作品タイトル不明
464 かにしゃぶととんがりキャベツ
「そうか…それで贈られたタラバガニを、既に半分食べてしまった…と」
「うう…。はい…」
アルヘルムの問いにアデライーデは、消え入るような声で小さく頷いた。
そう。タラバ様は素晴らしく美味しかった。
美味しすぎた。気がついた時には蒸して焼いてバター焼きにして…と、みんなで食べまくったのだ。はっと気がついた時には贈られた小樽達のうち半分空いていた。
「『味見』の範疇は超えておりますな」
ーごもっともー!
レナードの呆れたような呟きに、アデライーデは顔を真っ赤にした。
「ぷっ! くくくく…」
ついに笑いを堪えきれなくなったアルヘルムは、声に出して笑い始めた。
「ごめんなさい…」
「私も一緒になってしまい、アデライーデ様をお止めできませんでした。申し訳ございません」
アデライーデの後ろでマリアも赤くなって頭を下げる。
魚があまり得意でないマリアも海老は好物で、当然同じ甲殻類のタラバガニも美味しくいただいた。
そして、カニスプーンを使って複雑な本体の身を掻き出すのが意外に楽しく、マリアは料理人達と無言で黙々と掻き出し続けたのだった。
出迎えられてすぐにホールでの「実は…半分食べてしまったの」とのアデライーデの告白にノアーデンの料理人達は一瞬ぽかんとしたが、すぐにそんなにノアーデンのタラバガニを気に入ってもらったのかと喜んだ。
サーモンを贈った時もだが、正妃様はノアーデンの食文化に多大なご興味を持たれている上にお好みになられている。その事はいたく料理人達の胸を打った。
「大丈夫でございます。少し小型になりますが船にはまだ蟹がございます。すぐに持ってくるように手配致します!」
「え! ほんとに? まだある…」
アデライーデがぱっと顔を綻ばせたとたん、素早くレナードが咳払いをした。
「うおっほん! うおほん、うおほん!」
ノアーデンの料理人達はすぐにアルト達と厨房に向い、アデライーデ達はレナードの咳払いですぐに居間へと連行されたのだった。
「いくら美味であったとはいえ、贈られた蟹でノアーデンの料理人はこれから料理するのでございますよ。彼らなりの献立の予定というものがあったはずです」
「はい…」
ーですよね…。
あるべきだったはずの材料がない。主婦としてそれがとっても困るのは身をもって知っている。
過去に陽子さんも薫や裕人がお弁当用に取っておいたおかずや朝ごはん用の食パンを夜食で勝手に食べてしまった事を叱っていたからだ。
『どーして、夜食用のカップ麺やお菓子食べなかったのよ?! お弁当作れないじゃない!』
『えー、カップ麺とかお菓子って気分じゃなかったんだもん』
『もう! 今日のお弁当はおにぎりだけだからね!』
そう言って早炊きで米を炊き、ぷりぷり怒りながら昆布の佃煮おにぎりを何度も作った。
「……以後、気をつけ…たいと思います」
ウニ事件以来のレナードのお説教に、陽子さんは神妙な顔をして返事をする。が、「ます」という自信が無くての「思います」なのだ。
なぜなら陽子さん自身も幼い頃、兄の崇と頂き物の泉屋のクッキー(当時滅多に食べられなかった高級缶入りクッキー 浮き輪の形をしたクッキーが有名)を、味見と称して今回と同じくらい食べて怒られた幼い頃の記憶が蘇ったからだ。
三つ子の魂百までも。
食いしん坊はアラ還の今も変わらない。
「まぁ、良いんじゃないか? ノアーデンの料理人達も喜んでいたし。多分王宮で作った料理と同じ物を出すはずだから、足りなければ私の分は外して貰うと良い」
アルヘルムがレナードのお説教に助け舟を出すと、レナードがアルヘルムをギロリと睨んだ。
「アルヘルム様がそうやって、お甘やかしになられてどうするのですか。アデライーデ様にはノアーデンに対してバルク国正妃という体面もございます。大体アルヘルム様も…」
まずい…とばっちりがアルヘルムの方に向かい出した。
「そ…それなのだけど、お詫びにタラバガニを使った新しいレシピをいくつか考えてみたの」
お説教の雲行きが怪しくなったのを察知した陽子さんが、レナードが振り上げた正論を『新しいレシピ』という盾で躱す。
「ん? 新しいレシピだって?」
レナードのお説教のとばっちりを避けたいアルヘルムは、話題を変えようと素早く新しいレシピに食いついた。
「はい。これから寒くなってきますから、温かい料理がいいかなと。ちょうどとんがりキャベツの旬ですしそれを使って簡単に作れる鍋料理なんです。アルトには既に作り方を伝えているので、今頃ノアーデンの料理人さん達も聞いているかと思います」
「それは楽しみだな。レナード、ちょっと厨房の様子を見に行ってくれないか。ノアーデンの料理人達が戸惑っているといけないからな。何かあったら知らせてほしい」
「…承知しました」
体よく追い出されたレナードを見送って、アルヘルムはアデライーデにソファの隣を勧めた。
「なんていう料理なんだい?」
「かにしゃぶって、名付けました」
「かに…しゃぶ?」
「蟹をこうやってしゃぶしゃぶするから、かにしゃぶですわ」
しゃぶしゃぶ?
晩餐が始まるまで、アルヘルムはしゃぶがどのようなものかで頭を悩ますこととなる。