作品タイトル不明
455 晩餐会と始まりのダンス
「王宮ではテレサ様に、こちらでもアデライーデ様にと手厚くおもてなしを頂き、感謝致します」
「楽しんでいただければ、嬉しいですわ」
くるりくるりとステップを踏んだくらいにラグナルがアデライーデに話しかけてきた。陽子さんは微笑みながら当たり障りのない返事を返す。
できるだけ定型文で返すのは、頭を働かせない為だ。陽子さんに社交ダンスの経験はないが、アデライーデの身体がステップを覚えている。
余計な事を考えずに相手のリードに任せていれば、自然と身体は動くから心を無にして今までのダンスも乗り切ってきた。
エルンストやアルヘルムは言うに及ばす、高位貴族の男性諸氏もダンス慣れしていてリードは上手く、また彼らは不敬にならぬようダンス中の会話は「羽根のようなステップですね」や「音楽を楽しむさまに見とれました」と、 一言二言(ひとことふたこと) の最小限の会話だったのが幸いしていた。
「こちらの離宮は素晴らしいものですな。歴史ある佇まいで。特に前庭の薔薇とシャンデリアが見事です」
「はい。私もとても気に入っております」
くるり
ーラグナル様。あまり話しかけないでー。
ダンスは約2分半。主婦タイマーの体感で残り時間はあと1分半。なんとかその時間を無事にやり過ごしたい陽子さんは、全力で頭の中を空っぽにして笑顔をつくる。が、そんな努力は知らないラグナルは続けざまに話しかけてきた。
「アデライーデ様は、お輿入れからずっとこちらにお住まいとお伺いしておりますが」
「はい」
くるり
「来年も、前庭の薔薇が見事でしょうね」
「はい。今から楽しみにしています」
くるり
ーなんでこんなに話しかけてくるのよー! 返事してたらステップ間違えて、足踏んじゃうのよー!
顔は笑顔だが、心の中で陽子さんは焦っていた。
今回舞踏会を開くにあたって身体任せのステップではなく、ちゃんと自分自身が簡単なステップを覚えた方が良いかなと思い「おさらいをしたいから」とレナード相手に練習をしたのだが、初手からぎくしゃくしてレナードの足を踏みまくっていた。
小学校で習う最初のダンス。マイムマイムはステップどころか早足とジャンプで誤魔化し、6年生で習う簡単なステップのオクラホマ・ミクサーは初めて男子の手を取る緊張でステップが分からなくなっていた陽子さんである。(陽子さんが小学生当時、男女で手を繋ぐなんて絶対になかったので)
そんな陽子さんは、どうにも相手のリードに任せてステップを踏むというのができなかった。
「アデライーデ様、一度お茶をしてみられては?」
エルンストとのダンスも、バルクでの披露宴でのダンスも笑顔の無心ダンスで乗り切ったアデライーデを知っているマリアが何かおかしいと声をかけてくれ、一旦とった休憩で陽子さんはすっぱりと自分自身がダンスを覚える事を諦め、無心ダンスを貫くと決めた。
ーオクラホマ・ミクサーですらステップを間違う私を舐めないでほしいわ!
ラグナルの足を踏んで始まりのダンスを台無しにしてはいけないという緊張感からか、わけの分からない八つ当たりをし始めた陽子さんは、反撃を始めた。
「リネア様は本当に可愛らしい方ですわね」
「はは…、ありがとうございます」
くるり
「フィリップ様とのダンス、とても息が合っていますわね」
「そう…ですな。フィリップ殿のリードが上手いからでしょう」
愛娘のダンスを横目で見て、ラグナルは答える。
くるり
そう。質問を受けるより当たり障りのない質問をする方が無心になれる。返事の返事は笑顔だけでいい。
残り時間、体感30秒!
「私、リネア様とのおしゃべりをとても楽しみにしていますの」
「……。感謝致します」
くるり
その会話以降、なぜかラグナルは黙ってただ微笑んでいた。
ちーん。
陽子さんの頭の中で主婦タイマーがダンスタイムの終わりを告げた直後に楽団が静かに曲を締めくくると、女性は終わりのカーテシィを、男性は軽く会釈をして始まりのダンスが終わりとなる。
ーやったわー! 無事に終わったわ!
主賓男性との始まりのダンスは舞踏会を主催する女主人の義務であるが、それさえ踊れば女主人の仕事は客人の接待となる。始まりのダンスを無事に終わらせた達成感に浸りながら、陽子さんはゆっくりと顔を上げた。
「ラグナル様、とても踊りやすくリードして頂いてありがとうございます」
「アデライーデ様こそお上手で、いつもより曲が短く感じられる程でした」
ダンス直後のお決まりの会話を交わしたあと、ラグナルはアデライーデに飲み物を勧めた。
「何かお飲みになりますか?」
「そうですね。ソファでいただきましょうか」
これは主賓男性からお決まりの言葉らしく、ラグナルはアデライーデを用意されたソファの方へエスコートする。
本来舞踏会は若い男女の出会いの場である。女主人の始まりのダンスは異性を誘うきっかけなのだ。きっかけさえ作れば、あとは若い者に任せる為に引っ込む。
通常大勢の貴族を招く舞踏会でのダンスは同じ異性とは2回まで。婚約者となってから3回目を踊れるが、今日の舞踏会はあくまでアデライーデの個人的な舞踏会で出席者はノアーデン王家と宰相夫妻のみ。少人数の為、回数の制限は設けないと知らせてある。
ちらりと見ると、フィリップはホールの一角のデザートテーブルにリネアを誘い、アデライーデが作った淡雪や琥珀糖などの菓子を紹介していた。
フィリップ達の後ろにはレナードが控えていて、すぐそばのバルコニーには二人の為の特等席が 設(しつら) えてある。
フィリップとリネアは、楽しそうにお菓子を選び始めアルトが張り切ってプレートに美しく菓子を盛り始めた。
ーふふっ、いいわねぇ。初々しくて。見ているこっちが幸せな気分になるわ。
フィリップ達を微笑ましく見るアデライーデの横顔をラグナルはちらりと見ながら歩を進めた。