軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第157話 絶品フルコースと絶望の二食目

真新しい木の香りが漂う『フェルミエール温泉旅館』の広間。

カイトとガンタは、大きなテーブルの前にちょこんと並んで座り、今か今かと料理を待っていた。ピエールから『オンセン・タマゴも入れた試作フルコース』を作るからと言われ、ガンタからも『一緒に美味いもん食うっすよ!」と誘われたためだ。

「……くぅ〜。厨房からいい匂いがしてくるっすね。もう腹の虫が暴れて死にそうっすよ」

ガンタが机に突っ伏して情けない声を上げる。

「ガンタ、もうちょっと がまん してね。おいしいごはんは、じかんが かかるんだよ」

カイトはぷらぷらと短い足を揺らしながら、幼児らしくたしなめた。

(……とは言ったものの、ワシも限界じゃ! じゃが、普通ドジョウや鰻は、綺麗な水で数日は泥を吐かせんと泥臭くて食えたもんじゃないはず。獲ったばかりのアイツらを、コックのおっちゃんはどうやって料理するつもりなんじゃ?)

そこへ、バァン! と勢いよく厨房の扉が開き、ピエールが湯気を立てる大皿を両手に掲げて現れた。

「お待たせいたしました、若様、ガンタさん! 私の持てる技術のすべてを注ぎ込んだ、泥靴村の試作フルコースです!」

「うおおおおっ!! な、なんすかこれ!!」

ガンタが目をひん剥いて身を乗り出した。カイトの八十八歳の魂も、目の前に並べられた芸術品のような料理の数々に激しく震えた。

「まずは前菜。泥沼で獲れた 泥鰌(ドジョウ) と蓮の根、マコモダケのテリーヌです。そして、若様のヒントから完成させた、独自の温度管理による『オンセン・タマゴ』を添えております」

ピエールが恭しく説明する皿の上には、色鮮やかな野菜と共に、あの生卵が見事な乳白色のベールを纏って鎮座していた。

(……!! 白身はフルフルで、黄身はトロトロじゃと!? 温度計もないのに、『完璧な温泉卵』の最適解に辿り着きおったのか! さすがは一流の料理人じゃわい!)

「そしてメインは、……巨大沼鰻の極上ロースト、赤ワインと果実の濃厚ソース仕立てです!」

照り輝く分厚い鰻の切り身を見た瞬間、カイトはゴクリと生唾を飲み込んだ。

(……獲れたてのはずなのに、泥臭い匂いが一切せん! 一体どうやって調理したんじゃ!? ええい、我慢できん! いただくぞい!!)

カイトは大きな鰻の切り身をフォークで刺し、大きな口を開けてガブリと噛み付いた。

(……ッッッ!!!! 蒲焼じゃない、蒲焼じゃ無いんじゃが、皮は炭火でパリッと! なのに身は、フワッフワじゃ! それにこのソース、果実で甘味と酸味を凝縮して、『甘辛さ』が出ておる! 噛むほどに溢れる暴力的な脂の旨味を、このタレがスッとまとめて……)

「……むぎめし! ちょうだい!!」

あまりの美味さと、DNAに刻まれた本能が暴走したカイトは、思わず叫んでしまった。

ピエールがキョトンと首を傾げる。

「むぎめし……? それはなんですか?」

王都の一流シェフであるピエールは、聞いたこともない単語にキョトンと首を傾げた。

「えっとね、むぎかゆの、かたいやつ?」

カイトは両手でお茶碗を持つようなジェスチャーをしながら、必死に『飯』の概念を伝えようとするが、ピエールはますます眉をひそめる。

「む、麦粥を……硬く? 水分を飛ばすのですか? いえ、今はそのような調理法はしておりませんが……」

(……このシェフも、麦は挽いてパンにするか、汁で煮てドロドロの粥にするものだと思っておるのか!)

カイトは、以前にもリーザにお願いした時のことを思い出した。

(リーザに麦粥を出された時、麦飯も出来るかもと思ってお願いしたら『それ、何ですか?』って言われたしのう。やはりこの世界で『穀物を粒のままふっくら炊いて飯にする』という文化自体が、一般的ではないんじゃな……!)

鰻をオカズに飯をガツガツと掻き込むという、日本人の魂が求める「黄金律」を絶たれ、絶望の淵に立たされたカイト。だが、目の前の鰻からは、暴力的なまでに美味そうな脂の香りが立ち上っている。

(ええい、ならパンじゃ! パンにこのタレを吸わせて食うしかないわい!!)

「ううん、なんでもない! 白いパンちょうだい!」

「かしこまりました、若様。焼き立てのパンをどうぞ」

ピエールから受け取った白いパンの欠片に濃厚なソースをたっぷり吸わせ、無我夢中で頬張るカイト。

「フフフ……。どうやら、お二人の舌には合ったようですね」

ピエールは腕を組み、狂喜乱舞してパンと鰻に食らいつく五歳児と工兵を眺めながら、満足げにドヤ顔をキメた。

「ああ、おいしかった〜」

温泉宿からの帰り道。

「本当に美味かったっすね。いつも食べてる食材とは思えないほど味が全然違ったっす。この村でこんな美味いもの食べられるようになるなんて思わなかったっすよ。これも親方のおかげっす!」

「お道をつなげば、これから もっとおいしいものを食べられるよ。……はやく かえろ」

「そうっすね。道作り、ますます燃えてきたっすよ。じゃ親方、また明日っす! 凍えないように気をつけてくださいよ!」

「また明日ね」

広場でガンタと別れ、首をすくめて屋敷まで小走りで帰ってきたカイト。

(……ふぅ。食った食った。まさか真冬の異世界で、あんなに美味い鰻のローストやレンコンが食えるとは思わなんだ。さて、今夜はもう一歩も動けん。熱い茶でも飲んで寝るぞい……)

そんなことを考えながら、凍えた手で玄関をくぐると、灯りを持ったリーザが温かい笑顔で出迎えてくれた。

「おかえりなさい、カイト様! 外は相当冷え込んでいたでしょう? さあ、早く食卓へ! 今日はカイト様が好きな『レンコンの挟み揚げ』ですよ!」

「げっ!!」

「ん? 何か言いました?」

リーザが不思議そうに首を傾げる。

「い、いや、なんでもないよー。えへへ……。リーザの はさみあげ、だいすきだよぉ……」

リーザのレンコンの挟み揚げを前に、本日二食目の夕飯を、何とか平らげるカイトだった。