軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百五十八話

ノドンを通じ、混乱状態の聖堂内部と連絡を取ると、即座に司教と顔合わせとなった。

平時ならばどれだけ金貨を積んだって、けんもほろろだろう。

居並ぶ聖職者たちは、ゲラリオの登場に天の恵みとばかりに喜んでいた。

自分も竜が出た時の絶望感と、ゲラリオがひょっこり現れた時のことを思い出し、この人はきっとそういう星の下に生まれたのだろうなと、その髭面を見て思った。

「俺らはあんたらの身を守る盾になる。だが、問題はいつだって報酬だ」

金糸が山ほど縫い込まれた豪奢な聖職服を身に纏った司教に、ゲラリオが遠慮なく言った。

司教は立派な白髭の奥で口をもごもごさせてから、諦めたように答える。

「なんなりと言うが良い。我々だけでは彼奴らの横暴に耐えられん。最も近い大司教区に応援を呼んでいるが、往復に四日はかかる」

「いい心がけだ。魔石代はもちろんそっち持ち。戦闘が起きたら帝国金貨千枚。にらみ合いで済んだら百枚だ」

前の世界なら一千万から一億円くらいの相場観だろうか。

竜退治の時も大体このくらいだった。

「わかった。支払おう」

「それと」

ゲラリオの追加の要求を無礼だと思ったらしい幾人かの聖職者が、気色ばんだ声を上げる。

歴戦の冒険者はもちろん意に介さない。

「聖女に会わせてくれ。なるべく早くに」

「……」

司教は即答せず、じっとゲラリオを見つめていた。

その真意を探るかのような目は、秘密を守ろうとする者の目か、それとも。

「あんたらが警戒するのもわかるが、俺は聖女がほぼ偽物だろうと思っている。回復魔法の使い手など見たことがないし、本物だとすればこんな辺鄙な場所にいるはずがない」

司教の周りにいる聖職者たちは、一斉に非難の声を上げた。

けれどその中心にいる司教だけがなにも言わず、じっとゲラリオを見つめたままだった。

「ならばどうして?」

その静かな問いに、ゲラリオは前のめりになる。

「故郷の唄って言葉に心当たりは?」

その瞬間、司教の顔が凍りついた。

対して周囲の聖職者たちはぽかんとして、司教の反応に困惑していた。

「な、なぜその言葉を……」

「会わせるのか会わせないのか、どっちだ?」

相手が隙を見せたら即座に食らいつく。

この辺の呼吸の掴み方は、賭場で身に着けたものだろうか。

司教が目を見開いたまま、前にも後ろにも進めないでいるところ。

部屋に飛び込んできた若い聖職者が、司教に耳打ちした。

「司教様、魔導隊が、交渉に当たっていた補司祭を……」

ほどなく廊下から慌ただしく人の走る音と、悲鳴に近い指示を飛ばす声が聞こえてくる。

魔導隊と応対していた誰かが、魔法を撃たれたか暴力を振るわれたかしたらしい。

それが下っ端同士の小競り合いの暴発なのか、魔導隊が本気で教会と戦うつもりなのかはわからないが、事態の危険度を示す目盛りは間違いなくひとつ上がった。

ただ、誰かが怪我を負って大騒ぎしていたら、その時点で聖女が偽物であることを白状しているようなもの。

仮に本物なのだとしても、容易に回復魔法を使えるわけではないことの証左となる。

「もう一度言うが、俺たちは聖女が偽物だと思っている。だが、それはどうでもいいんだ」

咄嗟に言い返そうとした司教を手で制し、ゲラリオは続けた。

「故郷の唄って言葉を残したのが誰か。それを知りたい」

その言葉を残した誰かは、少なくとも魔石に刻まれた文字の秘密を知っていた。

ここが聖女詐欺で一儲け企む場所だとしても、本物の黄金がどこかに混じっている。

「聖女様は、偽物ではない」

司教がゲラリオを見つめ、重々しく言った。

「だが、容易に御姿を見せんのだ。我々にもな……」

「じゃあたまにあの舞台に出てくるらしい聖女ってのは?」

「聖女の名を継ぐ者だ。少なくとも聖堂に残る歴史では、十四代目になる」

ゲラリオがこちらを見る。

初代聖女が魔石の暗号を解読した? それとも十四代前というなら、時期的に古代帝国時代の生き残りか?

「お前の言ったように、この辺鄙な土地には正邪省の魔法使いもおらん。あの狂犬どもを追い払ってくれるならば望むだけの報酬を払う。だが、聖女様に会わせることはできん。我々にもできんのだ」

偉い人間が髭を生やすのは、威厳を示すのと同時に、表情を隠すための仮面でもある。

ゲラリオの射抜くような目は、司教が髭の奥で嘘をついている可能性を探っているのだろう。

ただ、自分は気になることがあった。

「でしたら、噂のほうは一体?」

司教がこちらを見た。

「噂だと?」

「聖女様のいる山に入ろうとした不届き者は、不思議な魔法によって追い返されると」

確か、気がつくと山から出たところに立っていて、なにも覚えていないみたいな話だった。

「ああ……それは、本当だ。だから聖女様はいらっしゃると言うのだ」

「おい、待て」

驚いた声を上げたのはゲラリオだった。

「山を守ってる魔法使いがいるんじゃないのか? 十四代前の聖女が生きていて、よくわからん魔法を使っているってことか?」

司教は唇を引き結び、どこか恥辱に耐えるような顔をしていた。

理性ではそんなおとぎ話があるはずもないと思っているが、そう考えるしかない、という不甲斐なさだろう。

しかし、自分たちの当惑は、まったくの逆。

そういうわけのわからない存在に、心当たりがある。

「クルル、バダダム。ヨリノブを連れて、聖女に会いに行け」

「師匠は?」

「カカムとあの狂犬どもの相手をする。ファルオーネのおっさんは――」

その言葉に、司教が慌てたように言った。

「ま、待て。たった一人と一匹の獣で魔導隊の相手をするというのか? 相手は十人からなる手練れなのだぞ! 聖堂の外に散開してる連中も、魔法を使わんとはいえ、戦いに慣れた野蛮な連中だ。四人でも不安なのに、不可能だろう!」

カカムのことを一匹と呼んだこともそうだが、最も気になったのは「この四人」という単語だ。どうやら自分とファルオーネも魔法使いと思われていたらしい。

いや、というか多分、ノドンがそう受け取れるように話したのだ。

詐欺すれすれの売り込み文句と考えるか、自分たちが教会に取り入れるように便宜を図ってくれたかと考えるかは、結果によるだろう。

「いいや、できる。まあ、髭を剃って、あんたらの僧服を借りることになるがな」

「な、なに?」

「こんな身なりで連中の前に出ても、冒険者風情と舐められる。だからあんたら教会の正邪省の、異端審問官のふりをする。幸い、こっちには異端審問官に詳しい奴がいるし、そう見せるだけの実力もある」

散々異端審問官とやり合ってきたファルオーネなら、それっぽい振る舞いはできるだろう。

そして、合成魔石があるので、実力以上の魔法使いだと見せることはできる。

「連中も異端審問官に手を出したら、教会の正邪省が黙っちゃいないとわかっているはずだ。それなら隣の大司教区から増援が来るまで、間を持たせられる。その間に、こいつらが聖女の話を調査する。ついでに金貨も前払いだ。俺たちが協力するのは、これが絶対条件だ」

ジレーヌ領を助けてくれた時のゲラリオとは違い、交渉はかなり強引だった。

ただ、それは理由のないことではなかったようだ。

最後に皮肉っぽく笑い、こう付け加えたのだから。

「騒ぎが収まると手のひらを返すのが、あんたらだからな。しかも、大司教区から援軍が来たとなれば、俺たち相手に強気に出るだけの理由はごまんとある。そうだろう?」

意地悪く言うゲラリオに、司教は賢明にも反論しなかった。

身に覚えがありすぎるからか、ここは殊勝に振る舞うしかないとわかっているからか。

「……わかった」

司教は折れ、しかしすぐにゲラリオを睨みつけた。

「覚えておけ。約束の報酬は必ず払う。なんなら倍支払おう! 我らの信仰を疑われたとあっては聖女様に顔向けできんからな!」

ゲラリオはデリカシーがないが、人のプライドを刺激するのもうまい。

あっさり報酬を倍に釣り上げ、飄々とした様子で手を差し出したのだった。