軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十四話

イーリアの屋敷に戻ると、ゲラリオはツァツァル、ドドル、それと健吾と話し込んでいた。

どうやら竜を追い立てる作戦を練っているらしい。

その四人にバランが加われば、オス臭さがすごい。どんな苦難にも立ち向かえそうな彼らを見ていると、わが身の非力さが嘆かわしくなる。やはり鍛えたほうがよかろうかなどと思っていたら、わき腹を小さく小突かれた。

見やれば、教会から戻ってきたようで、変装を解いたクルルだ。

そのクルルは無言で顎をしゃくり、ちょっとこっちにこいと示してくる。

やっぱりヤンキーだと思いながらついていくのだが、耳と尻尾の様子から、それほど機嫌は悪くなさそうだとわかる。

「イーリアさんは?」

その問いに、ちょうちょでも止まったかのように猫の耳がぴくりとした。

「燃え尽きて寝ている」

いろいろ苦労をしてきたであろうイーリアだが、今日のそれはかなりのものだったろう。

教会での演説も相当、気を張ったはずだ。

「教会でのことは、功を奏したみたいですね」

それは組合から戻ってくる時、町の人々とすれ違って理解できた。皆まだ不安そうではあったが、それなりに秩序をもって帰路についていたのだから。

「悪かったな」

「え?」

二階に続く階段の脇で立ち止まると、クルルは言った。

「私だけじゃ、イーリア様を振り切れなかった」

ゲラリオにもそこを褒められたが、やっぱりこそばゆい。

「一度はイーリア様に嫌われてますから」

鉱山でよみがえっても魔法は使えず、しかもジレーヌ領の富を横取りしていたノドン商会の手先になったとあって、イーリアの対応は冷たいものだった。

なのでそう言ったのだが、クルルは苦苦苦笑いくらいしていた。

「お前それをイーリア様に言うなよ。すごく気にしてるんだから」

そうなのか、と驚いていると、クルルは呆れたようにため息をついてから、こちらの腕を掴んで持ち上げる。

「やっぱりひどいな。そこに座ってろ」

階段に座らされると、クルルは廊下の奥にある炊事場に向かう。

それから戻ってくると、湯の張ったたらいを持ち、腕には麻布が何枚かと、木の皮で作った籠がぶら下がっていた。

「イーリア様はあれで結構力が強いからな」

ちょっとしたひっかき傷、とはやや言い難い。

服の上からではあったが、そのせいで擦り傷のひどい版みたいになっていて、服にもだいぶ血が染みていた。

「痛くても恨むなよ」

お湯に浸した布で傷口を拭ってくれるが、そうしているクルルのほうが痛そうな顔をしている。う~、とゆがむ顔や、ぱたぱた忙しない猫の耳の動きを見ていたら、こっちのほうがちょっと笑ってしまう。

「……なんでお前が笑ってるんだ?」

怪訝そうなクルルに、答える。

「こういうのには慣れてそうなのに、意外ですね」

クルルは言葉の意味が数舜わからなかったようだが、ようやく思い至った時には、こちらの手首に爪を立てていた。

「私が暴力的だって言いたいのか?」

「あの、今、まさに、痛いです……」

クルルは据わった目でこちらを睨んでから、ふんと鼻を鳴らし、傷口の血を拭う作業を再開する。

「得意なものか」

クルルはぽつりと言ってから、こちらの腕についた血の塊を、傷口を避けながら丁寧に拭いてくれる。

そうやってうつむきがちにしていると、長いまつげが伏し目がちの大きな瞳にかかり、綺麗だなと思わせる。普通の貴族の家の普通の従者として生まれついていたら、案外おしとやかな女の子だったのかも……と想像してみるが、やっぱりイメージできない。

「お前は変な奴だ」

木の皮で作った籠の中には二枚貝の殻が入っていて、開くと中に軟膏が詰まっていた。

クルルは軟膏を小指ですくいとり、血を拭ったこちらの傷口に塗っていく。

「よわっちくていつも自信なさそうなのに、変なところで頼りがいがある」

褒められているんだよな? というのは、ちょいちょい傷口に塩を塗り込むかのように力が籠められるから。

「私の勘が間違っていなかったのは、まあ、そうなんだが……」

疲れたようにクルルは肩を落とす。

その言葉に、ノドンを追放したときのことが思い出される。

お前を信じてよかった、と抱きつかれた。

その時のことを思い出し、急にクルルの手を意識してしまう。

「なんだ、痛いのをやせ我慢か?」

腕がこわばっていたのを察したらしい。

クルルは意地悪そうに笑っていた。自分がクルルのことをちょっと意識しているなんて知られたら、大笑いしてからかってくるだろう。

そんな雰囲気にむしろほっとしていたところ、傷口に軟膏を塗り終わったクルルは、ぺちんとこちらの腕を叩いてこう言った。

「よし、次は私の番な」

「え?」

そして目の前の出来事に、自分は危うく長持ちから転げ落ちそうになった。

「なっなっなっ――」

なにをどう解釈すればいいのかわからない。

なにせ目の前で、クルルが上着を脱いで肌を晒しているのだから。

「なんだ、女の裸を見るのは初めてか?」

また一つ弱みを握ったぞ、みたいな顔で犬歯を片方だけ見せて笑うクルルだが、よく見れば服で前を隠しているし、残る手で銀色の髪の毛をかき寄せると、こちらに背中を見せた。

「お前に頼みたいんだ」

「んっ……おっ、え?」

「……おい、いい年して驚きすぎだろ」

呆れるような目に、自分の中にある清い少年心が傷ついたが、いくらか我を取り戻すことはできた。

どうやら、色っぽい展開ではないらしい。

「籠の中に道具がある」

「……」

言われて見やると、軟膏の入っていた貝殻以外にもなにか入っている。

手を伸ばしてみれば、合成魔石を作る時に使った魔石の粉と、豚かなにかの脂だった。

「それで私の背中に魔法陣を描いてくれ」

なぜ? と声に出さなくとも伝わったのだろう。

クルルは面倒くさそうにため息をつくのだが、なにか動くたびにすらりとした背中で肩甲骨が動いて、艶めかしさに顔が赤くなる。

「魔法の反動を抑える秘密を聞いた」

ようやく自分も思考が噛み合った。

「ゲラリオさんから?」

「ああ。金貨二百枚即決の礼だそうだ」

誰も死ななかったら二百枚と言ったが、それはつまり、死なせない自信があるのだろう。

「体に魔石を塗りたくる。それが反動を抑える秘密なんだそうだ」

「そんなことで?」

「そこが魔法の通り穴になるらしい。魔法使いの才能ってのは、魔石からの力の流れを引き出せる力のことだと聞いていたが、まさかこんな方法とはな」

電流と伝導体の関係みたいなものだろうか。

「本当は魔石と炭と油を混ぜて、入れ墨にするらしい。戦いの最中に消えたら一大事だから」

それは確かにそうだ。

「今は時間がない。だからほら」

背中に魔法陣を描けと。

けれど魔石を塗りたくるだけなら腕でも足でもどこでもいいのではないかと思っていたら、クルルの冷たい目に気がつく。

それでようやく、どうして傷口に軟膏を塗るだけなのに、こんな場所に連れてこられたのか分かった。

「危険な目に合うかもしれないんだ。自分で準備するなんて寂しいだろうが」

むくれるクルルの顔が思いのほか幼く見えて、どきりとする。

屋敷の中でも奥まった人目のないところに来たのは、クルルなりの乙女心なのだ。

自分はちょっと慌てて、籠の中から道具を取り出した。

魔石を削るための鉄製の鑿が、ずしりと手の中で存在感を主張する。

「こ……んなので描いたら、怪我しますよ」

先端は結構鋭い。

「なら刺青の時はそれでいいな」

「んっ」

咳き込むように動きを止めると、クルルがこちらを見ていた。

「入れ墨はお前が入れてくれ」

「自分が?」

「お前の腕」

「腕?」

まるでオウムになったような気がするが、話についていけてないので鳥以下だ。

「傷跡が残るだろ」

確かにこれだけひどく引っかかれたら、新陳代謝の激しい十代の頃ならともかく、今は間違いなく傷跡が残るだろう。

「イーリア様はお前の主人だから、まあ、その証って考えればいい。奴隷の焼き鏝みたいなもんだ」

からからクルルは笑っているが、イーリアみたいな女の子に所有されるというイメージに、変な趣味に目覚めてしまいそうになる。確かにイーリアはちょっと陰険なところがあるので、実にそういうのが似合いそうだ。

「けれど私たちは仲間だ。入れ墨を入れるなら、仲間の手がいい」

肩越しに笑うクルルは、屈託のない楽しそうなものだった。

仲間意識はクルルが一番強い、なんて健吾が言っていた。

イーリア以外に信用できる仲間ができて、少しはしゃいでいるのかもしれない。

とはいえその輪に数えてもらえているのなら、光栄なことだ。

「魔法陣でしたっけ?」

「ああ、形はなんでもいいらしいが、魔法陣ならそれっぽいだろ。あと、なるべくでかく描いてくれ。出番が来た時に、特大のをぶっ放せるように」

牙を見せて笑うクルルに、やっぱりクルルにおしとやかなのは似合わないと再確認する。

そして形も決まっている。

クルルの綺麗な背中に、指で大きく炎の魔法陣を描いた。

ただ、綺麗ですべすべな肌だと思ったのに、触れてみるとかすかに産毛が生えているのがわかって、やたらとドキドキしたのを隠すのが大変なのだった。