軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二百十一話

森は有限であり、木は一度切り倒したらそう簡単には戻らない。

けれどクルルにはぴんとこなかったらしい。

「少し面倒だが、島の西のほうから切り出してくればいいだろう?」

そう。まずそう考える。

「ですが、木は一度切り倒したら、復活させるのに三十年くらいかかります。それにここは島ですから。なにかあった時のために森は残しておかないとなりません」

貪欲なノドンでさえ、島の木は切り倒さず、多少高値でも島の外から木材を輸入していた。

島を敵に包囲されたり、長い嵐に見舞われたり、しかもそれが極寒の真冬のことだったらと考えたら、ノドンでさえ樹木を金に変えようとは思わなかったのだ。

この世界で木材を失うのは、太陽を失うのと同じことなのだから。

「そして昨日の精錬で消費した燃料は……計算してみたんですが、ひとつの家が二年間に消費するのと同じくらいの薪を、一晩で燃やす感じでした」

「……」

クルルはぽかんとして、天井を見やる。いまいちすごさが想像できなかったのだろう。

昨日の精錬で得られた鉄は、最終的におおむね50キロくらいだった。

消費した燃料はその40倍。

煮炊きを薪で行う家の一日の消費量は、大体3kg前後と言われている。

これで、大体700日分。

ちなみに重さがキロ換算なのは、筋トレマニアの健吾がこの岩なら間違いなく1kg、とかいって度量衡を揃えてくれたおかげだ。

「言い換えると、ジレーヌ領全体で一日に燃やされる薪の量に匹敵するんですよ」

料理が趣味のクルルは、それでなんとなく規模の大きさが実感できたらしい。

あの高炉ひとつで、島ひとつと同じ燃料を飲み込むのだとしたら。

高炉がひとつでなく、ふたつ、みっつとなったらどうなるのだろう?

「だが、鉄は得たじゃないか。それを売った儲けで木を買えないのか?」

自分の顔が渋くなるのは、鉄の質が売れるほど高いか怪しいからではない。

薪の問題は、カネの話ではないのだ。

「正直、今は実験段階なので、採算は度外視している感じではあるのですが……」

「じゃあなにが問題だ?」

その不満を噛み潰すようにクルルが竜の肉を頬張ったところで、こう言った。

「木は一度切り倒したら、三十年は戻らないんです」

「ん?」

「だから島の木材を利用することはできません。では外から買い付けるにしても、木材を消費すればするほど、どんどん遠い土地から運んでこなければならなくなります」

クルルの猫の耳が、斜めに倒された。

口ぶりから、面倒そうな話が続くと察したのだろう。

「しかもこの世界では、木材は燃料に用いられるだけではありません。建物や乗り物、樽や食器など、あらゆる用途に使われているんです。その木材が、ものすごく遠くからしか買えなくなるかもしれないんですよ」

へたをすれば、カネがあってさえ、買えなくなるかもしれなかった。

クウォンで再会したノドンを通じ、あの山岳地帯の豊富な木材を供給してもらうよう手配しているが、クウォンからここまではものすごく長い距離がある。

いくつもの領地を越えて運ばれてくる間に、たくさんの困難が待ち構えている。

戦のようなわかりやすいトラブルだけでなく、海が荒れたとか、長雨で川が氾濫したとか、冬の寒さがきつくて木材がいつも以上に消費されたとかいうだけでも、供給が不安定になるだろう。

そこに運搬業者の横領だとか、第三者の窃盗だとかが絡んでくる。

しかも木材は重く、かさばって、運ぶのが大変な代物だ。

「炉を本格的に操業し始めたら、木材価格は間違いなく上がります。一年間も操業を続けたら、たぶん近隣の森は全部焼きつくしてしまうでしょう。自分たちはそれでも魔石を売った金貨で薪を買えるかもしれませんが、貧しい人たちはそうではありません」

おまけに価格高騰の影響を受けるのはジレーヌ領だけではない。

ジレーヌ領が木材を大量に飲み込めば、相当広範囲にわたって木材価格高騰の影響が出る。

そしてずる賢い者で溢れているこの世界なら、容赦なく値のつり上げが行われるだろう。

「社会不安が起きるでしょうし、木材を運んでくるための距離だって際限なく伸びていきます。運搬する費用は青天井になります。こうなると、もう」

と、自分は木の匙を置く。

「持続的ではないんです」

回避方法は、一応ある。

前の世界でもそうしていたように、森の中で製錬すればいい。

そうしてひととおり木材を消費したら、ひとつ越えた先の山に移動し、それを繰り返す。

ただ、そのためには炉を何度も構築し直したり、自由に作業場を構えられる広い領土を確保する必要が出てくる。

こんな有様では、 事業規模を拡大(スケール) させることなどできない。

それならクルルたち魔法使いに頼んで、ほぼ無料の合成魔石で製錬してもらうほうがよほど効率的になる。

しかし短期的ならともかく、長期ではその方法をとりたくなかった。

魔法使いに頼った産業を構築すると、魔法使いがいなくなった時にどうしようもなくなるから。

それと、もうひとつ。

昨晩のあの現場で見た、人々の様子ゆえだ。

彼らは魔法使いにしかできないような派手な鉄の精錬を、自分たちでもできるのだと実感し、興奮していた。

自分はすっかり忘れていたが、世の大多数の人々にとっては依然として、魔法使いというのは雲の上の存在であり、人々を上から支配する特権階級なのだ。

その彼らに、希望を見せてしまった。

叶わないかもしれない希望を見せるのがいかに残酷なことかは、ノドンと戦った時のクルルのことを思い出せばいい。

それに、この「普通の人々に力を与える」という件は、帝国と戦うためにはどうしても避けられない道でもあった。

小さい自分たちが巨大な帝国と戦うには、魔法使い頼みでは必ず限界が来る。

死神の口戦術では魔法使いの数よりも獣人のほうが重要になってくることから、彼らを食べさせるための経済基盤を整えなければならないのだ。

そのため、産業を起こし、技術を一足飛びに発展させ、普通の人々や獣人たちの手で魔法使い並みの生産性を叩きださなければならない。

だから町の人々には希望の光を見てもらい、あの炉の中で輝かせてもらわなければならない。

その第一歩である、鉄の精錬。

そしてその製錬を支える、燃料の問題だ。

もちろん産業革命の知識をかじった身として、すでに手は打っている。

ただ、それが実るかどうかはまだわからず、軌道に乗るのはもっと先のことだろう。

しかも越えなければならないハードルがいくつもあり、その方法で採算が取れるかもわからない。

それらの解決を待っていたら、帝国がやってきてしまうかもしれない。

あるいは、根本的に戦略を変えるべきだろうか?

例えば、この島から出て、木材の豊富な領土を新しく確保するような。

それに、きっと自分がその気になりさえすれば、戦いに赴こうとしてくれる人はいる。

そう思い、そっとクルルの横顔を見た時のことだ。

木の匙をスープの器に入れ、ゆっくりかき混ぜていたクルルが口を開く。

「良い話と悪い話、どっちから聞きたい?」

「え?」

そして鉄槌の猫姫が、こちらをちらりと上目遣いに見たのだった。