軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

438 たんぽぽとポーチドエッグ

「次のお料理は、アデライーデ様ご考案のひき肉のたんぽぽオムレツでございます」

ちびっ子テーブルでかぼちゃのポタージュの給仕を済ませたアルトが、大人テーブルの次の料理の説明にやってきた。

「たんぽぽオムレツ? たんぽぽが入ったオムレツなの?」

「いえ、たんぽぽは入っておりません」

フィリップの素直な質問にアルトはにっこり笑って応えた。

たんぽぽは花・葉・根のすべての部分が食用や薬として、この世界でも大変広く使われている。

花はシロップやジャムに、葉はルッコラのような風味を活かしてサラダやシチューに、根は焙じて利尿作用のあるハーブティとして。

現代でもたんぽぽの根のハーブティはたんぽぽコーヒーと呼ばれ、カフェインが摂れない妊婦さんがコーヒー代わりに飲んでいるやつだ。

陽子さんもマリアから教えてもらって、コーヒーが飲みたくなった時に時々入れてもらっていた。見た目はコーヒーとそっくりである。苦みもあるがあっさりとした味わいで陽子さんはアメリカンコーヒーという感覚で飲んでいる。

フィリップとアルトの会話の間に、銀のクローシュが被せられた皿が給仕達の手によってアルヘルム達の前に置かれた。

一斉に皿からクローシュが取られると、そこには炒められたひき肉の上にオムレツがでんと鎮座していた。

「……」

大人テーブルは一瞬しーんとなり、先ほどのかぼちゃのポタージュのような「ふわりと香る異国の香りが食欲を唆る」などの褒め言葉が出てこず、皆言葉に詰まった。

ブランシュが主賓の午餐会とはいえ宮廷料理としてはいささか無骨というか、飾り気が無いというか…地味な外見のそれを、アルトと給仕達は大ぶりな銀のナイフとフォークでささっと切り開いた。

「わぁ」

一瞬でオムレツはひき肉の小山を包み込み、皿の上に大きな黄色いたんぽぽが現れ、フィリップは小さな歓声をあげた。

「なるほど、それでたんぽぽオムレツなのだな」

「はい、一瞬で皿の上に鮮やかなたんぽぽの花が咲きます」

「うむ。見事だ」

「クレープシュゼットでもそうですが、アデライーデ様のお作りになる料理には魅せる演出と言うか『華』がございます」

「魅せるひと手間がございますものね。確かに主催する側としたら、話題に困らなくて助かりますわ」

アルトの言葉に、アルヘルムよりはるかに茶会や社交を主催するテレサの本音がぽろりと溢れた。

アルトはソースボートからトマトケチャップを掬い、オムレツにかけながら三人にトマトケチャップ誕生の様子を説明し始めた。

甘いトマトケチャップはフィリップもだがテレサも気に入ったようで、たんぽぽオムレツのお皿はあっという間に空になる。

続いて本日のメインであるカレーの登場となったが、大人テーブルにはいつもより大きめの皿が各自の前に置かれた。

真ん中にこんもりと丸いマッシュポテトが置かれ、奥にはプチトマト、ズッキーニ、えんどう豆、かぼちゃ、パプリカの素揚げとポーチドエッグ、きゅうりの塩もみなどが向こう側に彩り良く盛り付けられていたが、本来メインディッシュが乗るべき皿の手前には何もなく、白パンが乗ったパン皿が脇に添えられた。

「本日のメイン料理は、アデライーデ様がズューデンのカリルを元に改良を加えられたカレー料理三種類でございます。まずは最初にお作りになられた辛味なしのカレー粉で作られたカリーヴルストから…」

アルトの目配せで給仕が動きアルヘルム達にサーブする間、アルトはカレー粉誕生までの話と使われているスパイスについて簡単な説明をする。

プレートの手前の所に三口程で食べられる量のカリーヴルストがサーブされ、既にカリーヴルストを試食していたアルヘルムは二人が口にするのをレモンチューハイを片手に見守った。

「まぁ…」

「美味しいです! これ、貴族学院のランチメニューにしたら子息達に人気が出そうです」

「既に離宮の兵士達の間ではフライドポテトに代わって一番人気だそうだ」

すぐに食べ終わったフィリップにアルヘルムは微笑みかけた。

「続きましてはカレーニ種でして、ブランシュ様方がお召し上がりの牛ひき肉いりの香辛料に慣れない方向けの辛味のないカレー。そしてヨーグルトと香辛料に漬け込んだチキンを焼き、バターやナッツ、クリームを使って口当たりが柔らかなカレールーで煮込んだバターチキンカレーとなります」

アルトが説明すると、給仕達はソースボートから一匙ずつ各自のマッシュポテトにカレールーをかけた。

「ブランシュ達のカレーは甘いな。それに具はひき肉だけなのか?」

「はい、リンゴジャムや蜂蜜を入れ甘く味付けしております。そして食べやすさを優先して具はすりつぶし、小さなスプーンでも掬いやすいようにと牛ひき肉を使っております」

「ふむ」

そう…カレーは布についたら落ちにくい。子供に大きな具は危険なのだ。危険は小さくするに限る。

「こちらは香辛料が香りますが甘いので夫人受けしそうですね。私もバターチキンカレーよりこちらの方が好みですわ」

マリアと同じくテレサも辛味が苦手なようで、辛一のカレー粉で作ったバターチキンカレーよりもブランシュ達のカレーが気に入ったようだった。

「私は、こちらのバターチキンカレーが気に入りました。胡椒とは違った辛さですが、美味しいです」

フィリップは給仕にバターチキンカレーのルーを足してもらい、嬉々として食べ始めた。どうもフィリップはゲオルグに似たようで、レッドペッパーの辛味に抵抗感は無いようである。

「テレサ様、もし少し辛いとお感じになるのであれば添えてあるポーチドエッグとご一緒にお召し上がりください。半熟の黄身が辛さを和らげてくれるとアデライーデ様が仰っておりました」

「まぁ…本当だわ。食べやすくなったわ」

陽子さんが子供の頃、大人ぶってカレーを辛くしすぎた時に生卵をカレーに混ぜ込んで食べていた。昔は喫茶店とかでも頼めば生卵を出してくれていたが、今はどうなのだろうか。

「パンにカレーソースをつけて食べるのがズューデン風だと聞いたが、やってみないかい」

アルヘルムがテレサにいたずらっ子ぽく囁き白パンの乗った皿を指さす。

庶民はパンやマッシュポテトで少し残ったシチューやソースを拭って食べるのは普通であるが、貴族はそれをしない。ましてテレサは王妃として貴族女性の手本となるべく振る舞っている。

アルヘルムの誘いの意味を悟ったのか、テレサはくすりと笑い小皿の白パンを手に取った。

「ちょっとだけマナー教師に逆らいたいと思うのは、誰しも思うことですわね。大義名分があるなら、なおの事ですわ」

「母上?」

父母の為政者としての会話に、まだフィリップはついてこれていない。

数年後、バルクはズューデンから王族を招く事となる。

その王族は王妃正妃共同主催の午餐会で自国の料理が姿を変えバルクに馴染んでいる事と、ズューデン風の食事スタイルがバルク王族のみならず貴族にまで忌避感なく「ズューデン風」と受け入れられている事にいたく感動し、二国はさらなる親密さを深める事となった。