軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

474 華やかさと艶やかさ

パチパチと寝室の暖炉の薪が 爆(は) ぜる。

陽子さんは暖炉の前の寝椅子に寝転がってカトリーヌから贈られたハナミズキの髪飾りを見つめていた。

フォルトゥナガルテンでなにがあったか薄々察しているマリアから聞いたところによると、ハナミズキの花言葉は『感謝』と言う意味があるらしい。

輿入れの祝いの品を確認してもらったら、カトリーヌからは母のギルビット妃と連名で銀のワイングラスセットが届けられていた。

連名で贈られている以上、カトリーヌが個別に贈ってくる必要はない。

ー感謝…ねぇ…。あの後、なにか思うところがあったのかしら。一応、あの時の事は私の不注意での怪我って事にして誰にも言わないようにと言ったから『私からの結婚祝い』って書いた?

そう思いながら、陽子さんはサイドテーブルに置かれたボトルからワインをグラスに注いで、寝椅子の肩にもたれかかり、昼間の事を思い返しながらワインをぐびりと飲んだ。

「ケヒェルト工房…」

髪飾りの裏の目立たない所にある小さな刻印と銀の箱の裏底に刻まれたサインを確かめてマリアが呟いた。

「有名な工房なの?」

「……ええ、まぁ…カトリーヌ様付きの侍女の間では有名な工房でしたね」

各妃や皇子皇女にはその身位や年齢に合わせて 帝国(くに) から品位保持(主に服飾関連)に毎年決められた予算がつく。

でも、 妍(けん) を競い合う妃同士とその子達は、大抵与えられた予算をオーバーしてしまう。そのオーバー分は妃の実家が妃や皇女達への献上品として贈るのだ。それらは将来降嫁や臣籍降下した時に個人資産として持っていける。

ギルビット妃もカトリーヌもドレスや宝石が好きで、よくダランベール侯爵家からメゾンや宝石工房が派遣されていた。

ギルビット妃には令嬢時代からの付き合いがあるいくつかのお気に入りの工房が付いていたが、カトリーヌは意匠の好みが難しい上に、気に入らなければほんのちょっとした細かな細工でも許さず何度でもやり直しを命じていた為同じ工房が長く続かなかったようなのだ。

その中で、唯一続いていたのがケヒェルト工房なのだとマリアはいう。

「確か金細工が得意な工房でしたわ。他の工房は『皇女様のご要望に沿う職人が我が工房にはおりません』と再度の派遣を辞退する工房も多かったと聞きました」

ダランベール侯爵がカトリーヌの為にと派遣する工房ならそれなりに貴族の気まぐれや我儘に慣れているはずなのだが、それらの工房が音を上げるくらいなのだから、カトリーヌの要求がどれほど高かったのかは想像に 難(かた) くない。

「確かに、何度も…本当に呆れるほど何度も作り直させたカトリーヌ様お気に入りのダイヤとルビーの首飾りは、それはそれは見事なものでした」

「もしかして、フォルトゥナガルテンにいた時につけていた首飾り?」

「はい」

確かにあの時、フォルトゥナガルテンでカトリーヌは大粒のカボションカットのルビーがついた見事な首飾りをしていた記憶がある。

どんな時にでも、相手のファッションやアクセサリーに目が行くのは女性の性なのかもしれない。

「帝国に帰ってからのカトリーヌ様のご様子って、マリアはわかる?」

「いえ、アメリー様もバルクにいらっしゃっていますから…。私の実家もさほど社交に明るい方ではないので…」

「そう…よね」

「あ、でも信用のおける侍女の友人が1人おりますので、手紙で聞いてみましょうか? わかる範囲は社交界で知られている程度になると思いますが…」

「そうね。噂話程度で良いわ。お元気にしているなら、それで良いと思うから」

マリアはすぐに手紙を書き、アリシア商会に手紙を託したのが夕方。返事が返ってくるのは多分2、3週間後の年の瀬あたりになるだろう。

ワインを飲みながら、陽子さんはサイドテーブルに置いてある髪飾りに目をやった。

蝋燭の光を受け、レッドゴールドの花びらは昼間見た時より深く 艷(つや) やかな赤みを増し、昼には控えめに見えていた花芯のルビーが蝋燭の揺らめきに合わせ、きらきらと煌めいていた。

昼の陽の光の下では清楚な華やかさを、夜の蝋燭の光の下では大人の女性が持つ 艶(あで) やかさを放っている髪飾り。

カトリーヌはどんな思いを込めてこの髪飾りを贈ってきたのだろうか。

ー多分、あの時壊した髪飾りの代わりにって意味よね。

陽子さんは髪飾りをひょいと摘む。

ー薫も私に叱られた後、すぐには謝れなかったわね。何日か不機嫌が続いてから思い出したようにコーヒーを入れてくれたり、新製品のお菓子をコンビニで買ってきたのよね。さも『ついでに』って感じで。

にしても、どう見てもこれは手の込んだ一流品の髪飾りである。流石は王侯貴族。お詫びの品もコンビニのお菓子とは 理由(わけ) が違うと感心して、蝋燭の光でルビーをきらきらさせた。

ーまぁ…ごめんなさいとは書けないわよね。あの年頃だし、ほとんど会ったこともない『妹』との口喧嘩の果てのことだもの。素直な言葉じゃなくても気持ちは伝わるしお詫びの品も贈ってきたし、数ヶ月かかったとはいえ、ちゃんとしている方だわね。

ふと薫と比べてみた。

薫が陽子さんに叱られて、子供の頃のようにすぐに謝れるようになったのは、社会人になって後輩を持って数年経った頃からだろうか。

ーあら…つい最近だわ。

陽子さんはくすりと笑って、髪飾りに微笑んだ。