軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第64話 美の戦場へ!温泉女将、王都を立つ

王都にあるフェルメール家の別宅。

ロバートは、領地へ戻る前の最終準備を進めていた。

「……ふぅ。今日は挨拶回りか。面倒だな」

ロバートはニヒルな笑みを浮かべ、手洗いに立った。

ズボンのベルトを緩め、用を足しているその最中である。

ガチャンッ!!

背後のドアがいきなり蹴破るような勢いで開いた。

「誰っ……!?」

ロバートは咄嗟に腰の短剣に手をかけようとしたが、悲しいかな、今は両手が塞がっている。振り返ることも、構えることもできない。

(……刺客!? こんな、人生で最も無防備な瞬間に!?)

冷や汗が背中を伝う。だが、首筋に冷たい刃が当たる代わりに、視界の端から「見慣れた封筒」が、すっと差し出された。

「……フェルメールから手紙です」

「…………っ!!」

ロバートは反射的に、その封筒を口で受け取った。

黒装束の男は、それだけ伝えると再び音もなく去っていった。

慌てて用を済ませ、入念に手を洗ったロバートは、手紙を握り締めて絶叫した。

「もぉーーーっなんなんだよ! びっくりして止まっちゃったじゃないか! あの配達員、俺に何か恨みでもあるのかよぉーっ! 毎回驚かせやがって、心臓がいくつあっても足りないよぉ!」

ハァハァと肩で息をしながら、震える手で封を切る。

そこには、アルベルトからの驚天動地の報告が綴られていた。

『カイトが泥沼から温泉を見つけた。ここは将来、王都と南を繋ぐ宿場町になる。ついては、旅館経営を任せられる、計算に明るく接客が得意な人材を王都で探してはもらえないだろうか』

(……これは至急なんだろうな。そうでなければ、配達員があんな無防備な所まで押し掛けてこないもんな……。しかし温泉? あの泥だらけの辺境に? 旦那様、フェルメール領はどうなってるんですか!?)

ロバートは眩暈を覚えた。だが、主君アルベルトの頼みだ。あの配達員の動きからして、間違いなく「至急」である。

「計算に明るく、接客が得意な奴……」

ロバートは、手紙を握りしめたまま王都の喧騒を見下ろし、必死に首を横に振った。

「……まてよ。挨拶に行こうとしていたあそこなら……。いや、ないな!ないぞ! あのマスターが、温泉宿で、三つ指ついて大人しく挨拶に来るのか? 絶対にあり得ない! それに、マスターも店があるはずだ」

ロバートはニヒルな笑みを必死に取り繕おうとしたが、こめかみの引きつりは止まらない。

だが、アルベルトの求める「計算に明るく、接客のプロ」という条件に、あのマスター以上に合致する人間をロバートは知らなかった。

***

王都の下町、酒場兼情報屋『ゴールデンレディ』。

ロバートはため息を吐きながら、その派手な扉をくぐった。

「はぁ~い♡ あら、ロバート。早いじゃない。ママに会いたくなったの? ふふっ」

扇子を翻し、ポーズを決めるのは店主のゴンザレス。どう見ても屈強な男だが、その実態は「美」を追求し続ける美容バカのオカマだ。

「……フッ、マスター。今日は挨拶だけだ。フェルメールには来月戻る予定なんだ。主からの呼び出しでね」

ピシャリ。ゴンザレスが閉じた扇子で、ロバートの肩を軽く叩く。

「マスターって呼ぶんじゃない! マ・マ・よ」

「…ひっ……マ、ママ!」

「分かればいいのよ」

ゴンザレスはふわりと微笑んだ後、プロの情報屋としての鋭い視線をロバートの顔に向けた。

「それで? 今日は本当に挨拶だけなのかしら? ……厄介な悩みを抱えてるって、その眉間のシワに書いてあるわよ」

図星を突かれ、ロバートは小さく舌打ちをした。誤魔化しが利く相手ではない。彼はグラスを置き、つい口を滑らせた。

「実は……領地で温泉が出たらしいんだ。それで旦那様が、そこを切り盛りできる経営者を探しているんだが……」

その瞬間、ゴンザレスの目が怪しく発光した。

「……泥沼の中に、温泉? ちょっと待って、泥パックと温泉の相乗効果なんて、美容の黄金律じゃない! そんなのを聞いちゃったら、放っておくなんて、 女(ママ) として末代までの恥よ!」

「ああ、それで、計算に明るく、接客のプロを探してるんだよ。誰か良い人材を知らないか?」

ロバートの問いに、ゴンザレスは鼻で笑った。

「何言ってるの? 温泉の女将なら毎日、温泉と泥パックがやり放題なのよ。そんな美味しい仕事を、私が見逃すと思って?」

「おい、待てママ。お前は王都の店が――」

「こんな店、代わりの雇われマスターを置けば済む話じゃない」

ゴンザレスは即答した。王都の店での利益よりも、未開の美容資源の独占。プロの商人としての計算が、一瞬で弾き出されたのだ。

「もぉぉーっっ! 情報屋の仕事とかどうすんだよ!話を聞けよぉ!」

ロバートの制止も虚しく、ゴンザレスは店を放り出す勢いで奥へと消えた。数分後、再び姿を現したその格好に、ロバートは目を見開いた。

「な……なんだ、その黒いボンテージファッションはっ!?」

「温泉地への潜入(?)に決まってるじゃない! 戦場よ、これは美の戦場なのよ! 行くわよぉ!」

ゴンザレスは嵐のように店を飛び出していった。

一人取り残されたロバートは、頭を抱えてしゃがみ込む。

「…ふぅぅ…ふぅぅ…。落ち着け俺。これで良いのか?至急案件だったし、何も問題無いよな?よな?」

ロバートの自己逃避めいたため息が、主を失った店内にむなしく溶けていく。

泥靴村の歴史に名を残すであろう「美の女将」は、王都の門へと向けて爆走を開始した。

かつては「行き止まり」や「泥靴」と嘲笑され、見渡す限りの泥沼しかなかったフェルメール領に、こうして一癖も二癖もある「劇薬」のような逸材たちが、次々とこの地に吸い寄せられつつあったのだった。