軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07 暖炉とデザートワイン

寝室の暖炉の前の一人がけのソファに座った陽子さんは、マリアの顔を直視できず、少しだけ引きつった笑顔で目を水平に泳がせた…

(やっぱり、14で寝酒にワインが呑みたい…は無理がある…わ…よね)

かと言って、寝る前にホットミルクとビスケットは避けたい。

昔読んだ漫画に、寝る前にはちみつ入りのホットミルクとビスケットを用意されるお姫様のシーンを見て憧れでやってみたことはあるが…

温めた牛乳は一口しか飲めなかった。まず匂いで躓き、味で玉砕した。

牛乳は冷たいものに限るわ。ホットミルクは断固拒否よ。

ここは、無難にやっぱり紅茶をと言うべきかと迷っていると

「かしこまりました」

かしこまりました?

かしこまりました!

窓ガラスを見つめ思わずニンマリした陽子さんは、歓喜に震える胸を抑えできるだけ平静に感情を込めず「ありがとう」と言った。

しばらくすると、マリアがダイニングルームの方からティーカートを押してきた。

ワインカートと兼用なのであろう。

カートの上にはチェリーやいちごと数種類のチーズが品よく盛られた皿。

それに一本のワインがワインバスケットに入って横たわっていた。

アデライーデが座る耳付き椅子…ウィングチェア…の横のサイドテーブルにカートを付けると、マリアはアデライーデに声をかけた。

「こちらはデザートワインで、ベアトリーチェ様がお好きだったワインと聞いております」

「マリア…ありがとう」

マリアは、グラスにたふたふとワインを注いだ。

「マリア、今日はもういいわ。私は適当に休むからあなたも休んで」

「はい。何かございましたらベッドの脇の呼び鈴でお呼びください」

ベッドの脇に天井から下げられた艶を消した少し太めの紅い紐がある。

昨日なんだろうと引いたらマリアが飛んできたので、マリアの部屋に繋がっているのだろう。

マリアが下がってから、陽子さんはベアトリーチェが好きだったというワインを口にした。

前世デザートワインの定義は国によって違う。

この世界ではどんなワインなのだろう。

口に含むと、渋みはほとんど無く甘みの強い軽い口当たりのワインだった。

ウィングチェアに深く座りオットマンに足を置いて暖炉の火を見つめた。

パチッと焚べた薪から音がする。

「まさか59で死んじゃって、異世界に来て14才になって、お姫様になるなんて…」

陽子さんはつぶやく。

そう。陽子さんは前世59才だった。

前世の陽子さんは二人の子供を持つ平凡な主婦だった。

大勢の同年代と同じく、20代で結婚をし男女一人ずつ子供を産み子育てにひーひー言い、子供の手が離れたら派遣会社に社会復帰した。

それなりに小さな喧嘩や反抗期はあれど、不倫も家庭内暴力も無く、所謂平々凡々とした庶民な家庭。

数年前に手に入れた小さな家でこのまま夫と二人いや…にゃーごとガブリエル二人と二匹で暮らしていく予定であった。予定外にまだ子供たちは家にいるが。

定年退職まであと数ヶ月を残したあの日。

それまでの平凡すぎる日常から、この異世界に来た。

もう何がどうやってとかこうなったかは全くわからないし、戻れるのかもわからない。戻ったとして交通事故にあっているなら陽子さんの体は死んじゃってるかもしれない。

あれは、今まで体験したことない痛みだった。

医療保険、最低限のしか入ってなかったし…葬儀とかお父さんちゃんとやれているのかしら。

早いかもねとか言いつつ、大まかだけどエンディングノート書いて良かったわ。

陽子さんは、一人になってまず家族の心配をした。

自分はどうとでもなるが、残された家族特に夫の 雅人(まさと) さんと猫のにゃーごとガブリエルが心配だった。

特に雅人さんは、仕事はできるが家事は壊滅的にダメな人だった。

しかも、やる気があるダメなタイプである。

余計に陽子さんの手が増えるがやるなとも言えず、陽子さんは子供の躾以上に気を使い雅人さんには自分の事は自分でやる。使ったものはもとに戻す。ものの場所を覚える。足らないものは補充する役割を子どもたちと一緒に10年かけて覚えてもらった。躾は一度で済ませたほうが効率がいい。

今では料理洗濯掃除以外は完璧だ。

いつでも施設に入れる位にはなっている。

にゃーごとガブリエル、大丈夫かしら…。

特ににゃーごはママっ子で、家では陽子さんのそばから片時も離れない子だ。トイレもお風呂もついてきていた。

寝るときですら陽子さんの足の間に寝ている子だ。

急に私がいなくなったら寂しがるだろうな…少ししんみりする。

ガブリエルは、パパっ子だから少しは安心だけど…

神経質なところがあるからね。

そう思いつつ、また一口ワインを呑んでからマリアが用意してくれたプレートに添えられた二股の金色の小ぶりなフォークを手にとった。

ころりとした丸いチーズを刺して口に入れる。

カマンベールみたい。美味しいわ。

陽子さんは、チーズを味わうとまた暖炉の火を眺めた。