軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第49話 戦慄の召喚状と代行者探し

王都にあるフェルメール家の狭い別宅では、一人の男が窓の外を眺めながら静かに呟いていた。

「……情報の鮮度、というものは三日で腐ります。本物の『真実』というやつは、誰も口にせず、ただ闇に溶けるものですから」

ロバートは、安茶の入ったカップを片手に、ニヒルな笑みを湛えていた。

傍らでは五歳の娘が彼の服の裾を引っ張って遊んでいたが、彼はその視線をかわしながら、どこか遠くを見つめる現実派の代行者を演じていた。

「いいですか、マリー。パパのお仕事というのはね。金が流れた形跡を追うことなんです。表には出ませんが、帳簿というものは決して嘘を……」

理知的な説明を続けようとした、その時だった。

音もなく窓の鍵が外れ、黒装束の影が室内に滑り込んできた。

「ッ!? 誰だ!」

ロバートは咄嗟に娘を背中に隠し、腰の短剣に手をかける。

暗殺者か、あるいはボルドーの刺客か。死を覚悟したロバートの目の前で、黒装束は無言のまま懐に手を入れると一通の手紙を差し出した。

「…フェルメール男爵からの、急ぎの書状だ」

男はそう告げるなり、窓に頭からダイブして外へ消えていった。

数秒の静寂の後、ロバートの口から、先ほどまでのニヒリズムが木っ端微塵に砕け散った叫びが漏れた。

「もぉぉーっっ!……普通に郵便か早馬で送ってきてくださいよ、旦那様!! なんで裏社会のプロみたいなルートを使ってるんですか! 暗殺されるかと思った!!」

全力のツッコミが狭い部屋に響き渡る。

「ひっ……!」

突然のパパの大声に、マリーがビクッと肩を震わせて涙目になった時、隣の部屋から慌てて妻が駆け寄ってきた。

「あなた! どうしたの? そんな大声出して! マリーが怯えてるじゃないの!」

ロバートは、妻と娘を手で制した。

「だ、だ。大丈夫だ。ちょっとびっくりしただけだ! ごめんよマリー!」

ロバートがしゃがみ込んで頭を撫でると、マリーはコクンと小さく頷き、今度は安心を求めるようにママのスカートの陰へと隠れた。

短く咳払いをすると、彼は再び冷徹な表情を取り繕い、震える手で封を切った。

「……パパ、おてて、ブルブル……」

ママの陰から、マリーが心配そうに小さな声で呟く。

「……コホン! してない。……フッ、主君からの呼び出しか。派閥のお披露目パーティの帰りの馬車で、奥方様と相談されたそうだが……。どうやら私の隠居生活も、ここで幕を閉じるらしい」

手紙には、領地での火事や妨害工作、そして新設される『工兵隊』の指揮と、自分たち家族のために用意された『丘の中腹の家』のことが記されていた。

「……あなた、どうしたの? 旦那様はなんて?」

ロバートは読んでいた手紙を妻に渡す。

「……荷造りを始めてくれ。家が完成するのは二ヶ月ほど先だそうだ。それまでに、必要なものだけを揃えておけばいい。……フッ、旦那様も人が悪い。私に『盾』になれと、直々に仰るとは」

ロバートはニヒルに笑ってみせたが、額の冷や汗に似つかわしくない瞳には、隠しきれない熱が宿っていた。

自分たち家族の住まいまで手配して待っているという主君。その厚遇に応えぬわけにはいかない。

「……一刻も早く戻り、その甘さを私が修正しなければ。……だが、そのためには王都を任せられる『代わり』が必要か。……これが最大の問題だな」

ロバートは愛用の上着を羽織ると、再びプロの顔に戻って街へと繰り出した。

***

――それから数日後。王都の隅にある酒場の片隅で、ロバートはジョッキの中の琥珀色の液体を睨みつけながら、魂の抜けたような溜息を吐いていた。

「……はぁ。ダメだ。まともな奴が一人もいねぇ」

ついさっきまで面接していた自称・有能な代行者の顔を思い出し、ロバートは深く椅子にもたれかかる。

水準器のパテント料という潤沢な予算はある。だが、現れるのは甘い汁を吸おうとする寄生虫か、貴族の肩書きにしか興味のない俗物ばかりだった。

「……あーあ、やってられんな、本当に! 旦那様は『至急』とおっしゃるが、こっちはまともな面接にすらならんぞ! おい、マスター! もう一杯だ!」

(……この街には、ワケありで、有能で、そのくせ貧乏男爵家に喜んで雇われるような、都合のいい奇特な奴はいないのかよ!?)

酒場の喧騒に紛れて、ロバートの切実な叫びが響く。先ほどまでのニヒルな代行者の面影はどこにもない。

そこにあるのは、無茶振りをされた現場監督の板挟みに合う、中間管理職のような悲哀だけだった。

「……あーあ。早く領地に帰ってその工兵隊を一端の兵士になるように育てたい。それに新しい家、丘の中腹なんだろ? 見晴らし良さそうじゃねぇか。娘もきっと喜ぶ……」

そこまで言って、ロバートはふと動きを止めた。脳裏をよぎるのは、自分自身がかつて見てきた、あの「泥靴村」の光景だ。

「……いや、待てよ。……あそこ、泥靴村なんだよな。俺が最後に行ったのは、確かカイト様が生まれてすぐの頃だ。……もう五年前か」

それ以降は自分にも娘が生まれ、王都での仕事にかかりきりだった。彼の中の村のイメージは、今も「ただの泥だらけの辺境」で止まっている。

「最近は、湿地に道も通してるって話だが……。所詮はあの泥靴領だぞ。うちの嫁も娘も、王都暮らしが長いんだ。王都の便利さに慣れきった女子供があの泥沼を見て……『こんなとこ住めない!』なんて言われたらどうしよう」

想像してしまい、ロバートの背筋に冷たいものが走った。

「もし、嫁さんに『離縁させていただきます』なんて言われたら……。娘に『パパこんなとこ嫌い、王都に帰る!』なんて泣かれたら……。俺、どうすればいいんだ? 大丈夫なのか? 旦那様、本当の本当に大丈夫なんですよね……ふぅぅ… ふぅぅ…!?」

ジョッキを持つ手が、恐怖でガタガタと震え始める。

主君への忠誠心と、切実な家庭崩壊の危機。現実派の男は、今まさに人生最大の崖っぷちに立たされていた。

ひとしきり一人で震え上がり、残った酒を一気に煽ると、ロバートはハッと我に返った。

パンパンと自分の頬を強く叩き、乱れた前髪を整える。そして再び「……コホン」と鋭く咳払いをして、無理やり背筋を伸ばした。

「……フッ。焦りは判断を曇らせるというものだ。……明日には、天からでも降ってくることを祈るとしよう。屋敷の管理が完璧で、情報の扱いに長けた逸材がな。…ふぅぅ… ふぅぅ… 」

再び冷徹な仮面を無理やり被り直し、ロバートは夜の街へと消えていった。その背中には、プロの代行者としての矜持と、「頼むから家族だけは見捨てないでくれ」という悲痛な祈りが、同居していた。