軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十三話

駄目になった麦は、でんぷん糊にするということで活用法こそ見つかったが、公証人の組合でもそこまで量は捌けない。

荷車一杯分で、すでに何年分という量になるだろう。

けれどもっと別の方面ならば、需要はあるのではないか。

特にそれは、この世界でなかなか見かけなかったもの。

服の装飾だ。

「……」

クルルが屈辱に耐えるような顔で、あらぬ方向を見つめている。

腕まくりをして作業をしていたイーリアは、その結果にほれぼれしていた。

「服にひだを作ることはあるけれど、糊を使えばこんなことができるのね!」

身の置き所がなさそうにしているクルルは、ちらりとこちらを見て、また目をそらしてしまう。

それまで地味で簡素だった服のあちこちに、たっぷりのフリルをつけながら。

「糸が要らないのが革命的ね。簡単に取り外せるし、誰にでも好きなだけつけられるし」

端切れの布を集めてきて、でんぷん糊でフリルを作っては服に張り付けていく。

色々な物理法則が似通っていて、多分美的感覚もそれほどずれていない。

ならばと思ったが、イーリアは大喜びだし、クルルはコスプレさせられたみたいに恥ずかしがっていた。

フリルの破壊力、恐るべし。

「売れますかね」

「売れるはずよ!」

興奮したイーリアが次から次に注ぎ足していくせいで、クルルはすっかりフリルでごてごてになっていたが、きちんとすれば見栄えがするだろう。

「町の御婦人方に見せれば飛びつくでしょ。使えない端切れはどこにでもあるし、糸や針を使わないなら安上がりだし」

合成魔石みたいなものだ。

「あの……イーリア様、脱いでいいですか」

「だめ」

にべもないイーリアに、クルルはげんなりため息をついていた。

それからこちらに向けた視線は、この恨みは覚えておくからな、と言わんばかりだった。

しかし自分もイーリアの雰囲気に乗せられ、こんな提案をする。

「ちなみに前の世界では、こういう小さな帽子みたいなのもありまして」

比較的大きめの布の縁を、餃子の皮のように糊付けしていく。

ブリムと言われる、メイドさんが頭に乗せている小さなレタスのような、カチューシャのようなものだ。

「っ!」

即席のブリムをクルルの頭に乗せると、イーリアが声にならない声を上げ、感激して口を手で押さえていた。

当のクルルは、頭の上にみかんを乗せられ不機嫌そうにしていた、実家の猫そっくりな顔をしていた。

「ヨリノブ、あなた、天才よ!」

「伝統的な服なんです」

「素晴らしい伝統だわ!」

イーリアの尻尾がこんなにぶんぶん振られているのは初めてかもしれない。

悪い遊びを教えてしまったような気もするが、だめになった小麦の再利用先として、でんぷん糊の活用法は決まったようなものだ。

「服の仕立て職人の組合に、このアイデアとまとめて売りに行ってみましょうか」

「クルルがいれば即決ね!」

「……」

げんなりしているクルルに「可愛いですよ」と言えば、たちまちこちらの足を蹴ってきたが、その耳と尻尾はちょっと嬉しそうなのを見逃さなかった。

◇◇◇◆◆◆

屋敷に呼び出された服の仕立て職人たちは、重税でも課されるのかとびくびくしていたが、用件を聞かされるや呆気にとられ、ほどなく前のめりになった。

それはクルルという実例がいたおかげもあるし、紙に梳きなおすくらいしか使い道のない端切れの、底知れぬ活用法に気がついたからだ。

公証人組合に引き渡したのと同じ値段で麦を引き取ってもらい、さらにはフリルのアイデアに対する対価をいくばくか受け取った。

おかげで金庫は潤い、イーリアは再び心置きなく中庭で昼寝をできるようになったのだが、万事解決ともいかなかった。

ひとつには、服の仕立て職人たちに売った麦の量と同じくらいの恨みを、クルルから買ったから。自分がノドンの商会に勤め始めた頃みたいな、胡乱な目を再び向けてくるようになってしまった。

ただ、遠慮なくこちらの頭を小突いて、ねちねち恨み言を言うのは同じでも、やっぱりあの時とは大きくなにかが違っていた。それとなんだかんだフリルそのものは気に入ったらしく、服にちょっとだけ残していた。

そして、もうひとつの問題が、まったく予想していないところからやってきたのだ。

「ふりるとやらは、どうもヨリノブ殿の発案だと耳にしているのですがね」

教会にて、司祭からそんな嫌味を聞かされた。

竜の出現で延び延びになっていたが、州都ロランで行われる教会の催しに合わせ、司祭と共に教会の船でロランに向かい、文官の候補などを見繕うことになっていた。

催しの日時も近づいていて、諸々打ち合わせておく必要がある。

それで教会を訪れたところ、司祭から恨み言を聞かされる羽目になったのだ。

ただ、言葉の上でこそ町中で急に流行り出した女性たちの派手な装いを責めているのだが、そのしかめっ面の理由は、神学的なものとは全然違う。

「過度な華美でなければ神もお目こぼしをされることでしょうが、女性たちが争って端切れを求め、糊づけする様はいかがなものかと思いましてな」

「はあ……」

「おかげで今や、町娘たちがこぞって男たちに糊と端切れを求める始末。なんなら端切れが通常の布より高いなどという珍事まで起きているようで。おかげで出費がかさんで頭が痛い」

「ええ……?」

司祭の恨み言を翻訳するとこうだ。

町に囲っている愛人から、流行のフリルをつけるための布や糊を求められて困っている。

マークスの調べによると、この司祭には四人も愛人がいるらしいのだから、お盛んなことだ。

「しばらくすれば落ち着きましょうが、まったく面倒なものを流行らせてくれたものですなあ」

「申し訳もなく……」

とにかく平身低頭しておくと、いくらか気も晴れたらしい。

「さて、それではロランへの渡航の話ですが」

ようやく本題に入ってくれて、ほっとしたのだった。

◆◆◆◇◇◇

州都ロランでの滞在費や、修道院への紹介などについて、贈り物と称した紹介料などの話を終えて町に出ると、確かに広場を歩く女性たちの服には、多少の差はあれど誰もがフリルをつけているような気がした。

前世の知識で異世界に大きな影響を与えてしまったぜ……と思うにはいささか小規模だが、司祭からは嫌味だけでなく、最後に現実的な苦言も呈された。

それは、糊が小麦で作られるという事実によるものだ。

「お酒とパンが競合するって話は聞いたことあったけど」

麦酒も文字どおり麦の酒。

だから凶作で麦の実りが悪い時には、パンを焼くための麦を酒にするなどとんでもない、と規制が入る。日本なら米と日本酒の関係がそうだった。

お洒落のために足りない麦を糊にしてしまう、とは思いたくもないが、なにごとにつけ夢中になる人たちはいる。それに金持ちは多少麦が高くなっても気にせず糊にしてしまうだろうから、困るのは貧しい人たちだ。

「早まったかなあ……」

池に石を投げ込めば、最初の波紋の動きを予想するのは難しくない。

けれどそれが池の縁に当たり、反射して、となるとたちまち追いかけられなくなる。

うーんと唸って歩き、同じ広場沿いにあるノドンの旧屋敷に戻ろうとした時のこと。

ふたつ隣のイーリアの屋敷から、数人の娘が出てくるのが見えた。

気になったのは、彼女たちがこそこそ顔を隠していたことと、マークスたちがナンパとは違う感じで声をかけていたこと。

なにより、イーリアの屋敷にくるのは町の有力者の陳情がほとんどで、若い女性がくるのを見たことがない。

誰だろうか、と思いながらノドンの屋敷に戻れば、ばったり人と出くわした。

「お、旦那様のお帰りじゃねえか」

「ゲラリオさん」

冒険者という稼業で、自身が魔法使いのゲラリオは、たまに工房に顔を出しては、徒弟たちの彫った魔法陣がきちんと機能しているかのチェックを手伝ってくれていた。

それに竜討伐の際にもあった問題だが、この工房で作られている魔石には魔法の偏りがあったため、あわや竜の討伐に失敗するところだった。その経験から、火や氷といった最も売れ筋で作りやすい魔石だけでなく、風や雷といった難しいものも制作し、技術を蓄えておくべしとなったのだ。

特にゲラリオは、戦場の最前線でしか見ないような特殊な魔法陣の知識もあり、親方並みの知識を皆に教授してもらっていた。

「ヨリノブよお、お前、面倒なことをしてくれたなあ」

「え?」

「お前が思いついたっていう、ふりるだよ。ったく、金がかかって仕方ねえぜ」

見た目がいかにも荒事稼業の人間らしく、ゲラリオも女好きだ。

「ただ、ひらひらした布ってのはなんでああも、俺たちの気を引くのかね」

ゲラリオは実に不思議そうに言っていて、その内容とのギャップにちょっと笑ってしまう。

「それに知ってるのか? 服の仕立て職人どもは早速糊とふりるの販売を特権扱いにして、あこぎな商売してやがるんだ」

「えっ」

「きちんと税金とれよ? せめてそうでもしてくれないと、釣り合いが採れん」

ぶつくさ文句を言いながら、ゲラリオは外に出ていった。

その後ろ姿を見送ってから、言葉を反芻する。

「特権?」

あこぎな商売とも言っていた。

職種ごとに組合を作り、縄張り争いに汲々としているこの世界のこと。

そういえば、フリルのアイデアの対価としていくばくかの追加の料金を受け取った。

彼らはそれを、独占販売特権の代価だと解釈したのかもしれない。

余波は次から次に、問題の波を作っているらしい。というか、この世界の住人たちが商魂たくましすぎるのだ!

げんなりしながら、とにかく目の前の仕事を片付けていく。

まずはロランに向かうための旅費の工面をし、次に竜討伐の騒ぎの際に魔石加工職人の親方たちに約束した石碑建立の手配をして、さらには魔法陣解析に向いた数学的才能の持ち主を探すため、数学パズルを記述した木札を立てる計画をヨシュに指示して、首を傾げられたりした。

それら雑務を終えてから、州都ロランへ行く話でイーリアたちと相談する必要があったので屋敷に行けば、そこでもまた、池に投げ込んだ小さな石が町の隅の、実に奥深い場所にまで波を立てていることを知ることになったのだった。