軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十三話

ちょっと立ち話をしている間に、あっちこっちの話が集まった。町中に手下や仲間がいるのだろう。

それは道端でたむろしているようないかにもな者たちから、ヨシュやトルンみたいに真面目に働いている者たちまでさまざまのようだ。

「ひどすぎる」

税の話を取りまとめた健吾の一言に、イーリアがすっかり獣の耳を伏せてしゅんとしていた。

尻尾もぺたんと垂れている様が妙に可愛く、マークスの語った「人と獣人の子は一部のやつらに人気」という言葉を思い出し、必死に目を逸らす。

「というか、買い取った徴税権は、徴税を好き勝手にやれる権利って思われてるだろこれ」

マークスの仲間たちは、町の住人の中でも下層に位置する者が多いようだ。生活が楽ではない小さな工房の職人や、大きな通り沿いに露店を出す零細商人からの話が多く集まっていた。

彼らの語る税には、露店や工房といった不動産にかけられる財産税だけでなく、日々の売り上げから、消費税に似た名目で好き勝手に取り上げるものがあった。売り上げを入れてある箱に手を突っ込んで、数えもせずに持っていくというのだから、それは明日の種籾ですじゃ状態だ。

監視されない権力は、簡単に腐敗する。

マークスの仲間たちは、今は町の外の農作業に従事する者たちにも話を聞きに行っているようだが、状況は似たり寄ったりだろう。

健吾がマークスたちの聞き集めた話を取りまとめ、綺麗に整理しなおした。財産税などの直接税は年に一度、10%程度。日々の売り上げ税がひどい有様で、ほぼ毎日のように30%から50%も持っていくと訴えられていた。もっとも、こちらは怒りと嘆きの誇張も入っているだろうから、実際は10から20%だろうか。それにしても高くはあるし、決まった回数ではなく徴税人の気分次第なのだからたまったものではないだろう。

それからノドン商会で帳簿を預かっている自分からも、輸出入の際、ノドンが2割程度の関税を商い相手たちから徴収していることも付け加えておく。それを聞いたイーリアとクルルは、その関税に根拠があるものなのかどうかさえ、即答できなかった。

「で、クルルちゃんのほうはどんな感じだ?」

自分が詐欺師たちに話を集めてもらい、健吾が数字をまとめている間、クルルは屋敷の地下倉庫をひっくり返していた。

埃にやられたのかしきりに鼻をこすっている様子は、顔を洗っている猫そっくりだ。

あざとくないあたりが余計に可愛くて、邪念を必死に頭から追い出そうと努力していたところ、クルルは健吾に返事をする。

「ちゃんと見つけてきた」

へっぷし、とくしゃみをしてからテーブルに置いたのは、厳めしい紙質の羊皮紙だ。羊を筆頭に、動物の皮で作られるこの紙は、ノドン商会でも高額の契約で用いられるのでよく見かけた。前の世界の職場のクソ上司の名刺も、意識高すぎの羊皮紙仕様だったので、嫌な記憶と共によく覚えている。

「ただ、金額は書かれてないみたいだった。大丈夫、か?」

やや不安そうなクルルの前にあるのは、歴代領主が残した徴税に関する文書だった。権力基盤になるものをおいそれと捨てはしないだろう、という予測から、健吾がクルルに地下倉庫の捜索を命じていたのだ。

「税の種類がわかるだけでもありがたい。税額はイーリアちゃんが新しく決めたらいいんだしな」

「……」

健吾に言われたイーリアは、クルルより不安そうな顔で紙束を見つめていた。

「イーリア様?」

声をかけたのは、埃まみれのクルルだ。

「ごめんなさい、大丈夫」

イーリアはゆっくり深呼吸して、強張った笑みを見せた。

「自分が税率を決めるなんて言われたら、ちょっと怖いなって」

独裁者をやるには才能がいる。

イーリアはきっと良い領主になれるはずだが、良い領主になれるような人は悩みもまた多いことだろう。

「その税があることで助けられる人たちがいる、そう思えばいいんですよ」

自分の言葉に、イーリアは目を見開いていた。

マークスたち詐欺師が協力してくれたのは、ひとえにイーリアが孤児院を助け、クルルも合わせて彼らを支援していたからだ。

「そうね、そうよね。それに、私が数字を決めれば、町の人たちは取りすぎの税を取られなくなるんだし」

人の目に力が満ちていくというのは、はっきり見てわかることらしい。

けれど、なにより自分が嬉しかったのは、イーリアがあれだけ町の人たちから冷遇されても、復讐を望まなかったことだ。

健吾と一緒に酒場にいれば、獣人と仲良くやる人間たちもそれなりにいることがわかる。

あの足を折った少年トルンだって、獣人の骨接ぎ医に足を治療してもらい、獣人たちの多く暮らす地域で縄結いの仕事をしていた。人と獣人の対立は、確かに深刻なのだろうが、全面的なものではない。そういう者たちは人や獣人を問わず、イーリアの公平な統治を歓迎するはずだった。

そのイーリアは、クルルが見つけてきた埃まみれの羊皮紙の上に手を置いた。

「この羊皮紙に書かれた言葉に、力を取り戻す必要があるわ」

その様子は、魔石に手を当てる魔法使いのようだ。

「そして、あのクソッたれからこの町を取り戻す。クルル、あなたの力を借りる番よ」

税金とは、領主のみが掘ることのできる、権力の鉱脈から湧き出る黄金だ。

しかし岩盤を割るにはつるはしが必要なように、権力を維持するには武力が必要だった。

税の根底には必ず力が無ければならず、そして力という意味では、自分たちには合成魔石という核兵器級の技術が存在する。

それを操れるのは、仲間内では唯一、クルルだけ。

「任せてください、イーリア様」

イーリアの手の上に、クルルが手を重ねる。

「こいつらの案だって言うのが、まあ、癪ですが」

クルルは健吾を見て、自分を見て、意地悪そうに犬歯を見せて笑う。

「頼むぜ、俺たちのこれからの人生が安定するかどうかは、まずはクルルちゃんの演技力にかかってるからな」

健吾の手が、クルルの手の上に乗せられる。

クルルは嫌そうに唸っていたが、イーリアは楽しそうに笑っている。

そして、三人がこちらを見た。

「……そういう柄じゃないんだけど」

そう言いながらも悪い気はしないし、そういえば健吾とクルルの三人では同じことをしたが、イーリアとはしていないと思った。

健吾の手の上に自分の手を乗せ、その様子に視線を向ける。

町の商会や職人の工房には必ず、軒下に看板があるのをふと思いだした。

自分たちの看板を作るなら、こういうのも悪くないなと思ったりした。

「頼んだぜ、イーリアちゃん、クルルちゃん」

「ちゃんをつけて呼ぶんじゃない!」

「ふふ、いいじゃない」

「イーリア様……」

そんな賑やかな自分たち。

前向きさしかないこの空気を、自分は胸いっぱいに吸い込んだのだった。

◇◇◇◆◆◆

「ええい、くそ!! なんなんだ!!」

商会に響き渡ったノドンの怒鳴り声と、積み上げていた荷物を蹴り崩した音とで、自分はイーリアの仕事がうまくいったことを理解した。

魔石鉱山の探鉱作業を、イーリアが引き受ける旨をバックス商会が了承したのだろう。

探鉱にはかなり大きな費用が掛かる。山に穴を開けるために魔法使いを雇って魔石を用意する必要があるし、砕いた岩を掘り、運び出し、穴の中を木で補強して坑道とする作業諸々を担う獣人たちの雇用費用なども必要だ。そのすべてを既定の半額で請け負うと領主から言われたら、あのバックス商会のコールでさえ断れなかったのだろう。

ノドンからのようにキックバックは望めないが、格安で新しい鉱脈を見つけてもらえるのなら、コールは鉱山関連の取引で大きな利益を出せることになる。私的な着服と、商会内での地位向上を天秤にかけ、どちらが利益になるか考えたのだろう。

それにイーリアとへたに揉めれば、イーリアの父親やそこに連なる貴族たちから、どんな横槍を入れられるかわからないという計算も働いたのではあるまいか。イーリアの父親を含む親族は、イーリアを助けるためにはまず手を動かさないだろうが、自分たちが利権に食い込めると見れば、貪欲に食指を動かすだろうとクルルは忌々しげに言っていた。

そういった諸々から、イーリアは無事に探鉱作業を引き受けられたのだろうが、そうするとノドン一人だけが損をする格好となった。

一方の自分は、ノドン商会の帳簿を調べることで、町の連中が好き勝手に集めた税金の流れを把握しようと努めていた。その進捗は逐一、怪我で商会を辞めたトルンを経由して、マークスからイーリアたちに伝えていた。

鉱山監督官であり、なにかと領主であるイーリアに会う口実を作れる健吾と違い、自分がちょくちょくイーリアの屋敷に行くのは不自然だ。ましてやマークスと仲良くしているのを町の人間に見られるのも、悪目立ちしそうで控えるべきだった。

ノドンに計画を嗅ぎつけられないよう、可能な限り目立たず、秘密裏に話を運ばなければならないのだから。

その点、獣人の多い地域で元商会の荷揚げ夫のトルンと会うのならば、言い訳の仕方はいくらでもあった。まさかノドンも、これが魔石取引を取り戻すための、領主を巻き込んだ計画の一部だとは思うまい。

「探し物はすぐ見つかったってさ」

そして、ノドンが顔を真っ赤にして怒り狂い、自分も八つ当たりで殴られた数日後、落ち合ったトルンは縄を結いながらそう言った。縄にしてはずいぶん細いものだと思ったら、獣人たちが着飾るための、つけ毛みたいな装飾品らしい。

「すげえよな。一撃で山の真ん中に、地獄まで続きそうな穴を開けたんだってさ。凄腕のさすらいの魔法使いだって大騒ぎさ」

トルンは少年らしく、目を輝かせていた。

いくらかは大袈裟な噂にしても、まだ魔石の大きさと魔法の威力の調整ができておらず、予想外に高威力が出てあたふたしているクルルの様子が目に浮かんだ。

また、屋敷の前に陣取っているマークスにだけは知らせてあるが、クルルが変装して魔法使いとして振る舞っていることは、現状ではトルンにも内緒だった。そこで変装したクルルのことは、どこの貴族に仕えることもせずに放浪するさすらいの魔法使いという設定にしてあった。

あれだけ気が強くて現実的なクルルなのに、役作りはずいぶん楽しそうだった。

案外その根っこは、イーリアより子供っぽいのかもしれない。

「イーリア様がやる気になったのも、あの魔法使い様がいたからなんだな」

税金を取り戻そうという画策については、トルンも知っている。ノドンはまだそこまで気が付いていないだろうが、イーリアが魔法使いの力を背景にして探鉱作業に踏み出してきたことから、警戒心を高めたはずだ。

ここからは、ぐずぐずしているとノドンの策謀による防御と反撃を許すことになる。

一気呵成に攻め抜いて、既成事実を作り上げる必要がある。

「では、お兄さんに伝えてもらえますか」

トルンはじっとこちらを見た。

「川の流れはほとんど掴めました。エダー商会の主人が、町から吸い上げた税金の仲介役です。彼らは油断しきっていますから、イーリア様に踏み込まれるとは露ほども思っていないでしょう」

「エダー商会……ああ、あいつか。ノドンの腰巾着で、女の趣味が一緒なんだよな。姉ちゃんたちが何人か泣かされてるよ」

視線を上げずに話すトルンはつばを吐いて、なにかが破裂するのを防ぐかのように、手だけはせっせと細い細工物を結っている。

トルンはみなしごだから、兄、姉、というのは孤児院の仲間のことだ。

「魔法使い様がぶっ飛ばしてくれるのか?」

トルンの視線はまだ少年らしさを濃く残していて、だからこそ少し危ういと感じた。

マークスやクルルはその点、自分よりよほど大人だから、その意味では安心できる。

「魔法でぶっ飛ばしたら挽き肉になってしまいますから……震えて立てなくするくらいだと思います」

トルンはこちらを見て目をぱちぱちさせると、「挽き肉」と言って笑っていた。

「期待してるよ。それに、マークス兄ちゃんがついてるんだから心配することもないか」

「ええ。彼らならうまくやってくれると思います」

裏路地の似合う、妙にパリッとした服装の詐欺師たち。

顔をフードで隠したさすらいの魔法使いとともに、突然商会に乗り込む絵を想像すれば、完全に映画のワンシーンだった。

「あんたからの伝言も、間違いなく兄ちゃんに伝えとく」

「お願いします」

そう言って、腰を上げかけてから、自分は言い忘れていたことがあった。

「干し肉はあまり古くなると、固くてまずくなりますから早めに食べてください」

「えっ」

ときょとんとするトルンの手に、新しい干し肉を何枚か握らせた。

「怪我も早く治してください。荷揚げ場はいつも大忙しですよ」

トルンは手の中の干し肉とこちらの顔を見比べて、照れくさそうに笑っていたのだった。