作品タイトル不明
935:古き武の証
重く鋭い気配を肌で感じながら、餓狼丸の切っ先を持ち上げる。
敵は、これまでと同じく仮面を被った正体不明の人物。
だが、その立ち姿から見て取れる技量は、これまで戦った敵と比べても同等以下という評価はあり得なかった。
間違いなく強敵――その事実に、口の端が吊り上がる。
(しかし、コイツ……何でコイツだけ、仮面のデザインが違うんだ)
これまで出現してきた敵は、どれもこれも一切姿が変わらない存在だった。
しかし、この敵の仮面だけ、僅かながらに目元が異なるデザインをしていたのだ。
目元に傷跡のようなものが刻まれたそのデザインは、歴戦を思わせる鋭い印象を醸し出していた。
「……流石に、遊んでいる余裕はなさそうだな」
コイツは、本気で対処する必要がある。
ここまでに相対した達人級よりも、高い技量を持っていることは間違いない。
故にこそ――この戦いは、俺にとっても理想的なものとなるだろう。
「……」
整息し、静かに刃を構える。
それに対するように、敵もまた偃月刀を大きく振るい、その切っ先をこちらへと向けた。
まるで爆発する寸前の爆弾のようだ。それほどまでに強大な力を宿しながら、しかして適度に脱力したその構え。
その立ち姿の中に、隙を見出すことはできない。
こちらもまた、本気でこれに相対する必要があるだろう。
久遠神通流合戦礼法――終の勢、風林火山。
静かに、己の意識を切り替える。
目の奥で燃え上がるような熱さを感じながら、しかして意識は冷たくどこまでも研ぎ澄まされてゆく。
俺の気配の変化に、隣の緋真が息を呑む様子を感じながら、俺はゆっくりとすり足で相手との距離を詰めた。
雑に攻めることはできない。愚直な接近は、その鋭い刃の一閃によって迎撃されるだろう。
故に、いつでも対処可能な動きで少しずつ距離を詰めるしかない。
「……っ」
『――――』
そして――奴の間合いに入ったその刹那、雷の如き速さで肉厚な偃月刀がこちらへと向けて振り下ろされた。
重く、鋭い。僅かにでも反応が遅れれば、肩口から真っ二つにされるであろう、その一撃。
斬法――柔の型、流水。
その一撃を、餓狼丸の刃にて逸らし、流し落とした。
それと共に前に出て、相手の間合いの内側へと潜り込む。
しかしその刹那、流星のように偃月刀の石突が突き出された。
「いい殺意だ……!」
刃はついていないにもかかわらず、こちらの身を貫きかねないその一撃。
背筋を震わせるほどの恐怖に、歓喜が頬を震わせる。
斬法――柔の型、流水。
その一閃を僅かに逸らし、俺はねじ込むように相手へと肉薄した。
仮面の奥に除く瞳が、俺への殺意で燃え上がる。
その気配を感じながら、俺は体を丸めつつ強く踏み込んだ。
打法――破山。
爆竹が破裂したかのような、鋭い破裂音。
それと共に叩きつけた衝撃は、相手の臓腑をまとめて破裂させるつもりで放ったものだ。
しかしながら、その場に留めるようにして叩きつけた衝撃を、コイツは上手く受け流して後方へと跳躍して見せた。
これは、巌でもなければそうそう行えない絶技であった。
それをまさか、初見でやってのけるとは――!
「いいな、お前!」
そうだ、そうでなければ面白くない。
スキルは使えない、純粋なる技術の応酬。それでこそ、斬り甲斐があるというものだ。
衝撃は受け流したものの、完全ではなかった様子で、相手は僅かに体勢が後方へと泳いでいる。
その隙に、俺は再び奴へと向けて接近した。
「……ッ!」
仮面の奥の瞳と、視線が交錯する。
鋭く、凍えるような、殺意に満ちたその視線。
こちらを打倒しようとするその意志にこそ、こちらの戦意も燃え上がるというものだ。
歩法――縮地。
体勢を保ったまま、スライドするように移動。
こちらの位置を幻惑させるためのものではあるが、そこまでの効果を期待しているわけではない。
ほんの刹那であろうとも、体勢を整えるまでの隙に間合いの内側まで潜り込むことができれば十分だ。
『――――ッ!』
「チッ!」
しかし、敵もさるもの。半歩、右足を後ろに回しながら偃月刀を短く持ち、短いレンジでの斬撃を繰り出してきた。
こちらの位置を正確に掴んでいなければ放つことはできない、的確な調整をしたうえでの一撃。
どこまでも、鋭い殺気の中に垣間見える技量の高さ。
全く――実によい相手だ。
斬法――柔の型、流水・浮羽。
その一撃を受け止めながら、体を前へと滑らせる。
それに連動し、掬い上げるようにこちらへと襲い掛かってきた石突を躱しつつ体勢を整えれば、相手もまた偃月刀を大きく旋回させてこちらへと振り下ろしてきた。
斬法――柔の型、流水。
その一撃を、斜めへと向けて流し落とす。
勢いを加速させたにもかかわらず、地面に衝突させずにぴたりと止めたのは驚異的だ。
だが、それでも次の行動にはこちらの方が速い。
放つのは、胴へと向けた横薙ぎの一閃。しかしその一撃を、相手は偃月刀の柄で受け止めた。
(柄ごと叩き斬るのは――流石に、無理か)
柄まで含めて金属である様子で、生憎とスキルなしで簡単に斬れるようなものではない。
残念ながら、正面から突破するということは不可能だろう。
数秒ほどの拮抗――しかし、この押し合いに拘泥するような理由はない。
ならば、更に次の一手を打たなくては。
「っと!」
それに関しては相手も同じ考えだったのか、強く武器を押してこちらを弾き返してきた。
それと共に飛んでくるのは閃光の如き突き。
しかも連打となって放たれたその攻撃は、こちらを間合いの外へと追いやってしまった。
この距離は相手にとって得意なものとなるだろう。もっと近づかなければ、こちらに勝機はない。
逆に、相手にとっては何が何でもキープしたい距離感だ。故にこそ、奴は俺を近づけさせないように細かく連続して突きを放ってきた。
「やるな……ッ!」
連続して放たれる攻撃の数々を弾き、逸らし、その先へと少しずつ歩を進める。
当然ながら、相手は距離を保つために下がるため、これでは距離を詰めることができない。
故に――俺は、胴を貫こうと迫ってきた刃を紙一重で躱しながら、その柄を手で掴み取った。
同時、引き戻される勢いに乗りながら、強く地を蹴る。
相手の力の強さもあって瞬く間に距離を詰めた俺は、そのまま餓狼丸の切っ先で胸の中心を狙った。
対し、相手もまた半身になってその一撃を回避するとともに、偃月刀を大きく回して俺の手を引き剥がした。
「……!」
振り回した偃月刀は尚も止まらない。
刃では斬れぬ距離と判断したか、柄による打撃でこちらの脇腹を狙い――
斬法――柔の型、流水。
その一撃を、大きく上へと軌道を逸らす。
振り上がった腕によって視界は僅かに遮られ、けれど彼の意識はこちらの姿を正確に捉えたまま。
同時、互いに半歩下がり、相手が狙ってくるのは大きく振り下ろす一閃。
相討ちでも、こちらを確実に殺し切れるであろうその一撃。
斬法――柔の型、流水。
それを受け流しながら、俺は気配を殺して前に出た。
刹那――俺を捉えていた殺気が、すり抜けるように焦点を失う。
歩法・奥伝――
(こちらを見失う時間はほんの僅か、だが――)
――虚拍・後陣。
それによって詰められた距離は、ほんの一歩程度。
こちらの姿を再度捉えるまでに稼げたのは、その僅かな時間だけだった。
けれど――
「――この間合いでは、十分すぎる」
斬法――柔剛交差、穿牙零絶。
その僅かな間に突き出した突きは、脇腹からその臓腑を貫いたのだった。