軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

18

シュルトンの空に虹がかかってからというもの、魔物が街にやって来る気配が消えた。

アズールは緊急事態の為に、部下を設置し、そしていつもは騎士服を着ないダリルがアズールの代わりにシュルトンを守ることになった。

その横にはローリーの姿もある。

「二人共、大丈夫か」

アズールの言葉に、ダリルとローリーはうなずく。

「久しぶりですが、私だって兄上に負けないくらい強いんですよ」

「そうです。それに私も久しぶりに体を動かせます」

二人が自分の代わりに前線に向かってくれれば心強い。

アズールは二人の肩を叩く。

「ありがとう。シュルトンを任せたぞ」

二人は同時にうなずく。

アズールは今回、小隊を率いてレジビア帝国へと潜入する。

ただし、部下達については情報収集のみにし、行動は単独でする予定だ。

黒い服に身を包み、暗闇に紛れて移動する。

レクスのことだから、シャルロッテに不便はさせていないだろう。だが、きっとシャルロッテは一人で寂しい思いをしているはずだ。

早く迎えに行かなければ。

アズールははやる気持ちを押し殺し、出来るだけ万全の体制でシャルロッテを救出するためにレジビア帝国に潜伏していた。

そしてシャルロッテがハレムにいることを調べ上げ、侵入経路を確保した。

「一人で潜入する。潜入後、異変があればすぐに知らせる。それまでは外で待機だ」

「「「「ハッ」」」」

きっと一人で感情を押し殺している。

彼女はそういう人だ。

ここに来るまでにかなり時間がかかってしまったが、その間に、雨が一度も降っていない。

「シャルロッテ……無事でいてくれ」

そう願いながら、ハレムの中に侵入したアズールは、その静けさに息を呑んだ。

人の気配がしない。

明かりを頼りに進むが、物音ひとつしない。

「……どうして、人がいないんだ」

普通、世話役の者がいるはずなのに、それすらもいない。

どういう状況なのかと思った時、水に何かが落ちる音がした。

「なんだ」

嫌な予感がした。

気のせいかもしれない。

慎重に動かなければいけないと思っていたはずなのに、アズールは大地を蹴り、勢いよくハレムを走り抜けた。

とても広いハレムなのに、静かで寂しい場所だった。

こんな場所に、シャルロッテは閉じ込められていたのか。

そう思うと胸が痛む。

彼女はこんな場所に一人でいるような、女性ではない。

泉があり、水面が揺れている。

最悪な状況が、頭に浮かぶ。

「シャルロッテ」

勘違いであってほしい。

勘違いならば笑って追われる。

そう思いながら、迷うことなくアズールは泉の中へと飛び込んだ。

◇◇◇

気がつくと、泉の中に体が沈んでいた。

あれ? 私は何をしていたのだったか。

よくわからない。

ただ、ここにいたくなくて……。

泉の中はとても冷たく、暗かった。

上も下も分からず、ただ体がどんどんと沈んでいくことだけは分かった。

静かだ。

だめだと分かっているのに。もう、いいかという気持ちになる。

寂しいのだ。

どうしようもなく、ただただ、寂しい。

そんな中、キラキラとした光が私の周りを照らし始める。

花だ。

あの、渓谷に咲く花々が水の中で淡く光り私の周りに浮かぶ。

それは淡く輝きながら私の周囲を照らし、そしてその光に包まれていると、アズール様やシュルトンでの思い出が次々に思い出されていく。

懐かしい思い出。

私はそれを見つめながら、アズール様のその思い出に触れる。

『シャルロッテ』

優しく私を呼ぶアズール様。

優しくて、そして抱きしめられれば暖かい人。

『シャルロッテ様!』

私のことを温かく迎えてくれたシュルトンの人々。

一つ一つの思い出を私は胸に抱きしめる。

それと同時に、少しずつ意識が、思考が、明確になっていく。

曖昧で霧がかかったような頭の中が、晴れ渡っていくようだった。

私は何をしているのだろうか。

全てを投げ出したくなってしまった。だが、それでは何も解決しないのだ。

投げ出さなければ、遠回りでもきっと道はある。

レクス様とちゃんと向き合おう。

アズール様の元に戻りたいと分かってもらえるまで話をしよう。

この先の未来などまだ決まっていないのだから。

それに……レクス様は、本当は優しい人だ。

友だと思ったのは私自身ではないか。

話せばわかってくれると、友をちゃんと信じよう。

そう思い、水面の上を私は見上げた。

月が輝いている。今ならばどちらが上なのかが分かる。

私は、水面に向かって泳ぎ始めた時、水面の月が揺れ、こちらに向かって泳いで来る人が見えた。

ーーーーー誰?

ーーーーーー嘘よ。

そんなわけがない。

また、幻を見ている。

こちらに必死で手を伸ばすその男性を見て、瞳から涙が、溢れ出る。

だめだ、感情を揺らしてはダメ。

そう思おうけれど……。

―――――アズール様!!!!!

私の伸ばす腕をアズール様がつかみそしてぎゅっと私を抱きしめる。

暖かい。温かい。

その体温と、アズール様の力強い腕。

水面に向かって泳いでいく。

私は、アズール様にぎゅっとしがみつく。

そして水面に出た瞬間、息を思い切り吸い込んだ。

空は晴れているというのに雨が降り、霧が立ち込めていた。

「シャルロッテ! シャルロッテ!」

アズール様の焦る声が聞こえる。

私は少し咳き込んでから、アズール様のことをじっと見つめ、それから両手でアズール様頬に触れる。

幻かもしれない。

消えてしまうかもしれない。

消えてしまわないで。

私はこちらを覗き込むアズール様に、キスをした。

「ッ!?」

驚きと同時に顔を真っ赤にするアズール様。そんなアズール様に私はもう一度キスをした。

アズール様は、驚いていたようだけれど、私のことを抱きしめると、優しく私にキスを返してくれる。

水の中が冷ややかだからか、体温がいつもよりも身近に感じられた。

ぎゅっと抱きしめられる。

アズール様は私を抱き上げ水から上がると、人目につかないように木の陰に隠れる。

「シャルロッテ会いたかった。無事でよかった」

そう告げられ、あぁ、幻ではなかったのだとそう思った。

それと同時に自分からキスしてしまった現実が押し寄せてきて、恥ずかしくなる。

私は返事をしようとしたのだけれど、声は、やはり出なかった。

なので、私は口を指さしてから首を横に振り、声が出ないことをアズール様に告げる。

アズール様は目を見開いた。

「……何故……シャルロッテ、シャルロッテ……すまない。助けられず、すまなかった」

泣きそうな顔を浮かべるアズール様に、私はまた首を横に振り、それからアズール様にぎゅっと抱き着く。

来てくれて嬉しい。

アズール様は私の背中を優しく擦った後、真剣なまなざしで言った。

「レクスのハレムには見張りは外だけなのか? 中は?」

私は首を横に振る。中には誰もいない。

侍女も夜はいなくなる。必要であればベルを鳴らすようだけれど、一度も鳴らしたことはない。

「そうか。シャルロッテ。今のうちに逃げよう。濡れているから、急いで服を着替えてから」

その言葉に、私は顔を明るくし嬉しく思った。

けれど……。

私は、首を横に振る。

「シャルロッテ?」

私は地面に文字を書いた。

【いけません】

その文字を読み、アズール様が言った。

「シュルトンのことを案じているなら心配するな。一緒に帰ろう」

帰りたい。

私も出来ることならば、帰りたい。けれど、帰ったら、シュルトンはどうなる?

【来てくれて嬉しかったです。さようなら】

そっと文字を書いた。

文字を書く手が震える。

私だって、出来ることならば帰りたい。アズール様の傍にいたい。

そんな私のことをアズール様は抱きしめた。

「……シャルロッテ。なぁ。聞いてくれ」

涙が溢れてくる。

「私は君に出会って、守るべき女性がいるだけでこんなにも強くなれるのだとそう知った。君は私にとって大切な人なのだ。そしてそれはシュルトンの民にとっても同じこと。シュルトンに生まれた者は皆、仲間を、絆を、蔑ろにしないのだ」

知っている。

シュルトンの人々は優しい。そして家族のようだ。

仲間の為ならば、絶対に逃げない。

「帰ろう。シャルロッテ」

帰りたい。

私が、うなずきかけたその時、レクス様の怒りに震える声が聞こえた。

「……こんな夜に、侵入するとは……死にたいらしいな」

霧で気づかなかった。

いつから、そこに立っていたのだろうか。

おそらくアズール様は気づいていたのだろう。片手を剣に当てていつでも攻撃を仕掛けられる体制を取られていた。

「レクス……」

「アズール。なんだ。シエルを追ってここまで? だが、ここは俺のハレムだ。ハレムに入った者は皆死罪だと決まっている。残念だよ……シエル。こっちへ来い。俺が呼べば、すぐに騎士がここに来る。そうなれば、アズールの命はない」

私はアズール様にしがみつき首を横に振る。

レクス様は舌打ちをしていった。

「……お前が素直にこちらに来るなら、アズールの命を助けてやってもいい」

どうしたらいいか分からず、涙がこみ上げ、私は震えながらアズール様にしがみつく。

アズール様のためにも、シュルトンの為にはいかないといけない。

けれど……私は唇を噛んでアズール様を見上げると、いかなくていいと言うようにアズール様が微笑む。

……だめだ。この優しい人を危ない目に合わせたくない。

私はアズール様から一歩離れると、涙をぬぐって、顔に笑顔を貼り付けた。

レクス様は微笑み、私に手を伸ばす。

「こちらに。そうだよ。そうやって笑って、俺の横に」

アズール様が私の手を掴み、行くのを引き留める。

「……アズール。男が見苦しいぞ」

苛立った口調のレクス様。そんなレクス様に、アズール様は告げた。

「シャルロッテは……優しいから、自分の感情を押し殺すことを選んでしまう」

それを否定するようにレクス様が言った。

「押し殺す? 笑っているだろう? それにアズール。俺はレジビアの王だ。シエルは何でも手に入るのだぞ。シュルトンのように魔物もでないし安全だ。シエルの幸せを思うなら、ここでの生活の方がいいだろう」

アズール様ははっきりと告げた。

「たしかにシュルトンより安全かもしれない。だが、ここではシャルロッテは、心から笑えない」

あぁ……あぁ。

胸が、張り裂けそうだ。

「なんだと? さっきから笑っているだろうが!」

「これがシャルロッテの笑顔だと? レクス……シャルロッテは花が開くように、可愛らしく笑みを浮かべる女性だ。楽しい時には太陽のように笑い声を立てる女性だ。そんな彼女の笑みが……こんな、苦しそうな笑みだとそう思っているのか」

レクス様が眉間にしわを寄せる。

私は、アズール様の言葉に、心が揺れそうになるのを、ぐっと堪える。

「……だまれ」

「泣きたいのに、涙を堪え、そしてお前は彼女から声まで奪ったのだろう。どの口が彼女を幸せに出来ると言うのか!」

その声には怒気が含まれており、殺気がレクス様へと向かう。

そしてレクス様が私を見て、驚いたように息を呑む。

「シエル?」

私は、感情を押し殺さなければだめだと思っているのに……我慢できず、顔に笑みを浮かべたまま、涙を流していた。

止めようとしても、とまらない。

雨が土砂降りとなり振り始め、私を見ていたレクス様は困惑した表情を浮かべていた。

「なんで……泣くのだ。なぁシエル。時間が経てばシュルトンでのことは思い出となる。俺の傍にいろ。俺は……俺には、お前が必要だ」

泣き止もうとしても止められない。

顔に笑顔は張り付けているのに、どうして……。

そんな私を、アズール様は優しく後ろから抱きしめた。

「シャルロッテ。君の心は君のもの。だから、押し殺さなくていいのだ。無理して笑わなくていいのだ」

「笑え! 俺の為に、笑うのだ! シャルロッテ、なぁ!」

レクス様の言葉にアズール様は言い返す。

「レクス。力で人の心を縛って何になる。お前が欲しいと思ったのは、彼女か。それとも、彼女の形をした人形か」

「な……俺は」

アズール様が私の目を手で覆い、それから囁いた。

「大丈夫。心配するな。何があっても、私がシャルロッテの傍にいる」

あぁ。神様。

私に、声を出す勇気をください。

私に……自分の心を話す勇気をください。

「わた……し……は」

風で雲が流れていく。

アズール様とレクス様が私の声に驚く。

私は、必死に、言葉を継げようとするが、言葉が切れ切れになってしまう。

「もう、無理に、笑いたく、ないです。私はもう、ここに、いたくない。私は、私は、シュルトンに、帰りたい」

声が震える。

「帰り、たい」

涙が溢れる。そんな私を、アズール様が優しく抱きしめた。

そんな私を見てレクス様が呟く。

「……シエル……」

「嘘をついて、ごめんなさい。私は、私はシエルじゃない。私は、私は……シャルロッテ・マロー。アズール様の、婚約者です」

「なんでだよ……シエル。シエルでいいじゃないか。俺の傍にいろよ。なんでもやる。お前が望むのなら、なんでもだ!」

私は首を横に振る。

「何も、いりません。私はシュルトンに、居たい。だってここでは、私の心は不必要。貴方がほしいのは、貴方に、都合の良い人、だもの。笑って、貴方を受け入れる。でも私は、嫌。私には、私の感情があるもの」

そうだ。

私には感情がある。

感情を押し殺し、天候を変えないようにと生きてきた。だけれどアズール様に出会って、シュルトンに行って私の考えは変わった。

天は私の敵じゃない。

天は私のいつも味方だ。

そう思った瞬間だった。空が一気に晴れ渡り、空に虹がかかる。

私は真っすぐにレクス様を見ると、レクス様は今にも泣きそうな表情を浮かべていた。

「ごめんなさい。レクス様……私は、貴方の傍にいられない」

唇を噛み、拳を強く握りしめるレクス様。

それから小さく息をつくと表情を戻し、アズール様に視線を向けた。

そして、静かに告げた。

「アズール。勝負をしよう」

「……なんだと」

「……頼むよ……けじめを、つけたい」

レクス様の瞳に、アズール様はうなずく。

「受けて立つ」

レクス様は腰に携えていた剣を引き抜き構えた。

私は以前のレクス様との戦いを思いだすが、アズール様が大丈夫だと言うように微笑むから、信じるだけである。

アズール様も剣を引き抜き、静かに構える。

切っ先が月の光を反射する。

レクス様はアズール様を睨みつけると、勢いよく間合いへと踏み込む。

鋼がぶつかり合う音が響き渡り、そして、二人共一切引かなない。

体が軽いレクス様は、柔軟に体を使いながら細かな技を仕掛けていき、アズール様がそれを力で押し返す。

レクス様もアズール様も真剣なまなざしで剣をぶつけ合わせ、そしてお互いに正面からぶつかり合っていく。

「なんで、なんでお前は……そんなに幸せを得るのだ」

レクスの言葉に、剣を押し返しながらアズールは答える。

「なんのことだ」

「お互いに王位についたのは同じころ……それなのに、何故だ」

レクスは唇を噛む。

自分には何もない。

王位は転がり込んできただけ。

自分の責務と取り組んできたが、幸福など感じることはない。

アズールとシエルの姿に、嫉妬してしまう自分がいたのだ。

大国の王だというのに、何でも手に入るはずなのに……!

「お前はすでに、幸せじゃないか」

シエルと並ぶアズールの幸せそうな笑みは、レクスにとっては苛立ちだった。

だからこそ、シエルを奪った。

シエルと並ぶアズールが幸せそうで、自分も一緒に立ち並んだ時の空気が心地よくて。

「いいじゃないか……一つくらい奪っても」

その言葉にアズールは剣をぶつかり合わせながら答えた。

「奪うことで幸せは得られはしない」

「何故だ……手に入れなければ幸せは得られないだろう」

憐れな人。

シエルの言った一言がレクスの胸中にはずっと居座っていた。

なぜ彼女はそう言ったのか。

俺が欲しい物とはなんだったのだろう。

シエルといると、心に安らぎを得た。だが、俺の横ではシエルは幸せではない。

なぜだ。何故だ。何故だ!

一つくらい……俺にだって幸せが訪れてもいいじゃないか。

レクスの剣をアズールが弾き飛ばす。

そして、倒れたレクスの首元へとアズールが剣を向ける。

勝敗は決した。レクスは、自分には、何もないとうつむく。

アズールは剣を鞘へと戻すと、レクスに手を差し出す。

それを、レクスは呆然と見つめていると、アズールは無理やりレクスの腕をつかみ、引きあげるようにして立ち上がらせた。

「なぁ、レクス」

「……なんだ」

「お前、自分が欲しいもの、もう一回考えてみろ」

「……」

「シャルロッテはお前に譲れないが、俺はどうだ」

「あぁ?」

レクスは驚いた顔をしたのちに、顔を引きつらせる。

「俺は、男を抱く趣味はねぇ」

「私も抱かれる趣味はない」

アズールは拳をレクスへと向ける。

「私はお前を、今も、友だと思っている」

「……なんだ、それは」

レクスはそう呟き、そしてうつむく。

「お前の恋人を無理やり奪ったのにか」

「それについて許すつもりはない」

はっきりと告げられた言葉に、レクスは苦笑する。

「……そりゃ、そうだ」

「だが、友として、友の間違いを正すのも、友の役割だと思っている」

「……」

差し出された拳。

レクスは、アズールの拳に自分の拳を合わせた。

すると、アズールは笑みを浮かべて言った。

「さて、友よ。今回の一件、友として一発殴らせてほしい」

「……うぉっ」

アズールの拳をレクスは避けると、アズールの拳によって地面にひびが入った。

「友よ。避けないでほしい」

「ちょ、ちょっと待て。お前、自分の拳の威力分かっているか」

「あぁ。友よ。受け止めてくれるだろう」

「待て待て待て」

レクス様は私の所へと逃げてくると、それから、じっと私を見てため息をつく。

「勝負に負けた。お前にもフラれた。男として、潔く諦める。……すまなかった」

私は頭を下げるレクス様をじっと見つめた。

それから口を開く。

「顔を上げてください」

レクス様はこちらを寂しそうな表情で見つめてくる。

「私は、お人形さんじゃありません」

「……あぁ」

「レクス様のこと、大嫌いです」

「……そう、か」

「私の気持ちなんてなんにも考えてくれない。自分のしたいことだけ」

「……う……そう、だな。すまなかった」

本当は、もっと言いたいことがある。

たくさん傷ついたから。

たくさん苦しかったから。

けれど……私は……。

拳をレクス様にアズール様の真似をして向けた。

「友としてなら、やり直してあげます」

「し……シャルロッテ嬢」

驚いた表情でレクス様が私を見る。私は、小さくため息をついてから言った。

「レクス様が欲しいものって、たぶん、恋人とか婚約者とか妻とかじゃないと思うんです」

「え?」

「遊ぶ友達。じゃないですかね。気軽に喋ったりふざけたりできる相手。だって、シュルトンでレクス様、ずっと楽しそうだったじゃないですか」

レクス様が驚いた表情で固まる。

私の拳にそっと、レクス様が拳をぶつけた。

苦しかったけれど、シュルトンでレクス様と一緒に過ごした時間は、嫌ではなかった。

だから、私は笑顔をレクス様に向けたのであった。

レクス様が微笑む。

「友として……よろしく頼む」

私はその言葉にうなずくと、笑顔で告げた。

「じゃあ、一発ですね」

「ん?」

私はアズール様の真似をして拳をぎゅっと握る。

「アズール様の一発よりは、痛くないかと」

すると、レクス様が苦笑を浮かべた。

「シャルロッテ嬢の手を痛めてしまうだろう。ここはアズールの一撃を甘んじて受けるとしよう」

すると、アズール様がレクス様の肩をぽんっと叩き、笑顔でうなずく。

「よく言った。男だな」

次の瞬間、アズール様の拳がレクス様の頬に入り、レクス様はよろける。

「い……ってぇ。はは。いってぇ……あーすまなかったな」

レクス様はこちらを見る。

「声……出て、良かった」

ほっとしたのだろう。そのくしゃっとなった表情を見て、レクス様も私を心配してくれていたのだなとそう思えた。

全ては許せない。

けれど、私は男のシエルとして笑顔で言った。

「男のシエルとして、この一発で全て水に流してあげます」

それにレクス様は苦笑を浮かべ、アズール様はただうなずいたのであった。