軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

10話

産声が上がると同時にふっと意識が遠のいた。私を呼ぶ声がしばらく聞こえていたけれど、いつの間にか気を失っていたらしい。

次に目が覚めた時、アルノシュトが私の手を両手で強く握りしめながら、ベッドの傍に座っていた。

「リシィ……! 目が覚めたな……よかった」

「アルノーさま…………私たちの、子供は……?」

「ああ、今は眠っている。ジルイル、連れてきてくれ」

アルノシュトは私の手を離さないままそう言って、名を呼ばれたことでジルイルも傍に居たことに気が付いた。彼女はゆりかごからそっと布に包まれた子供を抱き上げて、こちらに連れてくる。

私は子の顔が見えやすいように体を起こした。少し疲労は残っているが、体は随分と回復しているので治癒魔法が使われたのだろう。マグノから呼んだ二人の医者の姿は見えないが、疲れて休んでいるのかもしれない。

「おめでとうございます、フェリシア。おつかれさまでした。元気な狼の男の子ですよ」

ジルイルがそっと赤子のおくるみを抱かせてくれた。白い布の中ですやすやと眠る小さな赤子の頭には、小さな獣の耳が生えている。それは立派な獣人の証であり、布に包まれて見えない部分には尻尾もあるのだろう。髪もアルノシュトと同じ銀灰色で、彼によく似たようだ。

「シュトルツ……ルツ。ようやく会えたわ……かわいい」

「ああ。……我が子に会わせてくれてありがとう、リシィ」

決めていた名前を呼んでみる。眠っているこの子にはまだ聞こえていないかもしれないが、耳が小さく震えていた。

そっと私の肩を抱き寄せるアルノシュトを見上げると、彼の耳は少ししおれ気味で、尻尾の揺れ方も控えめだ。喜んでいるというよりはまだどこか不安がっているように見える。

「フェリシアは少し危ない状態でしたから、アルノシュトもしばらくは心配するでしょう。……しかし、それにしても治癒魔法とはすばらしい力ですねぇ」

ジルイルの話によると、出産後の出血が多く私は危険な状態になってしまったらしい。それはマグノからきた医者の魔法によって治療されたので、命に別状はなかった。それでも目が覚めるまでアルノシュトは不安でならなかっただろうから、ということだ。

「ジルイルのこれまでの協力に深く感謝する」

「いえいえ。それにまだこれからでしょう? 息子さんは少しばかり、平均よりも小さい。しかし力は充分にあります。……今後も成長を見守らせていただきますとも」

魔法使いである私は獣人たちに比べると体が小さい。その子供であるシュトルツも、獣人の子供に比べると体が小さいのだという。

ただそれでも弱弱しいということはなく、ジルイルが見る限りは健康体だということで、ほっと安心した。

「失礼、バルトシーク夫人はお目覚めですか?」

そう言いながら部屋に入ってきたのはマグノからやってきた女性医師だ。経験豊富な初老の女性で名をカレンという。その助手としてミミイという、私と変わらぬ年ごろのはつらつそうな女性がもう一人派遣されているが、その姿は見えなかった。別室で控えているのだろう。

「お子様の魔力量の判定結果が出ました。さすがマグノ国内でも五本の指に入ると言われた魔力量をお持ちの夫人のお子様ですね、平均的な赤子の魔力量を上回っております」

「っそのお話詳しく聞かせていただいてもよろしいですか!?」

カレンの報告に大きな声をあげ尻尾も床に叩きつけそうだったジルイルは、素晴らしい反射速度で自分の尻尾を握って捕まえた。……彼女の声でもシュトルツは目覚めることなく、私の腕の中ですやすやと眠っている。

申し訳なさそうに頭を下げつつも今にも暴れそうな尻尾を掴んだままでいるジルイルが興奮した理由は、分からなくもない。

(シュトルツには魔力がある。……ということは、魔法使いでもある……?)

獣人の子供は両親のどちらかの種族に偏って生まれ、両方の性質を持ち合わせることはないと聞いていた。だから私とアルノシュトの子も、魔法使いか獣人のどちらかとして生まれるものだとばかり思い込んでいたのだが――。

「失礼、非常に興奮いたしました。……バルトシークのご子息は将来魔法が使えるようになると?」

「ええ、この魔力量なら魔法を使うのに苦労はしないでしょう」

「なんとなんと……これは、世界が変わる、歴史的瞬間に違いありません。魔法使いと獣人の子は、どちらの性質も併せ持つと……」

魔法使いと獣人は、全く別の強さを持つ種族だった。そのどちらの強さも併せ持つ子が生まれたということは、衝撃的な出来事に違いはない。

シュトルツはこの世に初めて、世界で唯一の獣人で魔法使いという存在である。この子を取り巻く環境が一体どうなるのか、不安で我が子を抱く腕が緊張に強張った。

「大丈夫だ。……妻も子も、俺が必ず守る」

「……アルノーさま……。私とて、決して弱い魔法使いではありません。私も全力で家族を守ります」

そう決意を新たにしていたところへ、ジルイルがこらえきれない「カカカ」という小さな笑い声を漏らしながら近づいてきた。

「大丈夫ですよ、フェリシア。この子がヴァダットとマグノの平和の象徴です。……きっと、これから二国の交流が増え、婚姻も増えるでしょう」

「ジルイル……ありがとうございます」

「私も魔法使いが我が家へ嫁に来てくれないものかと願っていますゆえ。元より治癒魔法をヴァダッドの治療に取り入れたく魔法使いの勧誘を考えておりましたが、海獣の目と治癒魔法を使える医者が誕生する未来を想像すると興奮が収まりませんとも、ええ」

「…………ジルイル………」

気遣い半分、欲望半分。そんなジルイルの名前を呆れたように呟いたのはアルノシュトだ。ただ、あまりにもジルイルらしくて私は少し笑ってしまった。

(シュトルツのような子が、珍しくない世の中になる。……たしかにそうなればもう何も怖くないわね)

獣人で魔法使い。そんな存在が増えれば増えるほど、種族の壁が消えたと言えるだろう。……いつか、そんな未来が訪れれば、二国の平和が実現したと言えるのではないだろうか。