作品タイトル不明
883:戦端
「調子はどうだ、アルトリウス?」
「上々、といったところですね。完璧ではありませんが、悪くない状況かと」
そう告げるアルトリウスであるが、あまり表情は柔らかくない。
いや、表面上は繕っているようだが、やはり緊張は抜けきらないようだ。
まあ、無理もない話ではある。前以て準備を行うこともできず、殆どぶっつけ本番でエインセルと戦うことになるのだから。
ああいった手合いを相手に、そのような作戦を取らなければならないこと自体が危険であるとも言える。
だが、他に選択肢はない。悠長にしていたところで、こちらが敗北するだけなのだから。
「ま、ここに至っちゃ腹を括るしかないだろうよ。本来なら、この状況に持ち込まれた時点でこちらの負けとも言えるだろうが――」
「ええ、状況をひっくり返すことは不可能じゃない」
元より、エインセルは正攻法で攻めることが難しい相手だった。
堅実であるが故に隙が少ない。きちんと攻めようと思えば、かなり長い時間がかかるだろう。
俺たちには、あまり時間が残されていない。まだある程度の余裕があるとはいえ、エインセルに長い時間を取られればタイムリミットが近付きかねないのだ。
であれば――
「ある意味、状況はディークラッドの時に近いとも言えます。なら、やるべきことは単純です」
「要するに、とっとと大将首を狙えってことか」
エインセルは堅実で、強力だ。
精強な軍隊と、強力な兵器。それらに護られながら、本体であるエインセルが弱いわけでもない。
奴の住処である大要塞も堅牢であり、まともに攻略しようとすればかなりの時間を要することになるだろう。
つまり、馬鹿正直に攻略しようとするほど馬鹿を見る相手ということだ。
であれば、やることは単純だ。あの大要塞に潜入し、エインセル本体を直接狙えばいいのである。
(単純、とは言うが――)
無論、口で言うのは簡単だが、やるのは困難であると言わざるを得ない。
潜入そのものが成功したとしても、少数で大公級悪魔であるエインセルと戦うことは厳しいだろう。
だが、大人数で攻めたところで、あの鉄壁の守りを突破できるとは思えない。
結局のところ、他に取れる選択肢はないのだ。
「少数の精鋭戦力で、エインセルを殺せるか?」
「分からない、というのが正直なところです。ですが、短期決戦の中で、もっとも勝率が高いのはこの方法でしょう」
アルトリウスにしては、中々に具体性のない話だ。
とはいえ、他にやりようがないことも事実は事実。
素直に、その作戦に従っておくべきだろう。
「それじゃあ、どうやって進めるんだ? 俺たちは姿を隠した方がいいのか?」
「いえ、目立つ姿が無いと逆に警戒されますから、シリウスは通常通り前面に出しておいた方がいいでしょう……同じ理由で、緋真さんも」
確かに、シリウスと緋真は戦い方が派手なだけに、著しく目立つことだろう。空を飛べるルミナとセイランについても同じことだ。
そんな姿が前線になければ、当然ながらエインセルは警戒する。
潜入が気付かれれば、こちらもやり辛くなってしまうだろう。
「ふむ……つまり、俺とアリスだけでエインセルの首を取って来いと?」
「いえ、流石にそれは無茶ですから、まずは内部からの破壊工作です。僕たちが要塞内部まで侵入できるように、外壁や防衛設備を破壊することが第一目標になります」
「攻城戦をスキップして、要塞内部での混戦としつつ、その混乱の最中で改めてエインセルへの直接攻撃を敢行すると」
まあ、俺とアリスだけで挑むよりはかなり勝率は上がるだろう。
が――まず、前段作戦がかなり困難である。
「分かってると思うが、俺たちでは外壁の破壊は難しいと言わざるを得んぞ?」
「はい。なので、その段階で完全解放を使って貰います。こちらをどうぞ」
そう言って、アルトリウスがウィンドウで譲渡を申し出てきたのは、成長武器のための経験値ジェムであった。
俺の成長武器の場合、即座に再発動とはいかないが、これがあれば再度使うことも可能になるだろう。
俺が持っている分を含め、三度の発動が行えるようになるだろうか。
だが――
「……いいのか? 単純な威力としては、お前さんの成長武器の方が上だろう?」
「あの威力を発揮するためには、かなりの準備を行う必要がありますから。しかも、武器の経験値以外の消費も馬鹿になりませんからね……不測の事態が起こる可能性もありますから、クオンさんに使って貰った方が都合が良いんです」
アルトリウスの完全解放を再発動できるようにした方が、総合的なダメージは上になるかと思ったのだが、そう単純なものではないらしい。
確かに、餓狼丸を完全解放すれば、城壁とて斬り裂けるようになるだろう。
とはいえ、一息に破壊しきれるというものでもないし、やり方は考えなければならないだろうが。
「とりあえず、了解はした。俺とアリスで事前に内部へと侵入し、味方が近付いてきた時点で城壁を破壊するってことだな?」
「大まかにはその通りなんですが――」
「残念だけど、潜入するのは貴方だけよぉ」
ふと割り込んできた声に、思わず顔を顰める。
甘ったるいその口調を聞き間違える筈もない。その声の方向へと視線を向ければ、そこには相変わらずの厭味ったらしい笑みを浮かべたファムの姿があった。
「おい、何でお前がこっちにいるんだ?」
「用事があるからに決まってるでしょ?」
当然とばかりに笑みを浮かべながら放たれた言葉に、思わず舌打ちを零す。
腹立たしい話ではあるが、コイツの働きである程度ドラグハルト側の動きが読めるようになったこともまた事実だ。
その働きそのものを否定することはできないだろう。
「はぁ……それで、どういうことだ? 潜入の仕事なら、アリスは間違いなく適任だろう。何故わざわざ除外する?」
むしろ、野戦はアリスに向かない戦いなのだから、俺と共に潜入した方がまだやる仕事もあるだろうに。
そんな俺の疑問に対し、ファムは相変わらずの歪んだ笑みのまま告げる。
「正確に言えば、あの子にはまた別の仕事を頼みたいのよねぇ。だから、貴方と一緒の潜入にはならないってことよぉ。だって、あの子に壁の破壊なんて仕事は向かないでしょぉ?」
「……それはまぁ、そうだが」
アリスの戦闘能力は、あくまでも対個人に特化している。
外壁破壊による侵入経路の確保は、アリスには向かない仕事であることは間違いない。
潜入だからと言ってアリスを連れて行くというのも、非効率的な話だろう。
それをこの女に指摘されるというのも、何とも腹立たしい話であるが。
「はぁ……まあ、それは了解した。で、アリスには何をやらせるつもりなんだ?」
「それは秘密。だけどぉ、行きの足はこっちで用意してあげるわぁ」
この女の秘密主義は今に始まった話ではないが、思わず顔を顰めてしまう。
だが、こちらの威圧など柳のように受け流して、ファムは一枚の札を取り出した。
よく分からない文字の描かれたそれは、呪術に用いられる消費アイテムであることは知っている。
だが、レアな魔法であるその性質は、見ただけでは到底理解することのできないものだ。
こちらへと近づいてきたファムは、手に持ったそれをこちらへと差し出してくる。
「……これは?」
「作戦に必要なものよぉ」
正体はともかく、どう使うのかぐらいの情報は欲しいのだが。
そう考えながら半眼を向け、差し出された札を掴み――その刹那、札に描かれた文字が燃え上がった。
「――――ッ!?」
「じゃ、 気を付けて(・・・・・) ねぇ」
含みを持たせたその言葉と共に、札は燃え尽きて消滅する。
瞬間、俺の視界は暗転し――
「――今だッ!」
――耳に響いた声と共に、無数の殺気が俺の身へと叩き付けられた。