作品タイトル不明
913:竜心公と黒覇竜
己の身に満ちる力を実感し、ドラグハルトは細く息を吐き出した。
この展開になることは理解していた。同様に、覚悟も。
悪魔たちには、そして異邦人たちにはそれだけの力があると確信し、その上で絶大なる障害を乗り越えることも期待していたのだ。
そして、彼らは見事に、その期待に応えてみせた。
「――大儀であった、我が忠臣。貴公らの献身、余すことなく受け止めよう」
僅かな、それでも確かな悲哀を胸裏に隠し、ドラグハルトは静かにそう告げる。
失われたことに対する悲しみはある。成し遂げられなかったことに対する未練も、否定することはできないだろう。
しかし、その上で――ドラグハルトは、己に捧げられた総てに応えるべく立ち上がった。
彼が今立っているのは、エインセルとの戦場より遥か西の地。
徹底的に破壊された台地と、その残骸。その中心へと歩いて行くドラグハルトの身には、これまでとは比較にならないほどに大量のリソースが集中しつつあった。
二体の公爵級悪魔――それも、大公との戦いに参加したレヴィスレイトとアルファヴェルムの力は、計り知れないほどの量に達していたのだ。
無駄なく捧げられ、収束していくそのリソースは、アルファヴェルムがエインセルの力を解析したが故の力だ。
「貴公には後悔があったか、エインセル。それは、貴公が人間であったからこそか」
味方のリソースを吸収し、己の身へと収束させるその技術は、悪魔にとっては何一つ忌避するものではなかった。
唯一気にしていることは、己に付き従ってくれた忠臣を犠牲にしなければならなかったこと。
この展開を避けられるのであれば、ドラグハルトとて別の選択肢を選んだだろう。
しかし、状況はここまで進んでしまった。異邦人たちが優れた実力を発揮したが故に、彼らだけで大公の持つリソースを独占することができなかったのだ。
「英雄よ、勇者よ。我が好敵手たちよ――刮目するがいい」
呟きながら、ドラグハルトは視線を上げる。
荒廃した都市の残骸、形を残しているものなど何もない廃墟で、寝転がりながら周囲を睥睨している一人の男へと。
「余が成すことを、その果てを。我が覇道、目に焼き付けるがいい」
高まる戦意と、強大なる魔力。
渦を巻くその力に、黒き男は小さくその口元を歪めた。
「成程、それがテメェの答えかい、竜心公。ま、お山の大将じゃ俺には届かんわな」
「これこそが余の戦い、余の戦争だ。否定するか、大公ヴァルフレアよ」
最後の大公、黒き覇竜ヴァルフレア。
その理はひどく単純だ。即ち弱肉強食――強き者が生き残り、全てを喰らう。
ただそれだけが彼にとってのルールであり、そうであるからこそ彼は個として最強であると言える。
同胞であるアルフィニールやエインセルが倒れたとして、彼にはそこに対する感情すらない。
弱かったから敗れた、ただそれだけのことである。
故に――
「否定? まさか、テメェが今ここに立っていることが全てだ、そうだろう?」
告げて、ヴァルフレアはゆっくりと体を起こす。
深く暗い陥穽のような、光を返さない漆黒の瞳。その双眸は、ただ静かにドラグハルトのことを見据えていた。
その表情の中に、侮りの色はない。ただ、目の前に敵がいる――その事実だけを、淡々と受け止めていた。
「いかなる手段を用いていようが、最後に立っていた者が勝者だ。全てを喰らうべき者だ。それが俺になるか、テメェになるか……ただ、それだけの話だろう?」
最強にして最後の大公であるヴァルフレアは、それをただ事実として淡々と告げる。
彼はそうして生きてきた。戦い、喰らい、最後に生き残った。だからこそ、自分もまたその理から目を背けることはない。
ただ、強い者だけが最後に残る。その純然たる事実を胸に、ヴァルフレアはゆっくりと立ち上がった。
「目的だの、未来だの、まあどうでもいい話だ。俺たちの戦いにはそんなもんは余分なんだよ――もっとシンプルに行こうじゃねぇか」
「余と、貴公。どちらが強いか、か」
「そうさ、それでいい。ただ、強い方が生き残り、全てを喰らう――その結論を付けるってだけだ」
その体に、黒いスパークが走る。
渦を巻く漆黒の魔力はヴァルフレアの全身を包み込み――やがて、巨大な竜巻へと変貌していく。
それを目にしたドラグハルトもまた、己が身に宿る魔力の全てを解放した。
既に、エインセルを相手に解き放った力は回復している。万全の状態を以て、ドラグハルトは己が真の姿を解き放った。
即ち、漆黒と、黄金。龍王にも引けを取らない――否、龍王すらも凌駕する強大な二体のドラゴンが、蹂躙された大陸西部に顕現したのだ。
『御託はもう十分だろう? 始めようじゃねぇか、竜心公ドラグハルト。俺と、テメェの、戦争をな』
『異論はない、ここに至って言葉は不要。黒覇竜ヴァルフレアよ、その力、余が貰い受ける』
二つの光は、大地を蹂躙しながら天へと舞い上がる。
そして――両者の口より放たれた破滅の咆哮は、ブレスとなって正面から激突したのだった。
* * * * *
西へと向かい、セイランを走らせる。
セイランのスピードからするともっと急ぐことも可能ではあるのだが、生憎とそれでは緋真たちを置いていくことになってしまう。
俺もスキルの使用時間が終了してしまったことで、長時間のデメリット付きクールタイムを受けている状況だ。
正直なところ、大公だろうが公爵だろうが、まともに戦える状況ではない。
追いかけたところで、俺たちにできることは少ないだろう。
「……済まんな、ベル。色々と、不満はあるかもしれんが」
『そうですね、欲を言えば私の手で葬りたかったところではありましたが……貴方が使った技を見るに、長老でもなければそれは叶わなかったでしょうから。エインセルの最期を確認できただけ、良かったと思うことにしています』
エインセルとの戦いを乗り越えたベルであるが、直後にこの状況となったため、今のところ行動を共にしたままの状態である。
彼女の経歴からして、ここで契約を解除したとしてもおかしくはないのだが――どうやら、このまま行動を共にしてくれるらしい。
「良かったんですか、他の白龍の皆さんのところに戻らなくて」
『それも考えましたが……竜心公ドラグハルトは、金龍王閣下を狙っているのですよね?』
「まあ、そうだな。女神を狙うために、金龍王の力を奪おうとしているんだったか」
『であれば、止めねばなりません。それが真龍としての務めですから』
まあ彼女の言う通り、真龍の立場からすればドラグハルトは何としても止めねばならない相手だろう。
金龍王は真龍たちの長、それが倒されることなどあってはならないのだから。
一方で、今の俺たちには止めきれるものではないという実感もあった。
元より強力な悪魔であったドラグハルトが、己の勢力の全てを取り込んで強化したのだ。
その力は計り知れない。正直なところ、この流れでは大公ヴァルフレアの勝利すら祈っている状況だった。
と――
『……! 皆さん、衝撃に備えて!』
「ッ!?」
ベルの警告に、俺たちは身体を騎獣へと伏せて構えた。
瞬間、西の方角より、強力無比な魔力の気配が顕現し――強大な衝撃波となって、周囲一帯へと伝播していった。
幸い、ベルの警告があったため弾き落とされることはなかったが、それでもかなりの衝撃であったことは間違いない。
「今の、こっちへの攻撃……じゃないのよね。まさか、攻撃の余波だけで……?」
「しかも、まだ全然距離があるんですよ。災害レベルじゃないですか……!」
二人の言葉に、思わず眉根を寄せる。
やはり、桁が違う。近付くことすらも危険なほどの、圧倒的な力だ。
対し、こちらはほぼ全ての切り札が使用不可能な状態。
とてもではないが、そんな怪物を相手に戦えるコンディションではなかった。
(……だが、それでも)
見届けねばなるまい。マレウスに辿り着くまでの、最後の障害が何者であるのか。
圧倒的な、力と力のぶつかり合い。それがどのような結末に辿り着くのかを。
まだ、距離はある。それでも、その中心は着実に近付いて来ていた。