軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4話 熱血たる海の医者

宿に呼ばれた医者は海獣族のようだった。ウィルドルンとは違う模様で、イルカかクジラだと思われるが私では判断できない。高い笑い声が特徴的な女性の医師で、世間話を交えつつ問診をしてくれたおかげかかなりリラックスできた。

そんな彼女の名はジルイル。その名で呼ぶ許可も貰い、私もフェリシアと名で呼んでもらった。アルノシュトとは元から知り合いのようで、お互いに名前で呼び合っている。

「おめでとうございます。ご懐妊で間違いございません」

「ああ、ありがとう」

「ありがとうございます」

アルノシュトの大きな尻尾が空を切りながら喜びを表している。ウィルドルンから聞いていたとはいえ、医者に断定されれば実感が湧いてくるというものだ。

無事に生まれてきてくれるだろうか。魔法使いと獣人の間の子供は記録がないため、色々と不安もある。

「ところでアルノシュト。魔法使いとの子供は前例がありませんので、頻繁に診察したほうがよろしいかと。何か不測の事態が起きる可能性もありますし、専属の医者が傍に居た方がお二人とも安心でしょう。その役目を私に任せていただけませんか? 子供が生まれるまで、私が奥様についていましょう」

そんな不安を言い当てるかのようなジルイルの言葉に驚いて彼女を見つめた。彼女は黒い瞳に真剣な光を称えてアルノシュトをじっと見つめて訴えかけている。

かなりありがたい申し出だが、彼女は王都で名のある医者のはずだ。アルノシュトが治めるバルトシーク領についてきても大丈夫なのだろうか。

「非常に興味、いえ、母子共々の安全のためにも是非。妊娠、出産にかけて私の右に出る者はおりませんよ」

……どうやら二種族間の子供に強い興味があるらしい。本音が漏れているものの、優秀な医者だと言ってアルノシュトが呼んだ相手なので、ジルイルの腕はたしかなものなのだろう。ただちょっと、おそらく研究者気質であり、興味関心にのめり込みやすいタイプなだけだと思う。

「妻を付きっ切りで診てくれる医者がいるのはありがたい。しかし、王都を離れるのは難しいのでは? 出産までの期間をこちらに長居することはできないぞ」

「問題ございません。弟子が育ちましたし、たいていの事は押し付けられますので是非私をお連れください。奥様を想うなら私が適任ですよ、ええ私以上の適役はいないでしょう。女性を診ることに関してはヴァダッド一の腕だと自負していますので」

「…………熱意は分かった。妻の意見を聞く」

尻尾をたしたしと床に叩きつけているジルイルに詰め寄られ、アルノシュトは上半身と目を反らした。そして少し困ったようにワインレッドの瞳を私へと向けてくる。

この熱意を収めるのは簡単ではないだろう。しかし私が否と言えば、彼はそれでも努力して断ってくれるはずだ。

(でも……別に嫌ではないのよね。こういう人、魔法使いにもいるもの)

魔法の研究にのめり込んでいた同級生を思い出し、くすりと笑った。魔力量の多いフェリシアに「思いついた魔法をどうか試してほしい」と頼み込みに来ていたその人と、ジルイルはよく似ているように感じてどこか懐かしい。

「私はお願いできれば嬉しいですよ」

「そうか。……リシィがいいなら、いいんだ。ジルイルに頼もう」

「さすがフェリシア。ええお任せください、私が必ず母子共々健康に出産までサポートいたしますとも! 王都を離れるとなると支度が必要なので、一度診療所に戻ります。また明日お伺いしましょう。それでは。……あ、今日は安静にお過ごしくださいね! お疲れのようなので!」

カカカ、と独特の笑い声をあげながらジルイルは去っていった。なんだかとても嵐のような勢いの人だったが、悪い人ではなさそうだし、仲良くなれるならそうなりたいところである。

「海獣種は優秀なんだが変わり者が多くてな……疲れなかったか?」

「いえ……学園の同期にも似たような人がいたのを思い出して懐かしくなりました」

天才や秀才というのは得てして変わっているものである。こだわりが強かったり、一つのことにのめりこんだりするからその分野に秀でて大成するのだ。私はそういった類の人間が嫌いではないし、好ましいと思っている。

「リシィの負担にならないならいい。ジルイルの腕は信用できる。……領地にまで本人がついてくるのは意外だったが……部屋を用意しなくてはな」

「私もできることはお手伝いしますね」

「……ああ、だが無理はしないでくれ。何かしてほしいことがあれば何でも言うんだぞ」

そういう訳で海獣族のジルイルが専属医としてバルトシーク領に来てくれることになった。ただ旅となると体には負担がかかるし、数日はしっかり王都で休むべきだと彼女から助言を受けたため、しばらくは王都の街に滞在する予定だ。

国王へと献上する刺繍のスカーフのための糸や布を選ぶにも、品揃えのいい王都の店を見た方が良いだろうし、ちょうどいい。

「……リシィは外出をしても本当に大丈夫なのか?」

「それくらい大丈夫ですよ。全く動かない方が体に悪い。けれど転ばないように気を付けてくださいね。魔法使いは体が細いですし、誰かにぶつからないように。跳ね飛ばされたら大変ですからね」

刺繍のための買い物に行きたい旨を伝えると、アルノシュトはとても心配そうに尻尾を耳をしおれさせた。そして翌日の診察に訪れたジルイルに外出について尋ねたのである。

たしかに魔法使いと獣人では体格差があるけれど大袈裟ではないだろうか。しかしアルノシュトも外出に前向きになってくれたのでよかった。

「うむ、分かった。……何があっても俺が守ろう」

「大丈夫ですよ、アルノー様。魔法もありますから」

防御系の魔法も存在するのだからそこまで心配することはない。私は国内でも指折りの魔力量保持者である。自分の身は自分で守れるくらいの強さはもっているのだ。

「それでも。……妻を守るのは夫として当然のことだからな」

「アルノー様……」

「……私はお邪魔だから帰りましょうね! それでは失礼!」

つい二人で見つめ合っていたらジルイルが勢いよく退室していった。彼女の存在を忘れかけていたので多少恥ずかしくなりながら二人で顔を見合わせ、照れたように耳を震わせる姿にくすりと笑う。

その後はゆっくりと出かける支度をした。私には獣の耳がなく、そのままでは「魔法使い」であることが一目でわかるため、大きな帽子を被る。まだ魔法使いに対する偏見が消えた訳ではないので、念のための措置だ。

「決して俺から離れないでくれ」

「ふふ、はい。……それなら腕を組んで歩きましょう」

「……うむ」

キリリと表情を引き締めながらも大きく尻尾を振るアルノシュトの腕に捕まりながら、王都の街へと繰り出した。

獣人たちの活気あふれる街はとても賑やかで、私も力を貰えるような気がする。

(まずは、国王陛下に献上する刺繍糸を探さなくては……!)

気合いを入れて思わず力を込めた指先から私の決意を感じ取ったのか、アルノシュトの尻尾も勢いよく揺れて、私の背中を応援するように撫でていった。