作品タイトル不明
12話 明るい未来へ
魔法使いの国マグノから贈られた透ける程薄いシースルーの布に、マグノの職人が刺繍をして、ヴァダッド形式の衣装へと仕立てた羽織が届いた。
羽織なので、自前の宴衣装の上に重ねて着ることができる。薄い布のため重ね着をしても暑くはない。
息子のシュトルツが昼寝をしているので、寝ている姿ですら興味深く観察したいジルイルに少しの間別室で面倒を見ていてもらい、届いた衣装の試着をすることにした。
「わぁ、綺麗ー! ……こんなに薄くて、ほんとに爪で裂けないかな。ほら、興奮してどうしても出てきちゃって……」
「大丈夫よ、ミーナ。保護魔法をかけたもの。私を信じて、手に取ってみて?」
この衣装を誰よりも心待ちにしていたのはミランナだ。猫族は興奮すると爪が伸びてしまうから、その手ですけるほど薄い布に触れることためらうのだろう。
獣人は力が強く、繊細なものを扱いにくい傾向にある。ゆえにこの国では丈夫な物が多く、布も厚地になりやすい。だからこそこの衣装はとても目立つはずだ。
(これが流行の発端になって、両国の交流が盛んになるかも)
布の交易や、技術交流が盛り上がる可能性は高い。今回マグノの工房に依頼したことがきっかけで、マグノ側の服飾系の職人たちがヴァダッドの装束や刺繍に興味を持ち始めたという話も届いている。
職人を両国が互いに出張させ、現場の研修をしてはどうか。……そう提案してみるつもりだ。そのためにも、この衣装を宴でお披露目したい。
「リシィの言葉なら信じる。……わぁ……素敵だなぁ。夜の宴じゃなくて、明るい時間に着るのもよさそう。光が透けてかわいいから」
「そうね。宴でお披露目したら……普段使いもしてもらえるようになるといいと思っているのよ。服の上に重ね着したり、重ねて縫い付けたり……」
「それ、すごくいいと思う!」
嬉しそうなミランナと一緒に、一度宴衣装の試着をしてみた。マグノとヴァダッド、二国の文化が混ざり合う衣装は、これからの未来を象徴するようだ。……きっとこれから、こういう文化の融合した物が増えていく。
私たちが着替え終わったところで、部屋の扉がノックされた。
「おーい、まだ時間かかりそうか?」
「ああ、シンシャ。待って、すぐ開けるわ」
私たちと同じように隣の部屋で衣装の試着をしていたシンシャは、私たちがなかなか声をかけにこないのでしびれを切らしてこちらにやってきたらしい。扉を開ければ新しい衣装を身に着けたシンシャとアルノシュトが居た。
「ああ、やっぱりリシィに似合うな」
「アルノーさまも素敵ですよ」
「俺挟んで惚気るなよ。……ま、仲が良くていいけどな」
呆れたようにつぶやきつつも、頭の後ろに手を組んだシンシャの尻尾は楽しんでいるように見える。
今回、新しい仕様で宴衣装を仕立てたのはこの四人と、そしてシュトルツのおくるみである。次の宴はバルトシークの子の誕生祝いであり、周辺の家々に生まれた子供をお披露目するものだ。
宴があることを告知したら来るもの拒まずで、基本的には近隣の家の者が集まるというが、今回は大規模になりそうだという予想である。
「みんな似合うじゃん! 今回はたぶん、いろんな人が来るからたくさん見てもらえるよね」
「だろうな。割と遠方からも来るつもりだって話を聞くぜ」
「普段は小さな宴にしかならず、招待状も送らないのが慣例だからな」
この世に初めて誕生した、獣人と魔法使いの間の子供。興味を持っている人間が多いため、客は大勢駆けつけるだろう、という見解だ。
宴料理に関してはこちらも用意はするが、来客も持参する慣例なので足りないということはないだろう。問題は多いと予想される来客に、しっかり対応できるかどうかである。
(やりがいがあるわね。……大事な顔見せになるもの)
シュトルツは今後、重要な役割を担うことになる子だ。皆によく知っていてもらいたい。
そうして宴当日、日暮れ前から次々に来客が訪れて、予想以上の人が集まった。挨拶だけで目が回りそうなほど忙しい中、ずいぶんと懐かしい顔が現れて、少し驚きながらその名を呼んだ。
「ラナ……! お久しぶりです」
「やあ、フェリシア。アルノシュト。お久しぶりですね。……相変わらず警戒されているようですが、少しはマシになった方でしょうか」
「……いや、これは……すまない」
梟族のウラナンジュの登場でアルノシュトは短い唸り声をあげたものの、ぱっと口を押えて申し訳なさそうにしている。……どうやら彼を目にして反射的に出てしまったらしい。
「ようこそ、バルトシークの宴へ。……祝いの贈り物も、感謝している」
「いえいえ、心からお祝い申し上げますよ。……その子が?」
「ええ、シュトルツです。これからどうぞよろしくお願いいたします」
「ふむ……お二人によく似た、かわいい子ですね。……おっと」
ウラナンジュが私の腕の中のシュトルツを覗き込んだ時、じっと新たな客人を見ていたシュトルツは小さな手を伸ばして、彼の色付きの眼鏡を掴んで取ってしまった。
私が慌てて謝ると、ウラナンジュはどこかまぶしそうに眼を細めて首を振る。
「お気になさらず。気に入ったなら、今宵の主役に差し上げましょう。……もう暗くなってきましたし、眼鏡がなくとも見えすぎることはありません」
優しい声でそう話すウラナンジュは、とても穏やかな表情だ。……今まで見た中でも、今日の彼が一番穏やかかもしれない。
「すまん、ウラナンジュ。……ルツ、それを返すんだ」
「無理に取り上げたら泣いてしまうかもしれませんし、あとで構いませんよ。……眼鏡がとれたせいか、良い未来が見えた気がしましてね。今日はとても気分がいい」
ふと宴広場の方へ眼を向けたウラナンジュにつられて、私もそちらを見た。多くの獣人が集まっている。
シンシャやミランナが、新しい衣装について質問攻めにあっていたり、各家が持ち寄った料理の中に、飾り切りが使われたものがあったり、ジルイルに連れられてマグノの医者二名が宴にひっそりと参加していても、誰も咎める様子はなくむしろ話しかけたそうにしていたり――二国が少しずつ、混ざり合ってきているような光景だ。
「バルトシーク家へ……いえ、ヴァダッドとマグノの未来へ祝福を。お二方の尽力があってこその、この光景でしょう」
「……ウラナンジュ……お前、少し変わったか?」
「君も随分変わりましたよ、アルノシュト。一匹狼だった君も、今や愛妻家で子煩悩ですからね」
今まで険悪だった二人だが、この様子を見ているとどうやら関係は改善されつつあるようだ。少しずつ、少しずつ、あらゆる物事が良い方へ、前へと進んでいく。……きっと未来は明るい。
シュトルツが持ち上げて宴のかがり火を反射して光ったウラナンジュの眼鏡を、私はさっと取り返しながらそう思った。