軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第53話 陰謀、ボルドーの背後に潜む影

王都と穀倉地帯を繋ぐの街道の繋ぎ目であるボルドーの街は、行き交う商隊の馬車で賑わっていたが、その賑わいに対し住民の顔色は悪い。

重い荷を積んだ車輪が石畳を鳴らし、商人たちの声が響く。この物流があるからこそ、ボルドーはまだ、かろうじて息をしていた。

だが、馬車が跳ね上げる泥を避けながら路地を行く住民たちの目は、死んだ魚のように濁っている。

「また、あの御用商人の手代が領主館に入っていったぞ。今度は何の取り立てだ」

「決まってる。東の湿地を埋め立てようとして、資材ごと泥に沈めたあの『無駄遣い』の穴埋めだよ」

「じゃあ、役人が街道沿いに捨ててた泥って泥炭なのか?!」

「何でも、二度と見たくないって領主様が言ってたらしいよ」

「それだって、売れば少しは返せるだろうに…」

住民たちの怨嗟は、デタラメな工法のためにゴミ同然の資材を相場の五倍で買い漁った失策に向けられていた。

ボルドー子爵が欲に目が眩み、自ら飛び込んだインサイダーの罠にまんまと引っかかり、泥に注ぎ込んだ莫大な資金。

その穴埋めが、今、重税となって領民の生活を根こそぎ奪おうとしていた。その住民たちの不安は、悲鳴となって領主館へと上がっている。

執務室では、徴税官の責任者が青ざめた顔で報告を続けていた。

「旦那様、これ以上の増税は不可能です。街は街道の商いで保っておりますが、農村部は、これ以上絞れば、領民が逃げかねません」

「クソっ! そんなことを許すな。もういい! 下がれ!」

ボルドーが怒鳴りつけると、徴税官は青ざめた顔で足早に部屋を出ていった。

重い扉が閉まると同時に、部屋の薄暗い隅から、外套を羽織った男が音もなく進み出た。裏稼業の男だ。

「……で、フェルメールの道はどうなっているんだ。次の襲撃の段取りはついたのか」

ボルドーが血走った目で睨みつけると、男はゆっくりと首を横に振った。

「それが、難航しております」

「なんだと!? たかが泥靴の貧乏男爵だろうが! 野盗崩れでも 嗾(けしか) ければ済む話だろう!」

「それが、正面の村の入り口には、伯爵家の騎士と、自警団のような者が陣取っており、迂闊に近寄れなくなりました」

「ならば夜陰に乗じて湿地から回り込め!」

「無茶を言わないでください。あの泥沼、足が付かない程、深く掘られてます。知らない者が踏み入れば、泥に飲まれて死にます」

ボルドーは苛立ちに任せて机を叩いた。

「……裏手の山があるだろう! 山側から村を見下ろして、火でも放てばいい!」

「そこもダメです」

男は忌々しそうに舌打ちした。

「最近、丘の斜面に『鼻の利く連中』が張り付いている。隠密か、王都帰りのベテランか……とにかく、少しでも近寄ればあっという間に狩られます。……領主様。あの村は今、地形を利用した立派な『要塞』ですぜ」

正面は精鋭と自警団。側面は底なし沼。背面の丘は隠密が潰す。

報告を聞いたボルドーの顔から、さっと血の気が引いた。

窓の外を見れば、今この瞬間も商隊が通り、通行料がボルドーの懐に転がり込んでいる。その金でガメイツ商会への莫大な利息だけは、なんとか払い続けられている。

だが、もしあのフェルメールの新しい道が完成し、物流がそちらへ流れてしまったら。

(商人がこの道を使わなくなれば、その瞬間に私は終わる……!)

想像しただけで全身がガクガクと震え出した。

通行料が途絶えれば、利息すら払えなくなる。

そうなれば、ガメイツ商会は容赦なくボルドーの爵位も領地も差し押さえるだろう。自分に残るのは、返済不可能な借金と身の破滅だ。

「フェルメールの道を止め、この利権を何としても守らねばっ!」

商人がいなくなる恐怖に背中を焼かれるようにして、ボルドーは王都へ向けて馬車を飛ばした。

王都の一等地に、その男の館はある。

ヴァロワ侯爵。

王国でも指折りの権勢を誇り、ボルドーが属する派閥の頂点に君臨する怪物だ。

その執務室で、ボルドー子爵は床に額を擦り付けていた。

「閣下! お助けください! あのフェルメールの小僧、不当に我が領の資金を奪い取ったのです! またガメイツ商会からの催促も……!」

必死に許しを請うその姿を、ヴァロワ侯爵は冷ややかな目で見下ろしていた。侯爵は手元のワイングラスをゆっくりと揺らし、赤い液体越しに窓の外を眺めている。

「もうよい、ボルドー。貴殿の無能ぶりには吐き気がする。これ以上、我ら派閥の恥を晒すな」

「は、ははっ! ですが閣下、奴らは着々と道を伸ばしております。このままでは奴らに利権が!」

ヴァロワ侯爵はワインを一口含むと、椅子に深く腰掛けた。そして、這いつくばるボルドーに向けて、短く命じた。

「ボルドー、耳を貸せ」

「は、はいっ……!」

ボルドーが這いずるようにして耳を寄せると、侯爵は低く、地を這うような声で囁いた。

「…………………………」

ボルドーの目が、驚愕と、それに続くどす黒い歓喜で見開かれる。

「……おお! おおお……! さすがは侯爵閣下! まさに、完膚なきまでの『収穫』! 私のような凡才には、思いもよらぬ極上の段取りでございます!」

「……分かったか。こちらが手を出さねば、奴らは安心し、全力で道を完成させるだろう。……『南街道』に繋がるその瞬間が、果実が最も熟した時だ。その時、その果実を丸ごと『収穫』してやろう」

ボルドーは卑屈で醜悪な笑みを浮かべ、何度も畳みかけるように頷いた。

「……作戦を立て直す。それまでの間、フェルメールには……最高の夢を見させてやれ」

「ははっ! 承知いたしました! 奴らにせいぜい、泥にまみれて『黄金の道』を磨かせておきましょう!」

ボルドーは醜悪な笑みを浮かべ、何度も頷くと、逃げるように部屋を辞していった。

重い扉が閉まる。

執務室に静寂が戻ると、暗がりに控えていたガメイツが静かに進み出た。

「……使えん男ですが、よろしいので?」

「構わん。使い捨ての駒としての価値は残っている。ガメイツ、あの男への取り立ては待ってやれ。もう少し生かしておけ」

「御意に」

ガメイツが深く一礼し、音もなく部屋を下がる。

一人残されたヴァロワ侯爵は、再びワイングラスを傾け、南の穀倉地帯を思い浮かべ、冷たく呟いた。

「……ハルバート。貴殿の命運も、あの泥道と一緒に断ってやろう」