軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十三話

政権交代したばかりで主君の外遊など、歴史ドラマなら間違いなく反乱エピソード突入のフラグとなる。

けれどジレーヌ領には健吾とバラン、それになんだかんだ義理堅さでは随一だろうドドルたちがいるし、不穏な情報の収集役にはマークス一味がいる。さらに修道院に集う娘たちの伝手を使えば、ノドンと相性の良さそうな連中が昨晩何を食べたかまですべての情報が筒抜けになる。

彼らがノドン時代を懐かしんで反旗を翻そうとしても、圧倒的にこちら側が有利なわけだ。

「留守は安心して任せてくれ」

州都ロランの教会から派遣されてきた船に板橋がかけられると、見送りにきていた健吾が力こぶを見せてそう言った。

「竜の干し肉を全部食べるんじゃないぞ」

屋敷の厨房を預かるクルルはそんなことを言う。

「お土産いっぱい買ってくるわね」

行きたくない面倒くさいと喚いていたイーリアだが、いざ当日になったら、朝から旅行気分でにこにこしている。

「多分二週間くらい……一か月はかからないで帰ってくると思います。その間、よろしくお願いします」

自分が声をかけたのは、商会の主人代理を任せる少年ヨシュだ。

ノドン追放以降、ずっとそばで仕事を支えてきてくれたので、まだ髭も生えていないような少年だけれど、彼には十分商会を任せられる。

「お、お任せください!」

重責に緊張してはいたが、ヨシュが活躍しているのを見てか、同い年くらいの小僧たちが一斉に文字の読み書きを覚えつつあるので、彼らと協力してうまくやってくれるだろう。

それにヨシュが商会を切り盛りできるようになってくれれば、自分はイーリアたちともっと色々なことに着手できるようになる。今回は予行演習として最適だろう。

もうひとり同行するゲラリオの見送りには、バランとツァツァルではなく、踊り子風の女の子たちの集団がきていて、なにやらきゃらきゃら騒いでいた。

クルルがちょっと面白くなさそうにしていたのは、弟子としての嫉妬だろうか。

「皆さま、よろしいですかな」

ひととおりの挨拶を終えたとみはからった司祭が、声をかけてくる。

教会側はクローデルが領地に残り、教会の仕事と、例の修道院の仕事をこなすらしい。

「ええ、司祭様。それじゃあみんな、いってくるわ」

イーリアが手を振り、司祭に続いて船に乗る。クルル、自分、ゲラリオと続いて船に乗って、桟橋を忙しなく行き交っていた船員たちも乗ると、錨があげられた。

「出港!」

誰かが叫ぶ。操船方法は教会だろうと商会だろうと同じらしいのが少し面白い。

「イーリア殿はこちらへ」

イーリアは司祭に案内され、甲板の後方に位置する貴賓室を割り当てられていた。

自分たちは甲板の下の、倉庫兼乗客スペースだ。

頭上では、教会の紋章を染め抜いた帆が威風堂々とはためいている。

この世界では帝国権力と唯一張り合える権力機構だ。

海賊さえもこの旗を掲げた船を襲わないのは、教会組織は世界中のどこに行っても存在し、地の果てまでも追いかけられるとわかっているからだそうだ。

その威光の一端を借りたおかげで、獣人たちの畜産事業と新設の修道会をつなげて、肉屋組合の規制を回避することができた。

しかし権力というものが常に清廉だなんてことはありえなく、この教会の船が港に入ってから、なにやら中身の不明な木箱をろくに隠す気もなく運び出していたのを、もちろん把握している。

堂々と密輸をしているのだが、自分たちも魔石の密輸を考えている今、この秘密のネットワークに便乗できないものだろうかとか考えてしまう。

「さて、ロランまで何日だったかね」

甲板の下は荷物だらけだし、換気が悪くてじめじめしている。

荷物だけ置いて、結局皆が表の甲板にでてきていたところで、ゲラリオがそう言った。

「直接州都に向かわず、途中に二か所寄港して、明後日の到着とか聞きました」

「生臭坊主どもを途中で山ほど載せるのか。酒には困らなそうだが」

きわどい発言だったが、甲板の上は案外うるさい。船を見ると漁のおこぼれに与れると思うのか、海鳥がぎゃあぎゃあと周囲を飛び交っているので、ゲラリオの言葉を誰かに聞きとがめられることもないだろう。

「ところでクルルちゃんよ、イーリアちゃんについてたほうがいいんじゃないか?」

「ん?」

「あの司祭に付き合わされて、泥酔するんじゃないのか」

「……」

クルルは嫌そうな顔をしていたが、さもありなん、と思ったのだろう。

イーリアは飲んだくれではないが、酒が嫌いな感じでもない。

司祭に勧められたら、断る理由もないだろう。

「二日酔いで船に乗り続けるのは……なかなかの経験になるだろうしな」

ゲラリオの意味深な笑みに、クルルはため息をついて船の貴賓室に向かっていった。

「ゲラリオさんは船も乗り慣れてるんですか?」

クルルを見送ってから尋ねると、朝の残りのパンなのか、懐から出したそれをかじる傍ら、辺りを飛ぶ海鳥に欠片を投げていたゲラリオがこちらを見た。

「こんなのんびりした船じゃないけどな。他の一般兵と一緒に、横になるのも難しいくらい詰め込まれて、有無を言わさず戦場から戦場だ」

まるで奴隷船の話のように聞こえるし、自分はゲラリオから戦の話を聞くだに、不思議なことがあった。

「魔法使いって、貴族扱いだと聞いたんですけど」

ゲラリオは、自分の肩で羽を休める海鳥を見やってから、呆れたように笑う。

「どんな貴族でも身を持ち崩す奴はいるだろ。それと一緒だ」

最後に大きくパンをかじると、残りを海に放り投げ、見事海鳥がキャッチするのを見届けてから、ゲラリオはため息交じりに言う。

「いわゆる貴族の魔法使いってのは、宮廷魔術師とかだろ。領主お抱えのな」

クルル扮する魔法使いドラステルも、かつては宮廷魔術師だった、みたいな噂が立った。

「そういう魔法使いはなあ……腕がいいのはもちろんだが、性格が悪くないとできないんだよ」

「……というと?」

ゲラリオは肩をすくめてみせる。

「魔法は便利だし、大枚をはたけば誰でもでかい魔石を手に入れられる。すると領主ってのは馬鹿だから、世界を征服できると勘違いする」

それでなんとなく、話の向かう方向が見えた。

「税が重すぎるっていうまっとうな訴えを起こす民衆に向けて、領主の命令を受けたら眉ひとつ動かさず魔法をぶっ放せるようじゃないと、貴族の魔法使いは務まらない」

だとすると、傷ついて自力で歩くことすら困難になった盲目の獣人のため、安住の地を探して旅をするようなお人好したちには到底無理だろう。

「魔法を使えない連中は、下等な獣人と紙一重。そういう思考の奴らが、いわゆる正統な魔法使いには多い。帝国の魔法省だろうと教会の正邪省だろうと大して変わらん。だから田舎から出てきた小僧たちは、そういう選民思想に耐えられなくなって逃げだして……愉快で楽しい戦場暮らしだ」

じゃあゲラリオも元は、と尋ねかけたが、どんな答えを聞かされようと、楽しい話にはなるまいと思って口を閉じる。

「クルルちゃんみたいな、正義の味方がもっといればいいんだけどな」

「あなたも」

と、ここだけは口に出した。

するとゲラリオはこちらを見て、恥ずかしそうな、ばつの悪そうな笑顔になる。

「俺はそんなんじゃねえよ。お前らにツァツァルって人質を取られてるからな。いい子の振りをしてるだけだ」

ゲラリオが露悪的に振る舞いたがっているのは、鈍い自分でもわかる。

自分はまともではない、と自分自身に必死に言い聞かせているような、そういう不器用さが垣間見える。

そのゲラリオは、ため息をついて海を見ながら言った。

「イーリアちゃんやクルルちゃん、それにお前もそうだが、領地の運営ははっきり言ってままごとに近い」

それは竜が出た時のことだろう。

初動の悪さのため、港に人々が殺到するのを許してしまい、絶対に失ってはならない交通手段の船を全滅させた。さらにはバックス商会の船が港にきたら大慌てで港に集合し、別の場所から上陸されるのではないかという発想に至らなかったりと、だめなところは枚挙にいとまがない。

「だが、そんなままごとみたいな雰囲気こそ、隠居暮らしには最適なんだ」

どれだけきつい戦いを経てきたのか。

そのゲラリオが、こちらを見る。

「汚れ仕事は俺が引き受ける。お前らのままごとは、それだけの価値がある」

「ゲラリオさん……」

あなただけにそんなことをさせるわけには、と言いかけたその瞬間。

ゲラリオが格闘技の達人のように間合いを詰め、大きな手をどすんとこちらの肩に置く。

「だからな、クルルちゃんやイーリアちゃんに変な虫がつかないよう、お前が見張るんだぞ」

「……変な、虫?」

ゲラリオの目は、もしかしたら今まで見た中で一番真剣だったかもしれない。

「もう危なっかしくて見てられんのだ。政争の具にされる姫を今までどれだけ見送ってきたことか。バックス商会に呼ばれたのも、絶対その手の婚姻絡みだからな」

「ええ?」

「この歳になると、若い身空の女の子が不本意に嫁がされるみたいな話が、もう辛くて辛くて……」

涙ぐみそうな勢いのゲラリオを見て、そういえば竜討伐の後の祝宴でクルルは絡み酒だったが、ゲラリオは泣き上戸だったことを思い出す。

「ロランでは気をつけろよ。特にバックス商会ではなおのこと気をつけろよ。いいなっ」

両肩をがっしと掴まれる。

しかしそんなことにもなるまいと、カリーニの訪問を受けて思う。

最も危なそうなコールは、上司の登場で随分おとなしかった。

とはいえゲラリオのほうがこの世界の世知辛さをより知っているだろうし、イーリアは確かに若くて可愛い年頃の女の子という以前に、その体には間違いなく帝国の大貴族の血が流れている。

であれば、確かに結婚相手としては有望株なのかもしれない。

その観点から考えると、カリーニが突然領地にやってきたことも理解できる気がした。

ジレーヌ領を分捕るには、なにも戦火を交えるだけがその方法ではない。

「はあ……あんな可愛い二人が、弱小領主と従者だなんてな、神も罪な采配をするもんだ」

イーリアは賢く、勇気があり、ちょっと悪いところもあるので、誰よりも領主向き。

けれど本当はずっと昼寝をして、クルルにわがまま放題言うのが好きな甘ったれ。

対するクルルは普段の振る舞いこそ凶悪だが、その内側にあるのはイーリアなんかより全然乙女な女の子だ。

確かにゲラリオのように世の中の辛いところを見続けてきた人にとっては、見ちゃおれん、という感じなのかもしれない。

ただ、そんな話をしていたら、ふと気になることがあった。

カリーニが政略結婚の候補としてイーリアを見ているのなら、考えなければならないことがある。

「イーリアさんの父親の貴族って、ご存知ですか?」

イーリアが領主として頭角を現してくれば、帝国のどこかにいる父親の耳にも入るだろう。

辺境とはいえ、魔石鉱山を抱える領地をぽんと与えられるほどの実力者だ。

しかも身勝手な父親なのだとしたら、それこそイーリアが可愛く育ってきたところで、ろくでもない使い方を思いつく可能性だってある。

なので敵が誰なのか、知っておく必要があると思った。

「イーリアちゃんの家名は、アララトムだったか」

「です、ね。ちょっと不思議な響きですけど」

獣人たちの名前にはパターンがあって、クルル、ドドル、ゴーゴンみたいに、音が連続する。

けれどイーリアにはそれがなく、名字のほうにその響きがある。

「音の響きからすると、母親の家名だな。市民権持ちの獣人は、そんな家名を名乗りたがる」

「なる、ほど」

「だがそれが、イーリアちゃんの選んだ家名って可能性もある」

「ん……?」

イーリアとクルルの二人を、可愛い姪っ子みたいに話していた時とは打って変わって、ゲラリオは戦場に立つ男の顔になっていた。

「普通に考えたら、イーリアちゃんの母親は市民権のない獣人で、大貴族がつまみ食いしてぽいって可能性のほうが高い」

パンを海鳥に投げた時のようなしぐさのゲラリオに、海鳥たちが勘違いして近寄ってくる。

「しかもイーリアちゃんたちは、あっちこっちしばらくたらいまわしにされてたんだろ? 大貴族が獣人との間に子供を為すなんて、醜聞だからなあ。さりとて獣人社会への影響を考えれば、安易に捨てることもできない。かといって家名に泥を塗るわけにもいかず、誰の子かわからんように画策したってのが本当のところだろ。きっつい戦役の時、負け戦の責任をおっかぶせるために、たまーにそういう哀れな幼子の領主を見たもんだ。貴族の血を引いているからって理由だけで、敗将の玉座に座らされるんだ」

落胤にはそういう使い方もあるのか、とぞっとする。

誰かが負け戦の責任を取らねばならないが、誰も取りたくないから、血筋だけは立派な子供に詰め腹を切らせる……。

「その点では、ジレーヌ領に落ち着いたイーリアちゃんたちは運がよかった。あるいは、父親にまあまあ目をかけてもらってたってことかもな」

自分がこの世界にきて、ノドンの仕事を請け負ったばかりの頃、イーリアの元に魔石取引の承認をもらいにいったら、仕事をしろとクルルに叱られたイーリアはこう言った。

もう家名に泣いてくれるような者もいないじゃない、と。

自分のことを信頼してくれているとは感じても、あの二人からその辺りの詳しい話を聞いたことはないし、こちらから聞いていいこととも思えない。

ただ、ジレーヌ領を安定させる中で、最後に警戒すべきはそこになるような気がする。

自分はゲラリオに尋ねた。

「イーリアさんに確認すべき……でしょうか」

向こうが話してくれるのを待つよりも。

するとゲラリオは嫌そうな顔をして、懐をまさぐっていた。

たばこを探していたのだろうとわかった。

「そんな難しい話をおっさんにするんじゃねえよ」

潮風に顔をしかめているように見えたし、本当に苦手な話題に困っているようにも見えた。

あと、ゲラリオは多分自分と同い年くらいだろうが、それは言わないでおいた。

「あの子らは、誰かに頼るのが下手そうだからなあ……」

ゲラリオは疲れたように言う。

ノドンの置き土産である、ノドンたちにひどい目にあわされた女の子の顛末も、フリルの件で切羽詰まるまでイーリアは自分に話さなかった。

「まあ、場所が変われば人も変わる。鉱山帰りに言うのもなんだがな」

ゲラリオは、へっと笑って、こう続けた。

「旅は人を開放的にさせるって言うだろ。このロラン行きの中で軽く探りを入れてみるくらいなら、傷つけずに済むかもな」

そう言ってからこちらの肩に置いた手は、さっきのと比べて、ずいぶん柔らかかった。

「だが、あんまでかいのはいきなり入れるなよ。裂けちまうからな!」

そう言ってがははと笑うあたりは最悪なおっさんなのだが、ゲラリオなりの照れ隠しだとは分かる。

クルルにも熱心に魔法の使い方を教えてくれているし、工房にもよく顔を出してくれる。

元々の契約では、なにもしなくてももらえる年金の代わりに、竜を討伐するという話だった。

ゲラリオは見てくれに反し、いい人だ。

それこそ、選民思想のきつい、正当な魔法使いの世界になじめないくらいに。

「しかし……暇だな」

「お酒は飲みませんよ」

「船酔い対策が必要だろ!」

酒で船酔いを誤魔化すなんて理論があるが、嘘なことを知っている。大学の時に小笠原に旅行に行って、その船の中で地獄を見た。

船はまださほど揺れていないが、向かい側の陸地は地平線に見えているか見えていないかの距離なので、もっと沖合に出ればまあまあ揺れるだろう。

「一人酒なんて寂しくて泣いちゃうだろ。こい!」

ゲラリオにヘッドロックをされるように連れていかれた。

いかにも暑苦しいのだが、酒を手にしていれば飲まなくても満足してくれるので、形だけ付き合う。

そしてイーリアと一緒に甲板に出てきたクルルにそこを見つかり、私たちは飲んでいないのに、と冷ややかな目を向けられたのだった。