軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

446 球ころとスター

「これは、ビリヤード台…ですよね?」

フィリップは訝しげな顔をして見慣れたビリヤード台を指差した。

この世界にもビリヤードという遊びはある。

元々野外で始まった兵士の玉当て遊びがこの世界でのビリヤードの始まりで、それゆえ貴族男性の嗜みとして広く親しまれフィリップも貴族学院に入ってから手ほどきを受けている。

元々は男性貴族だけが楽しんでいたが、室内遊戯となり、徐々に貴族女性もビリヤードが普及するようになった。

特に姿勢を崩さなくて済むレストやブリッジと呼ばれる先端が王冠状になった補助スティックが普及しだしてからは、それを使って貴族女性もビリヤードを楽しめるようになり、社交の場で男女を問わない遊びとして知られている。

ちなみにテレサも小さな自分専用のビリヤードルームを持ち、コルセットを付けないティーガウンを着て楽しむ程に好んでいる。

それほど普及しているビリヤードを新しいゲームと言われて、フィリップはなんと言っていいか分からずにいた。

「そうだ。だが、これは少し遊び方が違うんだよ」

「遊び方が違う…のですか?」

「はい、このゲームはキューは使わず手で球を転がすんです。で、転がした球に当てちゃダメですし、ポケットに落としてもダメなんです」

「え? ビリヤードなのに球を当てちゃダメなんですか?」

「そうだ。当てても落としてもダメだ」

ちなみにビリヤードは日本語で 撞(つ) く 球(たま) と書いて 撞球(どうきゅう) …ビリヤードと読む。

球を撞かず、当てずではビリヤードとして成り立たないのでは?と不思議そうな顔をするフィリップを見て、すでに離宮で散々楽しんだアルヘルムは、楽しそうに笑う。

「口で説明しても分かりにくいですよね。アルヘルム様とやってみますね」

「久しぶりだな。今日こそは借りを返さねばな」

「望むところですわ!」

そう言うとアデライーデは15個の的球と手球を全てヘッド側のクッションに並べた。

「ルールは簡単で、投げる時にヘッド側の2ポイントまでに手を離すこと、ボールをフット側の2ポイントより奥に入れること、他のボールに当たらないこと、ポケットに落とさない事です。他の球に当たったり落ちたりしたらその時点で負けで、全ての球を投げ終わったら、より多くの球を2ポイントよりフット側に置けた方が勝ちです」

そう言うとアデライーデとアルヘルムは交互に手で球を転がした。

単純なゲームだが、だいたい8球目くらいから難しくなる。コツはフット側2ポイントのぎりぎりに球を置く事だが、相手がクリアすると同時に自分も自分が置いた球で苦しくなる。

このゲーム、『球ころ』というビリヤード苦手勢でも楽しく遊べるゲームなのだ。

バブル華やかなりし頃、映画『ハスラー2』の影響でビリヤードが日本中で大流行し、世にプールバーと言うものがあちこちに出来た。新しもの好きの若人はこぞってプールバーに繰り出して、球をついたものである。

ープールと言えば泳ぐプールしか知らなくて、お洒落なプールサイドで水着を着てカクテルを飲むのかと思って赤っ恥かいたのよね…。

会社の先輩から「今日、花金だしプールバー連れてってあげる」と言われ、「ええ! 今日ですか?水着とか持ってきてないです!それにお手入れが…」と答えて大爆笑された記憶がある。

「む…やるね…」

「うふふ」

陽子さんはキューで球を突くのは苦手だが、球ころにはちょっぴり自信がある。

当時プールバーのビリヤード台のラシャを引っかけて破いたら、張替え代がウン万円と先輩から聞いて怖くて見ているだけでいいですと必死で辞退申し上げた。

自慢じゃないが、不器用さと運動神経の無さには胸を張れる。青い顔をして首を振る陽子さんに先輩は「脅しすぎちゃったわね」と、初心者でもできる球ころを教えてくれたのだ。

すると、どうしたことか狙った所にピタリと球を置くことができたのだ。真っ直ぐに転がせるしちょっとカーブをつけて置き玉を避けたりもできる。

キューを持ったら、かするかへなちょこ玉しか打てないのだが…。

かこん。

アルヘルムの転がした球が、9番の球に当たる。アデライーデが2ポイントのラインぎりぎりに並べた球の一つだった。

「すごい! アデライーデ様、父上に勝ちましたね!」

「キューを持てたら負けないのだがなぁ」

悔しそうに言うアルヘルムの横でアデライーデが笑う。

ー数少ない勝てる勝負なのですから、そうそう負けてあげられないのよー。

じゃんけんも弱く、勝負事はマリオの1面もクリアできない陽子さんにとって、球ころはものすごくキュッとした得意分野なのだ。

「次は私と勝負してください!」

「良いですわよ。いざ、尋常に勝負ですわ!」

「はい!」

そう言って真剣に球を転がすフィリップや横顔を見て、でもちょっと手加減しても良いかなと思う陽子さんだった。

このゲームがペルレで一番人気なのは、指名の被った娼婦との一晩を掛けて皆の前で派手に勝負するからなのだ。

しばらくして娼婦に良いところを見せようと格好をつけた転がし方や、 戯(おど) けた仕草で球を転がして皆を笑わせる者が出てきた。やんやと喝采を受けてちょっとしたスター気分になれた。

そのうち興に乗った1人の娼婦が船員達が玉を投げるたびに、船員や球の近くで艶っぽい踊りや仕草をして「勝つまでは、私にさわっちゃダメよ」挑発するようになってから、一気に盛り上がりギャラリーが増えた。

娼婦の仕草に気を取られミスる者、難しい配置の球をすり抜け逆転勝ちをする者、それを楽しみに野次る者、どっちの船員が勝つか賭ける者達が連日ビリヤード台の周りに群がった。

どのような物やルールも、使う者次第なのだ。

球ころを清く正しく楽しむアデライーデを見て、ヴェルフは改めてそう思った。