作品タイトル不明
名付けの親は
「そうだ。あと、アルフォンスがこの国にいる間にやっておくことがあったな。お前の洗礼式はちょっと特別なものになるぞ」
今後の話について、傭兵団のことを中心にしていたあと、アルス兄さんが急にそんなことを言い出した。
洗礼式。
東方では存在しない特殊な儀式だ。
毎年教会で行うこの儀式では、通常その年で6歳になる子どもを集めて行うことになる。
そこで、神の加護を授けて生活魔法を手に入れる。
僕も年が明ければ6歳となる。
ここに帰ってきたのだって、本来の目的は洗礼式だといってもいい。
けど、特別な洗礼式ってなんだろうか?
「なにか変わったことをするの?」
「いや、別に変わったことはしないんだけどな。ただし、普通でもない。通常ならば、洗礼式は教会でやるだろう? だけど、ちょっとお前は特別に、教会じゃなくてこのバルカ城でやろうと思っていてな」
「ふーん。それはいいけど、なんでそんなことをするの? 教会でやっても一緒じゃないの?」
「やる人間が違うってだけだな。このバルカニアだったら教会は今、シスターが務めている。けど、その人じゃなくて俺がお前の儀式をしてやるよ」
「え、アルス兄さんが洗礼式をするの? いいの、そんなことをして?」
「別にいいだろ。俺は天空王でもあり、かつ、神の盾でもあるからな。神アイシャに直接名付けを受けていて、名付けも継承の儀もできるんだ。だから、俺が洗礼式をやっても問題ない」
……本当に問題ないのかな?
アルス兄さんが神の盾であるというのは知っているけど、今まで洗礼式を執り行ったなんてこと聞いたこともない。
勝手にやるわけじゃないよね?
許可とっているんだよね?
なんだか僕はそんな心配ばかりをしてしまう。
「わ、わかった。ってことは、僕はアルス兄さんに名前を付けてもらうってことになるのかな?」
「いや、洗礼式を執り行うのは俺だけど、名前を付ける人は別にいる」
「あれ、そんなことってできるの?」
「できるさ。名付けの魔法陣を俺が展開しているときに別の人が名をつければいいだけだからな。その場にいれば誰だって名付けはできるよ」
「へー、知らなかったな。でも、それじゃあ、だれが僕に名をつけるの? アルス兄さん以外でそんなことをしそうな人って思いつかないんだけど」
「いや、一人いるだろ。どうしてもお前に名をつけたいって言っていてな」
「……まさか」
「わかったみたいだな。リリーナだよ。お前の名前はリリーナがつける。いいな?」
リリーナ様。
アルス兄さんの妻で、この国の王妃に当たる人物だ。
僕は今までに何回かしか会ったことがない、らしい。
けど、その時のことはあんまり覚えていない。
ただ、優しかったことは覚えている。
王妃様なのになんでこんなにやさしくしてくれるんだろう。
きっと、ものすごくいい人なんだな、と思っていた。
だけど、違ったんだ。
アルス兄さんは言っていた。
僕は間違いなく、リリーナ様のお腹の中から産まれてきたんだって。
ということは、実は僕の本当のお母さんなんだ。
……実感がわかない。
今まで、母親は母さんだけだと思っていた。
自分に本当の母親がいるなんて考えもしなかったからだ。
だけど、本当の母親がいて、実はその人が王妃だ、なんて夢にも思わなかった。
「悪いな、アルフォンス。今のうちに言っておくけど、リリーナのことは母と呼ぶな。あくまでもお前は俺の弟だ。もしも母と口にした瞬間、お前の自由はなくなると思ってくれ。ただ、恨むなら俺を恨めよ? リリーナは本当に心を痛めているからな」
「うん、わかっているよ、アルス兄さん」
「そうか。リリーナはお前のことを忘れたことは一度もない。だからだろうな。どうしても、お前の名前だけでも自分がつけたいって前から言っていたんだ。リリーナの名付けを受け入れてくれるか、アルフォンス?」
「もちろんだよ、アルス兄さん。僕のほうからもお願いしたいくらいだよ。リリーナ様に名付けをしてもらいたい」
「ありがとう。そう言ってもらえてうれしいよ。まあ、あとは、お前が魔力量を伸ばしてくれたらもっと喜ぶだろうけどな。そうすれば、リリーナにお前からの魔力がつながるし」
「あ、そうか。僕の魔力が多くなれば、その分、名付けをしたリリーナ様に多くの魔力が流れるんだね」
「そういうこと。もし、お前からの魔力でリリーナの位階が上がれば、リリーナも【回復】が使えるようになるかもしれないな。あいつ、結構気にしているんだよね。俺が【回復】を使って外見が老けなくなってることをさ」
そういえば、アルス兄さんって次の年で21歳になるんだっけ?
全然そうは見えない。
ほかの人よりもはるかに若く見えると僕でも思う。
けど、リリーナ様は大人の女性って感じだ。
きれいで優しくて暖かい、包容力のある女の人。
だけど、女の人が年齢を気にすることを僕は知っている。
いつまでもきれいに、若く見られたいのはみんな一緒なんだろう。
それは、母さんもリリーナ様も一緒に違いないはずだ。
もしかすると僕が魔力量を上げれば上げるほど、アルス兄さんと同じようにリリーナ様も老けないようになるのかもしれない。
だったら、なんかうれしいな。
本当の親であるリリーナ様と僕が明確なつながりを持っていることになる。
なんだかそれが無性にうれしくて、僕はリリーナ様から名をつけてもらうことを楽しみに待つことにしたのだった。