軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第48話 泥の中の安定:現場の雇用革命

泥靴村の丘の中腹。

先日、アルベルトたちが護衛の仮住まいとして掃除をした『旧代官の書庫』の真向かいでは、大工のゴドーと石工のダンが、新しい家の基礎固めを急ピッチで進めていた。

「パパ、ここがロブおじちゃんの、おうちになるの?」

「ああ、そうだ。王都で私のために苦労をかけている、最も信頼する部下の家だからな」

視察に訪れたアルベルトが頷くと、カイトは無邪気な顔のまま、内心で深く感心していた。

(ふぉっふぉっ。向かいにある旧代官の書庫は、今は伯爵様たちから借りた護衛の寝床になっとるが……半年後、自前の防衛体制が整えば、あそこは『工兵隊の 詰所(ベース) 』になるじゃろう。詰所の真向かいに 隊長(ロバート) の社宅を配置するとは、 親父(パパ) も現場の動線管理がよく分かってきおったわい)

しかし、そんなカイトの満足げな思考を遮るように、現場の空気はひどくピリついていた。

ゴドーが忌々しそうに、丘の隅に積まれた木材を指差す。

「旦那様……申し訳ねえ。昨晩、裏の山側から何者かが忍び込んだ形跡がありやす。山の方のぬかるみに足跡が残ってました。よりによって、ロラン様から届いたばかりの柱や板材に、汚物がぶち撒けられてまして……」

ゴドーの報告に、傍らにいた石工のダンも付け加えた。

「この間は、沼鉄の置き場に忍び込んだ奴もいたそうですぜ。そん時は護衛の騎士様に見つかって、盗みかけた沼鉄を慌てて放り投げて逃げていったそうですがね」

度重なる陰湿な嫌がらせに、アルベルトは深く顔をしかめ、木材の周辺に残された足跡を確認する。

「……入り口の塀と、広場の厳重な警備を避けて、足場の悪い裏の低木地帯を抜けてきたか。今度は手薄な建築資材を狙ったというわけだな。それにしても、なりふり構わず嫌がらせしてきているな」

アルベルトは汚された木材の表面を見つめ、ギリッと奥歯を噛んだ。

「村の建設で、この辺りのまともな木はとうに切り尽くしてしまった。今、我が領で建築に使える木材は、すべてロラン殿からの供給に頼っている状態だ。もしロラン殿が不快感を抱いて取引が止れば、家も塀も一切作れなくなる……」

アルベルトが領主として最悪の事態を危惧する一方で、カイトは、内心で短くツッコミを入れていた。

(違うな。通行料無料のショートカットという特大の 利益(ベネフィット) があるんじゃ、木材にクソを撒かれたくらいでロランが取引を降りるわけがなかろう。……問題はそこじゃない)

カイトはアルベルトの服の裾をちょいちょいと引っ張り、上目遣いでパパを見上げた。

「パパ。木は、あらえばきれいになるけど、運んできてくれるおじちゃんたちが、いたくされたら、いやだよね」

その無邪気な一言に、アルベルトはハッとして目を見開いた。

(……そうだ。木材の汚れなど洗えば済む。だが、万が一、木材を運んでくれるロラン殿の領民が道中で襲われ、怪我でもしてみろ。たちまち『危なくてフェルメール領になんて行けるか』と、ロランの領民たちが搬入を拒否し始めるぞ)

アルベルトの顔色が変わるのを見て、カイトは深く頷いた。

(そうじゃ 親父(パパ) 。 物流(サプライチェーン) を担う人間を守れん現場は確実に干上がる。だからこそ、現場の搬入ルートまで面でカバーできる『自前のガードマン』が急務なんじゃ!)

アルベルトは裏山の低木地帯を見据え、鋭い声で決意を口にした。

「……カイトの言う通りだ。これ以上、同盟相手であるロラン殿に不快な思いをさせるわけにはいかん。いや、万が一、木材を運んでくれるロラン殿の領民にまで危害が及べば取り返しがつかない」

そして、独り言のように呟いた。

「……お披露目パーティからの帰りの馬車で、エレナと話していた懸念が現実になったな…」

「旦那様?」

「ゴドー、すまないが村の男たちを広場に集めてくれ。ロバートの到着を待っている余裕はなくなった。今すぐ、我々自身の『盾』を作る!」

広場に集められた村の男たち――沼鉄を掘り、泥炭を担いで生計を立てている、泥にまみれた男たちは、領主の突然の呼び出しにざわついていた。

「皆の働きのおかげで道は進んでいるが、先の火事や度重なる嫌がらせの通り、我々の事業を快く思わぬ者たちがいる。自警団も考えたが、今の我々には、それ以外の仕事もある。そこで、道を作り、同時にこの村の隅まで目を光らせて守るための『工兵隊』を結成する!」

アルベルトの力強い宣言に、男たちは顔を見合わせた。

村を守りたい気持ちはある。だが、沼鉄掘りや泥炭集めは、採れれば金になるが採れなければ一文無しの博打のような仕事だ。そこへ来て、さらに武器を取って戦うとなれば、リスクばかりが目についてしまう。

不安が波のように広がりかけたその時――。

「パパ! 『こうへいたい』のおじちゃんたちは、「てつ」や「でいたん」がとれなくても、おなかいっぱいのごはんたべられる?」

カイトが、アルベルトの服の裾を引いて、あざといほどの幼児スマイルで首を傾げた。

(よしパパ、その意気じゃ! 沼鉄掘りは 獲物(ターゲット) が見つからなきゃタダ働きじゃが、建設現場は『拘束時間』が商品なんじゃ。この不安定な泥の中から、安定した給金で人を引き抜く。これこそが組織化の第一歩じゃわい!)

アルベルトはカイトの頭を優しく撫で、村人たちに向かって力強く頷いた。

「もちろんだ。工兵隊に志願した者には、収穫の良し悪しに関わらず、毎日決まった額の給金を保証しよう。雨で沼に入れず、仕事ができない日でも休業補償を出す。さらに装備もこちらで支給する!」

その言葉が響いた瞬間、広場の空気が一変した。

「……何だと? 泥炭が採れなくても金が出るのか!?」

「雨で休みの日まで補償が……!?」

「旦那様! 俺にやらせてくださいっす!」

ガンタが真っ先に声を上げると、堰を切ったように村の男たちが前に押し出た。

「俺もだ! 泥を掘るより、この村を守る仕事がしたい!」

「俺も入れてくれ!」

熱狂する村人たちを見渡し、アルベルトは確かな手応えを感じていた。

組織の箱はできた。士気も申し分ない。

「よし、あとは、彼らを束ねる『隊長』の到着を待つばかりだな……」

アルベルトが遠く王都の空を見上げた頃、その王都のフェルメール邸では、一人の男が頭を抱えていたのだった。