軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百十四話

「です。ですよ、解決できるかも、です」

自分の口からぽろ、ぽろと転がり出た言葉を、転がるボールみたいにクルルがぼんやり目で追いかけている。

そんな様子のクルルはしばらくこちらを見つめてから、いきなり怖い顔になった。

「あ?」

まだ親しくなる前によく見た、ヤンキーみたいなクルルの顔。

ただ、今ならその怒りの理由がわかる。

からかわれたと思ったのだ。

「あの、説明を、説明をさせてください。自分も今、思いついたんです」

「……」

ぎりぎりと牙を見せていたクルルは、なおこちらを睨んでいたが、不意に肩の力を抜いた。

それから眉間のあたりを手首でぐりぐりして、大きくため息をつく。

「……」

怒ってしまったことを後悔するような、恥ずかしそうな顔。

実家の猫も、突然切れて爪で引っ掻いた後、自分のしたことに驚いていることがあった。

元々クルルの感情が豊かということもあろうが、バランからの手紙を受け取って、奴隷獣人たちの境遇を知って、実のところ気持ち的にいっぱいいっぱいだったのだろう。

それを懸命に隠して、自分の所に手紙を届けに来た。

それに自分のほうも、思い付きはしたが、本当に成立するかわからないところがある。

曖昧に笑い返してから、言った。

「今のところ、ちゃんとその考えが成立するかもわかりません。なので、皆さんを呼び集めてもらっていいですか?」

これは知識チートで一発逆転、という話ではない。

もちろんこの世界の人々がまだ知らない知識を活用しようという点では、チートみたいなものだけれど、根幹の所では、この世界の仕組みをこの世界の枠組みの中で解決しなければならない。

解決の鍵は、経済だ。

経済原理は、物理法則並みの普遍性を持つ。

ただ、自分の言葉を聞いたクルルは、じっとこちらを見つめていた。

恨めしそうな、拗ねたような目で。

「お前は、いつもそうだ」

クルルが椅子から立ち上がり、その手が動く。

「っ」

殴られる、と身をすくめたところ、その手は自分の目の前にあった。

「わざとやってるんなら、八つ裂きにするところだが」

しばし意味を測りかねたが、先ほどまでのやり取りを思い出す。

奴隷獣人の解放がいかに不可能かを淡々と説明した。

そして落ち込んだクルルがその現実を受け入れようとした矢先、解決できるかもと仄めかす。

やられたほうは、確かに腹立たしいだろう。

「……自分がそんなに器用じゃないのは、御存じでしょう?」

見上げたクルルに向けた、卑屈な笑み。

クルルは尻尾を不機嫌そうに揺らし、それから苦々しそうに笑った。

「知ってるよ」

クルルの手を掴むと、しっかり握り返してくる。

そして立ち上がった時に思い出したのは、大規模魔法陣の起動で昏睡していたクルルが、自分の所に会いに来てくれた時のことだった。

あの時、クルルと自分の間には、イーリアが望むようなことはなにもなかった。

ただクルルが、昏睡していた本人よりも憔悴した間抜けを見て、呆れるように笑いながらこう言ったのだ。

――お前は、私がいないと本当に駄目なんだな。

それからご飯を作ってくれて、一緒に食べた。

それだけだ。

けれどクルルはあの時以来、確かななにかを掴んだようだった。

それは、ある種の確信なのだろうと思う。

「お前は完全無欠の大宰相様じゃないものな」

意地悪な笑みと、その一言。

でも、それは子猫の甘噛みみたいなものだし、相手を完璧なものだと期待しないのもまた、健全な人間関係において大事な一歩だ。

「なあ」

クルルが、炊事場から出る間際に言った。

「お前の思いついたこと、私にも理解できるか?」

みんなを集めてから説明しますよ、なんてことを言えば、きっとお屋敷に手伝いに来ている誰かが、惨殺死体を発見することになるだろう。

自分もさすがに学んできた。

それにみんなに説明する前に、予行演習が必要だ。

「考えをまとめるために、聞いてもらってもいいですか?」

クルルの顔がぱっと輝いた。

それからにんまり笑うと、鉄槌の猫姫はふんと胸を張る。

「仕方ないな。付き合ってやる」

馬鹿馬鹿しいやりとりに、顔を見合わせてから、互いに笑いあう。

自分は自嘲の笑みとともに、バランからの手紙をクルルに見せた。

「答えは全部、最初からここにあったんですよ」

材料はすべてそろっている。

あとはそれを、組み上げるだけ。

ただし組み上げた材料をくっつけるために、今までは極力避けていた、ある手段が必要なのだった。