軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

439 誓いとしみ

「アルヘルム様、ペルレ島にカレー粉工房を作るらしいわ」

楽しいブランシュの初めての午餐会が大好評に終わり数日経った頃、王宮から一通の手紙が届いた。

その手紙は、ペルレの端にカレー粉工房視察の誘いの手紙だった。まぁ…誘いと言ってもほぼ確定の視察だが、風がなく良い天気の時を見計らってフィリップを伴い三人で行こうと書かれている。

「もしかして、ペルレ島へのお出かけのお誘いでございますか?」

アデライーデがこぼした声を拾って、お出かけの気配を感じたマリアはうきうきと一歩ソファに近づいた。

久しぶりのお出かけの予定に、早速マリアの 脳内衣装一覧(クローゼットデータベース) が起動してきた。

「ええ、お天気の良い凪の日に、ペルレ島へ視察に行かないかってお誘いよ」

「まぁまぁ! でしたら、この前アルヘルム様から贈られた新しい日傘をおろしませんと!」

「ええ、任せるわ。お願いね」

「はい、喜んで!」

元気の良い返事と共にマリアは新しい日傘をメインアイテムにしたコーディネートをカシャカシャと脳内で組み立て始めた。

ここ最近お忍びもなく、アデライーデは午餐会の前も後もキッチンにアルト達とカレー粉の配分研究でこもりっぱなしだったのだ。

アデライーデが新しく配合した『カレーの王女様』というカレーはマリアも美味しいと思ったし、カリーヴルストも美味しかったけど、カレー粉は服に匂いがつくしシミは落ちにくい。

アデライーデは気がついていないようだったが、マリアは洗濯が容易でシミがついてもわかりにくい柄の庶民服を数着用意し、陰でこっそり『カレー服』と呼んでいた。

やっと最近アデライーデのカレー粉の研究も落ち着き、しみ付きのカレー服は連日の激務を終えて今はクローゼットに仕舞われている。

「はっ! アデライーデ様…」

いつもだったらしばらくかかる脳内コーディネートは今回やけに早く終わったようで、マリアがアデライーデに声をかけてきた。

「なぁに? 衣装部屋に行ってくる?」

アデライーデは飲みかけたティーカップをソーサーに戻した。コーディネートが決まったのなら衣装部屋に行かせてあげたいとマリアに水を向ける。

「そのカレー粉工房は、もう完成しているのでしょうか?」

「まだみたいよ。今は島の第二厨房を仮工房としてカレー粉を作っているみたいね」

「アデライーデ様は、ペルレ島でカレー粉に近寄りませんか?」

にっこり笑って「ませんか?」と聞いているが、近寄るなという警告だ。

「……近寄らないと…思う…わ」

なんとなくマリアの心配を察するが、想像するカレー粉工房には昔ガラス越しに見学をした給食センターの大きな鍋や、ボートの 櫂(かい) のような巨大なヘラがあるだろう。

それらを見て触らないと誓える自信はない。

確信を持って約束できない陽子さんは、希望的観測を口にした。

「思う…?」

マリアの目がすっと座り、右の口の端があがりぴくぴくと痙攣した。

夏のコーディネートは白や淡い色のドレスが基本だ。

しかもアデライーデの夏のお出かけ用のドレス達は繊細なレースや布をふんだんに使っている。カレー粉の染みなんぞ付けられたら絶対に落ちない。

前回のガラス工房の見学でも夢中になって、アルヘルムやマリアが止めたのにガラス窯や職人達にがんがん近づいていったアデライーデである。

今回は事前にしっかり釘を差しておかねばならない。コーディネートの一番候補の白いドレスを守れるのは、 自分(マリア) だけなのだ。

「…ち…近寄りません」

マリアの気迫にアデライーデが怯えながらカレー 不触(ふしょく) の誓いの言葉を口にすると、マリアは柔らかい笑みをアデライーデに返した。

「良うございました。では 私(わたくし) 、衣装部屋にドレスの確認に行ってまいります」

軽やかな足取りで居間を出ていくマリアを、アデライーデとレナードは黙って見送った。