作品タイトル不明
第63話 人手は宝!ようこそ泥靴村へ!
「止まれ! それ以上近づくな!」
村の入り口に、門番の鋭い声が響いた。
「助けてくれ!」
「私達、ボルドーから逃げてきたんです。どうか助けてください」
「……なぁ、頼む。中に入れてくれ!」
門の向こう側では、五十名近い難民たちが口々に泣き叫んでいた。
報告は、屋敷にいるエレナと現場のアルベルトへ即座に伝わった。
アルベルトたちが門へ駆けつけた時、工兵隊員たちは槍を向け、一触即発の緊迫感に包まれていた。
「こんなにも来たら食糧が持たないぞ!」
「いや、子爵のスパイかもしれねぇ!前もそれで放火されたからな」
一触即発の状況を切り裂いたのは、エレナの凛とした声だった。
「待ちなさい! 槍を納めなさい。まずは話を聞きましょう」
少し離れた場所では、メイドのリーザが幼いミレーヌの手を引き、不安げに見守っている。
「代表者の方のみ入門を許します。他の方はそこで待機を」
「 母様(ママ) ……!」
カイトを抱えたアルベルトが到着したとき、エレナはすでに最前線を掌握していた。
「カイト、それにあなた、遅かったわね」
エレナは夫に視線を向けると、即座に指示を仰ぐように進言した。
「あなた、まずは病気の確認を。これだけの人数、もし伝染病を持ち込まれたら村が全滅します。騎士たちに、発熱や発疹がないか一人ずつ検めさせてください」
「……ああ、そうだな。エレナの言う通りだ。ラインハルト、すぐに検疫を始めてくれ!」
アルベルトの号令で騎士たちが動き出す。地べたで泣き叫ぶ難民たちに対し、エレナの冷静な眼差しは「ここには秩序がある」ことを無言で伝えていた。
やがて、代表者と思われる腰の曲がった老人が一人、門の近くにやってきた。
「この者が代表で良いですか? ……なら、素性を知っている人は?」
エレナの問いに、門の向こうから複数の声が返る。
「ウチらの村長です!」
「ボルドー領東村の村長に間違いねぇ!」
それを聞いたエレナは頷き、門を最低限だけ開けさせて村長を通した。そして残された難民たちへ、救済の条件を言い放った。
「お互いに身元を証明できる人を探しなさい。家族、あるいは隣人。お互いがその者の正体を保証できるかチェックを。……保証のない者は、中に入れられません」
集団の中で必死の確認作業が始まる中、カイトがエレナのスカートを引いた。
「ねえ、ママ。まえも、この村ににげてきた人いるのに、なんでチェックするの?」
「カイト。前の方はね、この村に知り合いがいて、身元が最初から分かっていたからすんなり入れてあげたのよ。でも、今回は知り合いのいない人たちばかり。だから、嘘をついていないか確かめる必要があるのよ」」
(……なるほどな。コネ入社(紹介)は即採用じゃが、一般応募(飛び込み)は厳重な書類選考とバックグラウンドチェックが必要ってわけか。なかなかチェックが厳しいな。ママ、さすが人事部長じゃわい……)
カイトが内心で感心している間に、村長は震える足取りでアルベルトの前に跪いた。
「さあ、村長。まずはじっくり話を聞こう。……ボルドーで一体何が起きているのかをな」
一行は村の中央、モズ村長の家へと向かった。
アルベルトとエレナ、そしてアルベルトの膝の上で状況を注視するカイト。さらに、モズが同席し、張り詰めた空気の中で事情聴取が始まった。
ミレーヌは家の珍しさに「これは〜?」とモズの息子のガラムを質問攻めにし、張り詰めた空気を微かに和らげている。
ボルドーの村長は、リーザの運んだスープで人心地がつくと、震える声で語り始めた。
「……ボルドーは死の土地です。領主の失政で税は数倍、来年の種籾まで奪われました。このままでは全員首を括るしかありません」
モズが、思わず絶句してアルベルトと顔を見合わせた。種籾を奪うというのは、農民に死ねと言っているも同然だ。
「……ボルドー子爵は何を失敗したのか。そこまで困窮する理由を知っているか?」
アルベルトの問いに、老村長は悔しげに顔を歪めた。
「領主様は湿地を埋め立てるため、『 泥炭(でいたん) 』を法外な高値で買い付けたのです。ですが期待したような改良は起きず、激昂した領主様は『ただの泥だ!』と、その泥炭を湿地へ捨てさせてしまいました。そして……その大金のツケを、我らへの重税で賄おうとしているのです」
カイトは呆れ果てて天を仰いだ。
(……ウチへの妨害のために泥炭を買い漁らせる罠を張ったのはワシじゃ。じゃが、期待外れだったからと不法投棄した挙句、その損失を領民の『来年の種籾』から毟り取るとは……。いくらなんでも為政者としてクズすぎるじゃろ!)
カイトは、敵対する領主が自分の想像を絶する「暗君(ブラック社長)」であったことに、ある種の戦慄すら覚えていた。
(罠に嵌めたワシにも、少なからず原因はあるかもしれん。……じゃが、あんな社長の下にいたら、どのみちこの村人たちは過労死か餓死じゃ。……よし。なら、ワシの現場で丸ごと引き受けて、まともな飯と仕事を与えてやるのが『ケジメ』じゃわい!)
カイトは決意を固めると、アルベルトの膝の上から、わざとらしく無邪気な声を上げた。
「パパ……。その人たち、おうちもごはんもなくなっちゃったの? じゃあ、うちの『おみち』つくるの、てつだってもらえばいいよ。うちでいっしょにはたらけば、みんなごはんにこまらないよ!」
「カイト……」
「ああ、全くだ……。一人の愚かな領主が、数千の民を道連れにしようとしているのか」
「……あなた」
エレナが、はっきりとした声で口を開いた。
「この方々を正式に『難民』として受け入れ、保護しましょう」
「エレナ……しかし、ボルドー子爵が黙っていない。下手をすれば兵を向けてくるかもしれない。それに住む場所や食糧も……」
エレナは微かに首を振って、アルベルトの手をそっと握った。
「いいえ。私が幼い頃、父の領地でも同じことがありました。冷害で隣領が立ち行かなくなった時、父は迷わず民を受け入れたんです。その時父が言った言葉を、今でも覚えています。
『民を見捨てる領主には、その地を治める資格もない』って」
彼女は代表の老村長に視線を移し、柔らかく微笑んだ。
「来年の種籾まで奪うというのは、もう領主としての務めを放棄したも同然です。この方々は『逃亡者』ではなく、圧政から逃れてきた『犠牲者』なのです。王国法でも、領主が民の命を脅かす場合、他領への避難を止める権利はほとんどありません」
(……ママ、かっこいい……! ジル爺さんの教育の成果じゃな。それに、ワシの意図も完璧に汲み取ってくれとる)
エレナは少し声を和らげ、カイトの方を見て微笑んだ。
「それに、あなた。カイトが先ほど言っていたでしょう? 『うちで働けばいい』って。あの子が一生懸命に道を拓いているのは、この領地を豊かにするためです。そのためには、何より『人手』が必要……この方々がいてくれたら、どれほど助かるか」
アルベルトは妻の言葉に、ゆっくりと目を細めた。
そして、深く息を吐いて頷いた。
「……そうだな。君の言う通りだ。王国の法に則って彼らを守る。これがフェルメール家の道だ」
彼は村長に力強く告げた。
「村長。お前たちをフェルメール領の民として迎え入れる。追っ手からは私が守る、もう怯えるな。ただ一つ条件だ。今までの農仕事ではなく、道作りの土木に力を貸してくれ」
老村長は震える手で床に額を擦り付け、声を詰まらせた。
「……あ、ありがとうございます……! ありがとうございます……ッ!」
部屋に、静かな嗚咽が広がる。
エレナはその様子を見守った後、アルベルトへ視線を移し、領主の妻としての落ち着いた声で言った。
「住居は、今作らせている長屋の屋根下と、納屋を急ごしらえで整えましょう。まだ暖かい時期で良かったわ。食料は今夜から少しずつ分け与えるとして、まずは炊き出しですね」
こうして、フェルメール領に、また新たな住民(労働力)が加わったのだった。