軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

469 メンチカツとかっこよさ

がちゃり

「なんだ、まだいたのか」

「あぁ、蟹と一緒にノアーデンから軍事教育協定にもっと幅を持たせたいと書簡が来ていたろ? 夕刻までハルデンベルク将軍らと話していたのを纏めているんだ」

とっぷり日が暮れている時間に離宮から帰ってきたアルヘルムが執務室に入ると、珍しくこんな時間までタクシスがいる。最近は祐筆文官が増え業務改善が進み、ほぼ定時に王宮を下がるタクシスがこんな時間まで執務室にいるのは珍しい。

アルヘルムは共に入室したナッサウに目配せをすると、ソファに腰を下ろした。

「どうだったんだ。離宮にノアーデンの料理人を連れて行って。何でも今朝ノアーデンの船から『追い蟹』をしたそうじゃないか」

すでにタクシスの耳には、今朝追加で離宮に蟹が届けられた事が入っているようだった。

「あぁ。私が離宮に行く前に、アデライーデが料理人達と最初に届けられた蟹を半分、味見で食べてしまっていてな」

「はぁ? 半分?」

王宮に届けられた蟹をタクシスも検分したが、かなりの量だった。離宮にはそれに比べて少なめとはいえ、決して少なくない量のはずだ。

「そりゃ…、大層お気に召されたんだな…。まぁ…確かに旨かったが…」

「くくっ…、ノアーデンの料理人達が感動するくらいな」

まぁ…確かに料理人達はアデライーデ達が蟹を半分食べ尽くしていた事とノアーデンの為に考案されたスープカレーに感動していた。

それよりもいろいろな心労と極度の緊張により料理人頭のステンは最後は灰のように真っ白に燃え尽きていたのだが、アルヘルムはその辺りは知らない。

昨日タクシスも王宮に届けられたタラバガニの振る舞いで、高位貴族やテレサ達と一緒にノアーデン流の蟹料理は口にしている。

「もう終わるのか?」

「ん? ああ、これが最後のサインだ」

「ちょっと付き合え。土産があるんだ。今、用意させてる」

「……」

「メラニアは叔母上の所に行ってるだろ?」

にやりと笑ったアルヘルムは、棚から蜂蜜酒を出してきた。

そう。美味しい物はみんな大好きだ。ましてや舶来物の珍しい生きた食材。こっそり一杯分けてもらったメラニアは料理人を一人借りてアルヘルムの叔母…義母の屋敷へ出かけているのだ。

タクシスは、メラニアが不在なら定時に帰る意味がないとの残業である。

ナッサウがソファ脇に置いたワゴンで二しゃぶしてから、サービングカトラリー(サーブ用の一回り大きめのカトラリー)を優雅に操り、タラバ様の御御足をきれいに一口大に切り分け皿に盛った。

「旨いな、昨日食べたものより甘みが強い」

ご機嫌にタクシスはかにしゃぶを口にする。

本当は、熱々をそのままかぶりつくのが美味しいのだが、多分ナッサウ的には受け入れられないのだろう。

続いてナッサウは、小瓶から薄いオレンジの何かを掬い取ると、薄切りにした一口大の黒パンに見栄え良く塗って、コロッとした揚げ物の小山の横に盛りつけるとオードブルプレートをテーブルに置き、一礼をして出ていった。

「ほう、旨いな。なんだこれ、蟹か?」

「かにのオリーブオイル漬けだよ。酒のつまみにいいぞ」

タクシスが手を取ったのは、淡いオレンジ色にところどころ赤みがある蟹のほぐし身のディップが載ったカナッペだ。

ニンニクや唐辛子でほぐし身を炒めオリーブオイルで包まれたディップには、蟹の旨味がぎゅっと凝縮されていて時折顔を出す唐辛子のピリッとした辛さが蟹の甘味を引き立てていた。

「こっちは…?」

ころころの揚げ物の山をタクシスは指さした。

「かにクリームコロッケとメンチカツだ」

「ん? かにクリームコロッケは想像が出来るが、メンチカツってなんだ?」

「まぁ…食べてみろよ」

アルヘルムに指さされた揚げ物を口にいれると、サクサクした衣から肉の旨みと玉ねぎの甘みが凝縮された肉汁がじゅわっと溢れ出る。

「旨いな。ハンバーグを揚げているのか」

「そうだな。アデライーデはノアーデンでミートボールが親しまれていると聞いて、好まれるんじゃないかと即興で作ってくれたんだ。何でも肉の配合がちょっと違うらしい」

「相手国の親しまれているものから、すぐに作り出すとは…、相変わらずだな。我が国の正妃様は」

タクシスは笑ってかにクリームコロッケを齧った。とろりと溢れ出すクリームにちょっと慌ててハンカチをとり出す。

「で、このかにクリームコロッケとメンチカツのレシピを渡したいと?」

タクシスは口を拭きながら、アデライーデが言い出しそうな事をアルヘルムに投げかける。

「あぁ、スープカレーのレシピも一緒にな」

タクシスはスープカレーをまだ知らない。だが名前から察するにカレー粉を使ったスープに間違いないだろう。

「ふん」

口調から察するに、すでにノアーデンの料理人達にはもう言ってしまってるに違いない。タクシスは事後承諾を鼻を鳴らして渋々受け入れた。

「アデライーデからはレシピとカレー粉。私からはフライヤー2基と…」

「と?」

訝しげな目でタクシスはアルヘルムを睨む。

フィリップの未来の妻の国になるとは言え、蟹の返礼にこれ以上は大盤振る舞いもいいところだ。

だが、睨まれたアルヘルムはそんなタクシスを気にもせず、蜂蜜酒の入ったグラスを手にとった。ソファに深くもたれかかりソファの背に左腕をかけ、にやりと笑って蜂蜜酒を口にする。

「お前からは、フライヤーへ共に刻印を打たないかとの誘いの手紙だ」

しばらくの 後(のち) 、カニ足のおかわりを持ってきたナッサウが見たものは…

ワゴンを囲み、どうすればかっこよく手首を返してカニ足をしゃぶれるかを侃々諤々(かんかんがくがく)と議論しているかつて少年だった男達であった。