軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

444 ペルレ島と白い壁

「うわぁ!」

「まぁ…きれい!」

診療室からの長い廊下を抜けると、そこは歓楽街であった。

眼前に広がる大きな広場の中央にある、白い岩礁を中心に波間に遊ぶ美しい人魚達の彫像が、アデライーデ達の来訪を喜ぶような笑顔で迎えてくれた。

扉の前の無骨な建物と違い、歓楽街は 真珠(ペルレ) の名に 相応(ふさわ) しく圧倒的な白であった。

形は飾り気もないシンプルな四角い建物だが、白の漆喰の壁にコバルトブルーの丸い屋根、乳白色の小石が埋め込められた道が清楚さを、処々に置かれた赤茶色のテラコッタの大鉢植えに植えられた赤いゼラニウムが控えめな華やかさを添えていた。

ー私が思っていた歓楽街とは、違っているわね。もっとなんていうか…ネオンがギラギラしたイメージだったわ。

この世界にネオンはない。夜はせいぜい 篝火(かがりび) を、たくさん焚くくらいである。

陽子さんがイメージしていた歓楽街は、テレビで見るネオンや看板が光る歌舞伎町や博多の南新地だった。前世ではそういう場所に行く機会もなく、家か会社の近くのチェーン店の居酒屋か、友達から教えてもらった小洒落たバーくらいだった。

もちろん、この世界でもそういう場所に行った事はない。メーアブルグのマダムキティのサロンは屋台のある広場から離れていたし、お忍びの護衛についた騎士達もアルトも意識してアデライーデの足がサロンの方向に向かないように、話題に気をつけていたからだ。

ーそう言えば、以前この島の地図で見た娼館は、確かあっちの方角だったわね。

アルヘルムに見せてもらった地図を頭の中から引っ張り出し、その方角をちらりとみた。

ーあの建物。鎧戸がたくさん並んでいるわ。もしかして『飾り窓』なのかしら?

白い鎧戸はきっちりと閉ざしてありテラコッタの鉢植えが点々と置かれていて、明るい太陽の下では夜の顔とは違った静かな佇まいを見せていた。

陽子さんが思い浮かんだ飾り窓とは、オランダのアムステルダムにある『飾り窓』の事である。世界的にそういう商売が 合法(・・) な場所は、オランダを始めドイツ・ベルギーにも何か所かある。

その閉まった飾り窓の両脇の小道から、男達が連れ立って歩いてきた。飾り窓の建物は娼婦達のショーウインドで、娼館はその建物より少し歩いた先にある。男達はそこから歩いてきたのだ。

昼に近い時間だが歓楽街としては早朝なのだろう、ちらほらと目につく男達は年嵩の者ばかりであった。

入島検査の入浴後に貸し出される膝下丈の貫頭衣に木のサンダルを履いた男達がカランコロンと音をたて、ガハハと笑いながら闊歩していた。

ーあら、懐かしいわね。アレ。

男達が履いているのは、木の台に革が丸釘で打ち付けられている木のサンダルだ。陽子さん的には木のサンダルというより、昔の旅館のトイレにあった便所下駄と言われる方がしっくりくる。

「まるでこの島だけ異国のようですね、父上! 建物がバルクの街並みじゃないです」

「うむ。建物は安く、工期を優先させる為に同じような形で簡素に造らせているからな」

「皆が着ている服装も木靴もバルクのものと違っていているのも、同じ理由からですか?」

「あぁ…貸し出し用の物だからな。安く簡単に作れるものにしてある」

フィリップは興奮気味にペルレ島の街並みのあちこちを指さし、アルヘルムに話しかけていた。

ー白い壁と青い丸い屋根…。ちょっとギリシャのサントリーニ島に似てるわね。

そんな事を思いながら、前をゆくアルヘルムとフィリップの後ろをついて歩く。

行く先は広場の向こう正面の大食堂だ。丸い広場を取り囲むように店が並んでいる。

そのほとんどは深夜まで飲める酒場で、ところどころに湯屋と土産物屋と 矢場(やば) (この世界のゲームセンター)がある。

それぞれの店先には美女の肖像画とその店を象徴した豊満な胸をした女の彫像があるのだが、ところどころに布が掛けられリボンと花で飾られた不自然な物体があった。

陽子さんは、あの布はきっと自分とフィリップが視察するから掛けられたのであろうなと察した。

壁の綺麗なお姉さんの肖像画はバストアップなのでさほど刺激的ではない。布を掛けられてない彫像は大人達が見ればセクシーなポーズをしているが、子供にはわかりにくい。

とりあえず服は着ているから、フィリップに見せてもぎりぎりセーフと 見做(みな) されたのだろう。その場の大人達はその事には触れずに、建物や男達の服装の話に終始した。

「父上、あそこは何をするところなんですか?」

酒瓶とジョッキを持った彫像で酒場であると理解したフィリップが、弓を持った彫像がある店を指さしてアルヘルムに尋ねた。

「あそこは矢場だな」

「矢場?」

アルヘルムの答えにきょとんとしたフィリップを見て、アルヘルムはいたずらっ子の顔をしてフィリップを誘った。

「どうだフィリップ、ちょっと勝負してみるか」