軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十六話

魔石を尖らせて作った石槍を持って、ドドルがバランと共に鉱山の中に入っていく。

石槍は武器というより、おまじないらしい。

普通は前衛役の獣人が一人で行くらしいのだが、坑道が思いのほか深いことと、新規の鉱脈ということでドドルも坑道を把握しきれていないため、バランが中継役となっていざという時に備える形となった。

バランも才能はあまりないが魔法使いらしく、肉体強化の魔法陣を刻んだ魔石をあちこちに仕込んであるとのことだ。緊急の際には魔法を使い、多少の岩盤なら素手で砕いてでもドドルを助けにいくと言っていた。

というか、肉体強化の魔法。

ゲラリオが嵌めていた魔石も見たことのない魔法陣がいくつかあったし、おそらくこの島で加工されている魔石は、世の中の魔法陣のほんの一部なのだろう。

それも調べなくては、と無事にすべてが終わった時のことを頭にメモしていたら、クルルがふと言った。

「不思議な感じだ」

ドドルとバランが鉱山の中に消え、出口の周囲に散らばったおとり役の獣人たちが落ち着かなげに足踏みしたりするのを、クルルは少し離れた高台から見下ろしている。

「お前といると、不思議な気持ちになってばかりだ」

鉱山の入り口から目を離してはならない、ということなので視線こそこちらに向けないが、顎は少しだけこちらに向けている。

「私が魔法使いとして竜狩りに参加しているんだ……こんなこと、夢にだって思わなかった」

鉱山は外から見ている分には特になにごともなさそうで、鳥が数羽、頭上をのんびり飛んでいく。風もなくて穏やかな日和で、散策するにはちょうど良いだろう。

「不思議というなら、自分のほうがよほど不思議な体験してますけど」

なにせ鉱山に置かれた死体に魂が宿り、この世界で復活したのだから。

「ふふ。魂の入りどころが悪いと、悪魔として討伐されるらしい」

ゲラリオから聞いたようだ。

魔物は鉱山から生まれるというのだから、さもありなんと思った。

「お前が相手だったら、ゲラリオたちも勝てなかったかもな」

「……こんなによわっちいのに?」

クルルからはことあるごとに、そんなことを言われる。

「腕力はケンゴの奴が担い、お前は悪知恵を働かせる。強そうだろう?」

ついにこちらをちらりと見たクルルは、にやりと笑う。

苦笑を返すと、肩を揺らしてくつくつと笑っていた。

平気な振りをしているが、緊張し、気が高ぶっているのだろうと自分にもわかる。

健吾ならクルルの肩に手を添えて落ち着かせたり、励ましたりするのだろうが、自分はそういう柄でもない。

「出番がこなくても、こっちに当たらないでくださいよ」

討伐の計画としては、クルルの出番が来なければそれに越したことはない。

けれどクルルは返事をせず、なにか思案気に耳と尻尾を動かしていた。

「……バランに合わせて打っちゃだめか?」

イーリアよりまっすぐな分、クルルは時折妙に子供っぽい。

「だめです」

そう告げると、クルルは大きく息を吸って、むくれていた。

けれど詰めていた息を吐くと、いくらか落ち着いたらしい。

いや、落ち着いたのではない。

クルルの耳の産毛が、かすかにふるえている。

それは武者震いではなく――。

「来たっ」

地面が揺れている。

山がかすかに鳴動し、鳥たちがなにかを察したのか一斉に飛び上がる。

それから数拍遅れて、鉱山の入り口から耳をつんざく咆哮が飛び出してきた。

「寝起きは最悪のようだ」

クルルの尻尾の毛が倍に膨らみ、耳はきんきんに尖っている。

「クルルさんも相当ですよ」

手が震えているのに気がついたので、思わずその手を握った。

振り払われるかもと思ったが、クルルは逆に強く握り返してくる。

「お前がいれば、大丈夫だ」

上ずった声で、クルルが言う。

「いつだって、どういうわけか奇跡が起こる」

にやりとクルルが笑ったのは、緊張が最高潮に達したから。

山からの振動がはっきり足元に伝わり、間断なく鉱山入り口から絶叫に似た咆哮が聞こえてくる。

列車がトンネルから出てくる前に似た感覚。

足元の振動は瞬く間に大きくなり、そして。

「ドドル!」

クルルが思わず叫んだのは、鉱山の入り口から駆け出してきたドドルが姿勢を崩し、つんのめったから。暗いところからいきなり明るいところに出て、平衡感覚を失ったのかもしれない。

そこを後ろから走ってきたバランが、ものすごい力強さで腕を取り、立ち上がらせ、走っていく。

「うぅ、おぉぉぉ……」

クルルが歯を食いしばり、唸っている。

その目はドドルたちから離れ、鉱山入り口に向けられる。

一瞬、咆哮が止み、振動も止まった気がした。

その直後。

竜の巨大な頭が、坑道から外に飛び出してきた。

『ギィィィャアアア!!』

想像よりも甲高いんだなと変なことを思うくらい、現実離れした光景だった。

太陽光に驚いたのか、竜は坑道いっぱいの大きさの頭を振っていたが、どうやらそれは体を外に出すためにもがいていただけらしい。

鉱山のふちが崩れ、体が狭苦しい穴を通って外に出ようとする。

ドドルはすでに退避路を走り、バランが魔法を撃つため、高台に陣取った。

おとり役の獣人たちは、いまかいまかと事態を注視している。

竜が首を伸ばし、その強靭な足が腹との隙間から外に出る。

その直後、岩が豆腐のように切り裂かれ、竜の体が外に出た。

「走れ!」

ゲラリオの声が響き渡り、獣人たちが弾かれたように散っていく。

竜は頭上に向けて咆哮を放った後、気配を感じて視線を下げると、散り散りに走っていく獣人たちに目を奪われていた。

一歩、二歩、と電池が切れかけのおもちゃのように前に進み出たところで、空間が丸ごと歪むほどの強風が竜を襲った。

バランが魔法を放ち、目の前の落とし穴に叩き込まれて、動きを封じられた。

完璧な勝利パターン。

「いよおし、よくやった! 特大の炎を食ら――」

ゲラリオが魔法を放とうとした、その時だ。

『ギィィィィィヤァァァァァァ』

もう一匹の咆哮が聞こえたのだ。

全員の視線が崩れかけた鉱山入り口に向けられる。

二匹目がいる想定はしていない。

だが、ゲラリオは歴戦の戦士だった。

「姉ちゃん! 準備しろ!」

即座に指示が飛び、その直後、昼と夜が暗転した。

それくらいの爆炎がゲラリオの手元から放たれた。

その真っ赤な奔流はバランの放った風魔法に巻き込まれると、赤熱したドリルのように竜の背中をうがち、無理やりにねじ込まれ、その背中の肉を食い破っていく。

竜はたまらずにのけぞるのだが、悲鳴は風魔法の奔流に飲み込まれているせいか、まったく聞こえない。それが余計に炎のドリルの威力を印象付け、声なく開かれた牙だらけの口の奥からも、紫色の煙に続いて、大量の血液が爆炎とともに噴き出していた。

即死だろう、と喜ぶ暇もない。次の脅威が差し迫っている。

それにおとり役の獣人たちはもういないし、バランは一匹目の竜の死を確信できないうちは、魔法を解除するわけにもいかない。

つまり、予想外の二匹目が怒りに身を任せて飛び出すのを止められるのは、ほかならぬ――。

「大丈夫です」

クルルにもイーリアにも、不意を突かれて抱きつかれた。

その仕返しが頭にあったのかどうかわからないが、がちがちに固くなっていたクルルの後ろからその両肩を手で掴んで、その華奢な肩に顔を寄せた。

「ゲラリオさんから、合図が――」

クルルの震えが止まり、魔石が握り直される。

掴んでいる肩が、急激に熱を帯びる。

ゲラリオが、右手を掲げた。

「今です!」

「っ」

クルルが声にならない声を上げ、魔法が放たれる。

“穴”をふさいだまま魔法を使ったクルルは、反動で健吾の支えがあっても吹き飛ばされていた。今度はそういうことこそなかったが、逆に“穴”にすべてが吸い込まれそうだった。

クルルの体を通り抜ける魔法の奔流はそれほどのもので、肩を掴んでいるせいかその感覚が腕を通じて自分の体にも伝わってくる。

巨大なダム湖の取水口みたいに、深遠な穴に大量のなにかが吸い込まれる不快感。

胃の中から中身がすべて吸い出されそうで、必死に喉を閉じてこらえていた。

クルルは明らかに“穴”を広げ過ぎている。

その華奢な体が、魔法の出力に耐え切れず、引っ張られるように前のめりになっている。

重力が反転したような中、魔法による荒れ狂った暴風も相まって、状況がよく見えない。

そこに、なにかが聞こえた。

「――っ、ろ――」

クルルは魔法の制御で我を失いかけている。誰だ? というか本当に声なのか?

「――げ――」

逃げろ。

その単語が風の合間から届いた瞬間だ。

風が逆流した。

違う。

目の前に、翼竜が現れたのだ。

『ッッッッッッッッッ!』

それは声ではなく、圧縮した空気の質量そのものだ。

自分はクルルを守ろうと抱きしめたが、とても風圧に耐え切れず、諸共にその場にひっくり返った。クルルの手から魔石が零れ落ち、魔石がてんてんと転がっていく。

竜を倒すための道具が、なくなった。

転がっていった魔石から視線を戻せば、筋肉ではどうにもならない相手、と健吾が言った竜が、至近距離からこちらを見下ろしていた。

爬虫類を思わせるごつごつした皮膚。巨大な爪と、牙。

そして難破船の帆を思わせる、どこかみすぼらしい羽。

怒り狂っているのか、黒い皮膚の下で蛇のようにうごめく血管が見えた。

その血走った目が、こちらを捕えている。

その牙だらけの口から、ゼリー状の涎が垂れようとしている。

巨大な魔法を放ったばかりで自分の上に倒れこんだまま動かないクルルと、非力な自分など、竜にとっては餌以外の何物でもない。

つまり、自分たちはここで、死――。