軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十四話

イーリアもクルルも船酔いはなく、むしろ自分とゲラリオがやられてしまった。

情けないだのなんだの言う割りに、二人とも看病してくれたし、なんとなく楽しそうだった。

そんな二日間の航海を経たのだが、途中の港に立ち寄るたび、聖職者とその一団が乗ってきた。

そして彼らはイーリアとクルルを見ると一様にぎょっとして、司祭から説明を受けると、なるほどあれが、という感じだった。

そんな具合なので、ロランが見えてくる頃、ゲラリオの言った言葉にもあまり驚きはしなかった。

「言っておくことがある」

下船準備で慌ただしい中、イーリア、クルル、自分の前で、ゲラリオが声を潜めて言った。

「ロランは属州の州都で、属州ってのは帝国に組み入れられたばっかで、礼儀もなにも知らん野蛮な連中って意味だ」

イーリアとクルルには、その意味が分かっていたらしい。

「お前がなにを言いたいかはわかっている。ジレーヌ領に送られる時に船から見た。平気だ」

クルルは力強く言うし、イーリアを励ますように手を強く握っている。けれどそれは、もしかしたらクルル自身、イーリアに力を分けてもらっているのかもしれない。

この二人がジレーヌ領に送られた時は、まだ本当に小さな女の子だったとマークスが言っていた。二人の幼い少女が船に乗せられ、わずかに切り取られた窓から見たロランの様子に、どれだけ不安を覚えたことだろうか。

そこを歩く獣人たちは、皆、手かせ足かせをつけられていたという。

自分がどれだけ支えになれるかわからないが、きっとその頃よりましなはず。

「よっし。いちいち見たものに惑わされるな。戦場の極意だ。仲間だけを信じろ」

ゲラリオが前の世界にいたら、すごいスポーツチームを率いるコーチになれていたかもしれない。

肩を叩かれたイーリアとクルルは、互いに顔を見合わせてうなずいていた。

折りしも天気はあまりよくなく、空はどんより曇っている。

ドーフロア帝国アズリア属州、州都ロラン。

揺れる船と舞い飛ぶ海鳥の向こうに、天への反逆のように伸びた教会の尖塔と、ひび割れた地獄の大地のように密集して建つ、建物の群れが見えたのだった。

◆◆◆◇◇◇

百聞は一見にしかず、なんて言う。

それは船から降りた途端に痛感した。

「おら、歩け!」

男が手にしているのは、太いこん棒にナイフの刃を何本も突き立てたような、凶悪な見た目の武器だ。そんな武器の柄の部分で自分の肩を叩く監督者の命令を受けているのが、手かせ足かせ姿の獣人たち。

獣人たちは顔も上げずに歩き、粛々と船に乗る者たちもいれば、船から降りてくる者たちもいる。船着き場で固まって座らされている者や、体よりも大きな荷物を担いで働いている者たちもいる。

獣人たちの密度で言えばジレーヌ領の鉱山並みだが、彼らの目には一様に光がない。

それにふとした拍子に気がついたのだが、船着き場の地面のあちこちがどす黒くなっている。

それは獣人たちの流した血の跡なのだ。

獣人を監督する人間たちが鞭を手にしていないのは、分厚い毛皮にそんなものは無意味だからで、あの何本もの刃が突き出た棍棒は、威嚇とかではなく本当に使用されるのだろう。

「おお、よくぞ参られた、聖なる神の僕にして我が兄弟たちよ!」

そんな異様な港に、妙に明るい声が響く。

見やれば、聖職者一団の出迎えだった。

豪華な馬車が並び、御者の身なりも立派なものだ。

「ささ、馬車に乗られよ。貴顕らをもてなす準備は万端ですからな!」

でっぷりと肥えた赤ら顔の聖職者は、もちろん、良い身なりをしている。

教会の位階はわからないが、ジレーヌ領の司祭が平身低頭していることから、かなり上の位階らしい。

そして聖職者一団を乗せると、赤ら顔の聖職者はこちらを見やる。はて、聖職者には見えないが……という声が聞こえそうな中、その視線がイーリアとクルルに向いた瞬間だ。いささかぞっとする冷たい目をして、近くにいた部下になにか耳打ちしている。

どんな返事を聞いたのか、なにか納得するようにしてから、急に笑顔になって深々と頭を下げ、ほどなく自分の馬車に乗りこんでいた。

豪勢な荷馬車の一団が走り去ると、遅れてそれなりに豪華な馬車がやってきた。

「失礼! ジレーヌ領領主様の御一行であられますか」

御者台に座っていたうちの一人が、転がり出るように降りてきた。

「出迎えるべきところ、大変失礼を。教会の者たちに場所を空けろと追いやられまして」

この人に悪意がないのはわかるのだが、彼に出迎えの命令をした人の思惑は、多少透けて見える。

迎えは馬車一台で、カリーニやコールたちバックス商会の貴族の姿はない。

「申し遅れました。わたくし、バックス商会より皆様方のお世話を申し付けられました、鉄と潮亭の主人オストロと申します。お見知りおきを」

帽子を手に取り腰を折ったオストロは、まずは恭しくイーリアの手を取って挨拶する。

それからクルル、ゲラリオ、最後に自分の手を取ってあいさつしたのは、犬が群れの序列を的確に見極めるようなものだろう。オストロは有能な宿の主人のようだ。

「ロランでの滞在における面倒はすべて、我が鉄と潮亭が名誉にかけてお引き受けいたします。なんなりとご命令を」

イーリアは領主の笑みを顔に張り付けたままだし、クルルは港の獣人たちの扱いに気が立っているし、ゲラリオはオストロの卑屈な様子に苦笑いしている。

下請けはどこも大変だなと、自分も思う。

「とりあえず宿で旅装を解こうや。まだ足元が揺れてるしな」

ゲラリオの提案に、イーリアもクルルもうなずいた。

「ではお送りいたします。足元にお気をつけて」

オストロが手ずからイーリアたちを馬車に乗せるが、イーリアもクルルも馬車に乗る間際、港の様子が気になって振り向いていた。

ジレーヌ領の経営はおままごと、なんてゲラリオは言った。

それは本当の意味で、正しかったのかもしれない。