軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

770:融解せし愛の檻 その31

『――――は?』

世界が、縦に割れる。肉塊に生えていた、アルフィニールの上半身と共に。

周囲を覆っていた肉の地面も、柱も――そして、空を穿っていたディーンの青天すら。

そしてそれらは全て、俺の斬り裂いた断面より崩壊を開始した。

欠片となって崩れていく世界は、剥がれるように元の崩壊した都市の姿を取り戻していく。

――その中央に、体が大きく裂けたままのアルフィニールの姿を残して。

「何故……どうやって、私の 世界(カラダ) を……!?」

アルフィニールそのものであったあの空間。それを破壊したということは、即ちアルフィニール本体に膨大なダメージを与えたということでもある。

これまで余裕を保っていたアルフィニールの困惑した表情は、大層胸がすくものであった。

とはいえ、その結果は満足できるようなものではないのだが。

「未熟……ジジイなら、今の一閃で勝負がついていただろうに」

確かに、アルフィニールの核を捉えた感触はあった。だが、それでもなお足りなかったのだろう。

今の業は、ジジイの真似事だった。その真意を理解し、模倣したつもりだったが――やはり、俺にその性質は合わなかったようだ。

全霊を以てしても五割の再現が限界、となればそもそも俺の性質とは異なるということだ。俺自身の剣は、自らの意思で見出していかなければなるまい。

しかし、効果があったこともまた事実。存在の核を斬られ、肉体の構成に損傷を負っているアルフィニールは死に体だ。ここで決着をつける必要がある。

『見事だ、英雄よ。貴公の剣、余すらも戦慄するほどの一撃だった!』

これまでアルフィニールと正面から戦い、体の各所に傷を負いながらも堂々と立っていたドラグハルトは、今が攻め時であると咆哮する。

纏う膨大な魔力が右腕に収束し、その鋭く巨大な爪は太陽の如く光り輝く。

傷だらけでありながらも、その姿には一点の陰りもない。輝く龍爪は、アルフィニールの身を引き裂かんと振り下ろされ――滾る薄紫の魔力が、その一撃を迎撃する。

「ふ、ふふ……ッ! 素晴らしい、わぁ」

肩から深々と身体を裂かれ、口の端から血を零しながら、それでもアルフィニールは壮絶に笑う。

これほどの状況となってなお、その目の中には俺たちへの敵意は存在していなかった。

アルフィニールは魔力を振るう度に体が裂け、血が噴き出てゆく。

しかしそれでも尚、その目は決して死んではいなかった。

『揺籃の女よ。貴様は、その有様でもなお己を貫くか』

「うふふ……だって、私は――それが、私だもの」

決定的に、何処までも、最後の最後まで相容れることは無い……だからこそ、ここで終わらせる必要があるだろう。

二体の悪魔の魔力が爆ぜ、その圧力に後退する。その様子を眺めながらポーション瓶を投げ捨てて、俺は改めて餓狼丸を構え直した。

二度【餓狼呑星】を使い、残り時間は長くは無い。故に、次の一撃で決着をつける。

「『命輝破斬』」

生命力を凝縮し、固め、純粋に鋭い刃を形作る。念のため《蒐魂剣》を付与しておけば、相手の魔法防御も貫く一撃となるだろう。

尤も、リーチの伸びないこの構成においては、敵の懐に飛び込まなければならないが、それもまたいつものことだ。

呼吸を合わせ、タイミングを見計らい――地を蹴る。

歩法――烈震。

「容赦のない、戦い方ねぇ……!」

アルフィニールはドラグハルトを相手にしつつも、俺から注意を逸らしてはいなかった。

故に、俺の接近に合わせて左手を翳し、瞬時に強大な魔力を収束させる。

受けることは不可能、躱すほかに生き残る術はない。

――けれど。

「――ようやく、刺し易くなったわ」

「ッ……!?」

その心臓を、背後から貫く刃があった。

ここまでロクに本体を狙えず鬱憤を溜めていたアリスは、ここぞとばかりに必殺の機会を狙っていたようだ。

避けようもないタイミングで少なくないダメージを受け、アルフィニールの体がブレる。

それと共に放たれた一撃は、俺の進んでいた位置を僅かに逸れ――俺は、その一撃が当たらぬ場所へと体を滑り込ませた。

《ブリンクアヴォイド》でアリスが消え、残ったのは攻撃を放った体勢で硬直しているアルフィニール。

しかし、その身は頑強な魔力によって覆われ――

歩法、奥伝――虚拍・後陣。

その攻撃後の空隙に、俺は意識の空白へと潜り込んだ。

地に手を突き、滑るように背後へと。アルフィニールの意識がこちらを捉える、その一瞬前――

「――【餓狼呑星】」

斬法――剛の型、白輝・逆巻。

地を踏み砕くほどの一歩と共に振り上げた一閃は、漆黒の軌跡と共にアリスの残した赤い刻印を断ち斬った。

一瞬遅れて爆ぜた力が、アルフィニールの体を逆袈裟に両断する。

衝撃に目を見開いたアルフィニールはぐらりと体勢を崩し――その体が、眩く輝く光の鎖によって拘束された。

ちらりと空を見上げれば、そこにいるのは右手を輝かせたルミナ。刻印を使った拘束の魔法は、大公とはいえ弱った状態で容易に抜け出せるようなものではない。

そして――

『退避してください、クオンさん!』

『これで、終幕にするとしよう』

空が、星天に塗り替えられる。

同時、距離を取ったドラグハルトが膨大な魔力を口腔内へと収束させる。

その様子を目にし、俺はその場から離れるため即座に地を蹴った。

共に最大限の一撃。これ以上は無いと断言できるほどの破壊力が、空と地上の両方から解放される。

「……ああ、これが」

両断された身体を再生させようとし、しかし核を断ち斬られたアルフィニールの動きはひどく緩慢なまま。

空を見上げ、星空をその目に写した揺籃の悪魔は、しかしどこまでも満足そうに柔らかな笑みを浮かべる。

『――《 光輝湛えし導きの星(エクスカリバー) 》』

『――《 竜心烈哮砲(ドラグハウル) 》』

星々を結ぶ魔法陣と、巨大なドラゴンのブレス。プレイヤーと悪魔、それぞれが持つ最大限の一撃。

世界すら飲み込んでしまいそうなほどの、圧倒的な魔力の胎動。

その輝きを余すことなく目にして――アルフィニールの小さな呟きが、最後に俺の耳へと届いた。

「――貴方の見た、光景だったのね」

――そして、空と地上、二つの極光が解き放たれる。

咄嗟に離れたとはいえ、最大限の破壊力を持つ力の解放、その影響は並みのものではない。

距離を取った上で【護法壁】を展開し、魔力の影響だけは極限まで抑えつつ、俺は目を庇いながらその様子を観察した。

圧倒的な光の奔流の前では、アルフィニールの姿を探すことなどできるはずもない。

しかし、先程アルフィニールの核を斬った時の感覚から、奴の気配はずっと捉え続けたままだ。

そしてその上で、確信をもって断言できる。

「……決着か」

――アルフィニールは、再生できぬままアルトリウスたちの一撃を受け、崩壊したと。

本質を切り離されたアルフィニールは、宿した大量のリソースを利用できない状況へと陥っていた。

奴の身を護るものは何もなく、純粋に奴自身が持つ魔力のみ。

そして、その状況においては、アルフィニールは決して万能ではない。

今度こそ、再生することは叶わず――アルフィニールは、完全に滅び去ったのだ。

やがて、太い光の柱が細まって消え去り、後に残ったのは巨大なクレーターの跡だけ。

それを認めながら【護法壁】を解除し、俺はゆっくりと体勢を整えた。

『――ワールドクエスト《融解せし愛の檻》を達成しました』

やがて、世界にアナウンスが響き渡る。

それを以て、この短くも長い戦いは決着を迎えたのだった。