作品タイトル不明
472 ノアーデン風ラバーブレッドとお好みソース
思ったより多くの木箱の小箱が届けられ、中を開けるとそれぞれに乾燥した海藻が入っていた。
陽子さんが見ても種類がわからないものが多かったのだが、1つ細長い木箱を開けるとそこには陽子さんが祈り続けたパリパリに乾いた海藻が1枚横たわっていた。ちょっと端は欠けているが…。
ー昆布だわ!! やっぱりあったのね!
全長1.5メートルくらいの乾燥した昆布。
昆布の種類は日高、羅臼、利尻と色々あるが、陽子さんはあまり昆布の種類の見分けがつかない。でも、これは前世で使い慣れた昆布に間違いない。
「うふふ」
さっそく端っこをパキリと折り、口に入れようとしたらマリアがアデライーデの手から慌てて昆布の欠片を取り上げた。
「あー!」
「アデライーデ様! また、すぐに何でもお口に入れようとして!」
「大丈夫よ。ノアーデンで毒味をした物を送りましたってお手紙にも書いてあったし」
荷物に添えられた手紙を斜め読みしたら、確かにそう書いてあったのだ。
他国の王族に頼まれたとはいえ、贈った物に毒があったとなれば国際問題になる。ノアーデン側は慎重に毒味を重ね送ってきているようだった。
「マリア殿。僭越ながら、私が味見を致しましょうか?」
「アルト様…またアデライーデ様を、そのように甘やかして!」
「いいでしょ? マリア…」
マリアは食に保守的だ。アルトは反対に食に対して柔軟で、漁師のハイニー爺さんにあのウニを勧められるがまま生で口にした男である。その男が、キラキラとした目で興味深そうに昆布の欠片を見つめていた。
うるうるとマリアを見るアデライーデと、キラキラとした目でマリアを見るアルト。
マリアは渋々昆布をアルトに手渡した。
「…ふむ。磯の味がして…しょっぱいですね…あ、でも噛むと、不思議な味が出てきます。この海藻の味でしょうか…」
ーそうそう。それが昆布の味よ。
アルトの昆布の味見の実況中継を聞きながら、陽子さんは添えられてきた手紙をじっくりと読み返していた。
「アルト様、大丈夫ですか?体に変化はありませんか?」
「いえ、大丈夫ですよ」
「では…」
「あら!」
「「え?」」
手紙を読んでいたアデライーデが、素っ頓狂な声をあげ、アルトとマリアが振り返る。
「海藻、ノアーデンでも食べられていたそうよ!」
「え!」
陽子さんは一番小さな木箱を開ける、その中にあった黒い物体が詰められた瓶詰めを取り出した。見た目は、前世で小さい頃から馴染みの深い『◯◯◯ですよ!』のようである。
『海藻の煮込み』と小さくラベルが貼ってあった。
アデライーデの依頼で海藻を送るのとは別に、ステンは海沿いの漁村を回ってくれていた。
ほとんどの漁村では海藻は焚き付けや肥料として使われていたが、とある北の小さな漁村だけで食べられていたと手紙には書かれていた。
その村の奥さんが言うには、岩に生えるこの海藻をぐつぐつ煮込んでパンやじゃがいもに塗って食べたりミートボールのかさ増しに使ったり、麦と刻んだ貝と混ぜハンバーグのようにして食べていると教えてもらったそうなのだ。
そのままでは味が感じられず磯の香りがするだけだったので、ステンはコンソメで煮込んで送ってきてくれている。さっそく蓋を開けると、濃いコンソメの香りとふわりと磯の香りがした。
『バター付きの白パンと合うかと思います』
添え書きにはそう書かれている。
さすがにノアーデンの料理人が作った瓶詰めの物を食べるのにマリアは異を唱える事はできず、黒い海藻のジャムもどきの試食を始めたアデライーデとアルトを見つめていた。
カリッ
ーあ、これ。海苔だわ。
『海藻の煮込み』は日本の海苔の佃煮と違って、ちょっと塩味が効いた洋風のさっぱりとした味だった。確かにバターと合う。
ー海苔トーストとも、佃煮トーストとも違うけど、これはこれで美味しいわね。
日本の海苔の食べ方とは似ても似つかないが、それでも陽子さんにとっては日本を思い出せた。
ー子供達が食べ残したトーストに、瓶に少しだけ残った『◯◯◯ですよ』や、鮭フレークをかけて食べたっけ。
2口目を齧りながら、子供達が小さかった昔を思いだしていた。
そんな感傷に浸っていたら、やっぱり食べ慣れない物に躊躇するマリアに、アルトはレモンを用意したりマリアの好きなオレガノを散らしてあげたりと、こまめにお世話してあげているのに気がついた。
もぐもぐもぐもぐ
ーそう言えば、好みの激しかった薫に裕人もよくああやって「これかけたらおいしいよ! これと一緒なら食べられるんじゃ」って、やってたっけ。
普段はしっかり者の薫がのんびりした裕人のフォローをしていたが、食事の時だけは好みが激しく食の細い薫のお世話を焼いていた。
「…やっぱり…あまり…」
「だめでしたか…、では残りは私がいただきます」
アルトはマリアの皿を自分の方に引き寄せ、パクパクと残りのトーストを口にする。
三口目を齧りながら、陽子さんは二人に子供達を重ねていた。
そんなこんなで、飛び入りだったノアーデンの海苔のラバーブレッドの試食は終わり、陽子さんは昆布で出汁を取り始める。
固く絞った布巾で昆布を拭いて、目分量の昆布をしばらく水に浸けてからお鍋に火をかけ、昆布の切り口から細かい気泡が出てくるのを待ち出汁を引くと魚醤を入れて味を整え、待望の温かいおうどんを作った。
「いただきます!」
一味がわりのレッドペッパーをぱらりとかけ、おうどんをちゅるちゅると食べた。家のうどんは鰹節と白出汁のお汁だったから昆布出汁とはまた風味が違うが、正真正銘の日本の味。
ーあぁ、これよこれ! お出汁の味!懐かしい…ずいぶんと久しぶりだわ…。今度は天かすも作ってたっぷり入れたいわね。昆布が手に入るならあんかけうどんや鍋焼きうどんも作れるし…
陽子さんは、お汁の一滴も残さずおうどんを平らげた。
全体的に薄味だったからかもしれないが、馴染みのないスープの味に麦の味だけの麺。小麦の味だけと言うならパンも同じなのだろうが、最初、温かいうどんはあまりアルヘルムにも離宮の兵士達にもウケは良くなかった。
その後、アデライーデはソース焼きうどんを作るため、焼きうどんに合うちょっと甘めで焦がすと美味しいとろりとしたソースの開発に手をつけた。
数年後、完成したソースはまろやかな甘さと深いコクを持ち、アデライーデに『お好みソース』と名付けられたそのソースはフローリア大陸のみならず南国ズューデンの貴族達の間で爆発的な人気となり、バルクの大きな輸出品となる。
日本の庶民の味のソース焼きうどんは、この世界では高級料理となったのだ。
お好みソースにはズューデンのデーツをはじめ数種類の野菜と果物、数十種類のスパイスに各種のブイヨンと隠し味に粉末昆布も使われている。
ノアーデンとバルクは昆布の専売契約を結び、アデライーデからステンに粉末昆布が贈られ、ステンはそれを元に繊細な味の『海香る海苔のスープ』を作り、レシピをノアーデン王家に献上した。
ステンはノアーデン王室からそのレシピの献上とバルクとの昆布専売契約のきっかけを作ったとして男爵位と北の漁村の領地を授かった。
離宮のキッチンでの、ステンの身の縮むような受難は報われたのである。