光に照らされ、まるで血に染まったかのように赤く燃えている一帯。

その丘の上で、こちらの姿を捉えている気配を確かに感じていた。

「覚えのある気配ではある。だが、かなり違うことも確かだな」

「ってことは、やっぱりあの人なんですか?」

「だろうな。厄介ではあるが、仕方あるまい。それに……そうだとするなら、あそこは間違いなく最終目的地だ」

大公を示す、四つのダンジョン。

そのうちの一つの最奥が、あの場所だ。

ならば――踏破せねば、何も始まらないだろう。

「偽物如きに構っている暇はないさ。早々に、先に進ませて貰うとしようか」

さて、第四の大公にとって、それがどのような存在だったのか。

見せて貰うこととしようか。