軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第156話 極上泥食材!託された温泉卵

マダム・ゴンザレスに三顧の礼口説かれて泥靴村へやってきた王都の料理人、ピエール。

彼は完成したばかりの『フェルミエール温泉旅館』の真新しい厨房で、運び込まれた木箱を前に腕を組んで唸っていた。

「……うーむ。物は決して悪くない。むしろ上等だが……」

木箱に詰まっているのは、ハルバード領から仕入れた新鮮な野菜や小麦、それに肉類だった。

だが、ピエールの料理人としてのプライドが、それだけで満足することを許さなかった。

「ここは『泥靴村』の温泉宿。王都と同じ料理を出して『美味しいですね』で終わるわけにはいかない。わざわざ辺境まで足を運んでくださるお客様には、この土地でしか味わえない『驚き(オリジナル)』を提供せねば……!」

ピエールは厨房を飛び出し、食材のヒントを求めて村を歩き出した。

そこで彼が目をつけたのは、非番の札を首から下げ、広場でのんびりと欠伸をしていた工兵隊のガンタだった。

「そこの貴方。少しよろしいですか?」

「ん? なんすか」

「私は王都から来たコックで、ピエールと申します。実はこの温泉宿ならではの料理を作りたいのですが、この村で昔から食べられている『地元の食材』を探しているのです。……心当たりはありませんか?」

ガンタはピエールが王都から来たコックだと聞いて悪戯っぽく笑った。

「昔っからこの辺にあるものっすか……。まあ、なくはないっすよ。ただ、王都のコックさんの口に合うかは保証しないっすけど。……もし俺の取ってきたもので『極上の美味い飯』を食わせてくれるって約束するなら、案内するっすよ」

「……ええ、約束しましょう。私の腕にかけて、必ず極上の一皿に仕上げてみせます」

交渉は成立した。

ガンタはピエールをその場に待たせ、家に戻ると網を持ってきた。

二人が向かったのは、村のすぐ外。南部の男たちと共に作り上げた、沼地に真っ直ぐ伸びる『 粗朶(そだ) 道』の周辺だった。

「さぁて、ここら辺は昔から宝の山なんすよ」

ガンタは躊躇することなく、冷たい沼の水際へズブズブと足を踏み入れた。

そして、泥の中に腕を突っ込み、手探りで何かを引き抜いた。

「ほら、まずはこれっす。泥の底で育つ『蓮の 根(レンコン) 』と、水辺に生えてる『マコモダケ』っすね。昔はこれ焼いてかじって腹の足しにしてたっす」

泥だらけの根菜を差し出され、ピエールは思わず顔をしかめた。しかし、泥を拭って断面の匂いを嗅いだ瞬間、彼の目が大きく見開かれた。

「……これは! 泥臭さが全くない。それどころか、驚くほど瑞々しくほのかな甘い香りがする……!」

「へへっ、驚くのはまだ早いっすよ。この辺の 香草(セリ) も美味いんすけど、何よりのご馳走はこっちっす」

ガンタは背負ってきた目の細かい網を、粗朶道の脇の沼へ沈めた。そして、底の泥をさらうようにして一気に引き上げる。

「おおっ、今日は大漁っすね!やっぱり獲る人が減ってるっすからね!」

網の中でピチピチと跳ねていたのは、大量の丸々と太った『 泥鰌(ドジョウ) 』だった。

「ひぃっ!? ど、泥を食べるゲテモノ魚じゃないですか!」

「まあ、泥臭いっすけど、よく焼けば食えるんすよ。……おやっ?」

身をよじって怯むピエールの前で、ガンタが網の中を覗き込んで声を上げた。

ドジョウの群れの中に、丸太のように太く、ヌルヌルとした黒い長物が力強くのたうっていた。

「コイツは中々の大物っすよ、ピエールさん、太い『 沼鰻(ウナギ) 』も入ってたっすよ!」

泥だらけの食材(レンコン、マコモダケ、ドジョウ、沼鰻)を抱え、『フェルミエール温泉旅館』の厨房へと戻ろうとしていたピエールとガンタ。

その途中、二人は源泉が湧き出す囲いの前で、ちょこんとしゃがみ込んでいる見慣れた『小さな黄色いヘルメット』を見つけた。

「おやっ? 親方じゃないっすか。あんな所で何してるんすかね?」

ガンタが首を傾げながら近づいていくと、カイトは源泉から小さなザルを引き上げているところだった。ザルの中には、ハルバードから届いたばかりの『鶏の卵』がいくつか入っている。

カイトは期待に満ちた顔で卵を一つ手に取ると、コンコンッと岩にぶつけ、パカッと割った。

デロンッ。

「……あちゃー。やっぱり ドロドロだぁ……」

殻の中から出てきたのは、白身も黄身も完全に生のままの、ただの温かい生卵だった。それを見て、カイトはがっくりと肩を落とした。

(……くぅぅッ! やはり駄目か! 温泉と卵を見つけたら『温泉卵』を作るのは日本人のロマンじゃろうが! じゃが、ここの源泉の温度は約五十度。温泉卵にはならんかったのぅ…」

中身は爺さんであるカイトが、前世の味を求めて四苦八苦(しかも物理法則の壁に阻まれて失敗)しているとは露知らず、ガンタがのんきに声をかけた。

「親方ー! お疲れ様っす! 卵なんて割って、何して遊んでるんすか?」

「あ、ガンタ! あそんでるんじゃないよ! 『おんせんタマゴ』を つくろうと してたの!」

カイトはぷくっと頬を膨らませて振り返った。

「オンセン・タマゴ……? お湯の中で卵を煮るということですか?」

ガンタの後ろからひょっこりと顔を出したピエールが、興味深そうに尋ねた。

「あ、コックのおじちゃん! うん、そうだよ。でも、ここ『アッチッチ』じゃないから、タマゴが かたくならないの」

「ふむ、ゆで卵ですね、それはもっと熱いお湯で茹でないと、固くなりませんよ」

「ちがうの。ゆでたまごなら、しってるよ。 『おんせんタマゴ』は、かたくならなくて、トロトロになるの」

「それは、グラグラに沸いた熱湯ではなく触れる程度の温度ならそうなるという事ですか?」

「ううん。ここより あつくならないとダメみたい」

(そんな正確な温度なんぞワシが知るわけないじゃろ。じゃが、プロの料理人ならもしかして『温泉卵の正解』を見つけ出せるかもしれんの)

「なるほど……沸騰するかなり手前、しかし風呂よりは熱い湯……」

ピエールはブツブツと独り言を呟きながら、考え込むのだった。