軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

428 アラックとレッドペッパー

かちゃり

「なんだ、まだ着替えていなかったのか」

アルヘルムは湯を使ったのか、気楽な服に着替えズューデンの間にやってきた。

夕方までテレサや子供達も加わり賑やかだったズューデンの間は、蝋燭の灯りだけでより一層異国情緒が漂っている。

「湯を使って着替えたよ。これはくつろぎ用。気楽に着れて楽だからね。兄上も飲まない?」

すっかりズューデンの服が気に入っているゲオルグが差し出したのはズューデンの伝統的なお酒、アラックである。

「アラックという面白い酒なんだよ。見てて」

そう言ってゲオルグはビンからロックグラスの半分程アラックを注いだ。

「透明だろ? でもこれに水を注ぐと…」

「ほう!」

アラックは不思議なお酒で、そのままだと無色透明だが水で割ると白濁する。その白さからズューデンでは「ライオンの乳」などとも呼ばれてるそうだ。

「蒸溜酒か…薫りはハーブで味は異国の味がするな」

アルヘルムはアラックの感想を口にした。このアラックはナツメヤシが主原料でアニスというハーブで香り付けしていて独特の甘い薫りがするが、飲むと口の中がスースーした。

しばし酒の話で盛り上がる。

元々ゲオルグはアルヘルムの名代で国内や近隣諸国を回ることが多かったし、この数カ月はズューデンに行っていて兄弟で飲むのは久しぶりである。

「しかし、本当に義姉上は食べ物に興味があるんだな。宝石よりも布よりも、香辛料を見た時の目の方が輝いていたよ」

2杯目のアラックを飲みながら、ゲオルグが思い出し笑いをする。

「確かにな。お前が持ち帰ったレシピを熱心に見ていたし」

「うーん。でも、どうかな。ズューデンの料理は本当に辛いんだ。今回持ち帰ったレッドペッパーは、胡椒とはまた違った辛さなんだよ」

ゲオルグはアラックをちびちびと飲みながら心配そうな顔をした。

「ふむ…胡椒とは違った辛さか」

「あ、舐めてみる?」

そう言ってゲオルグは控えていた従僕を呼んでごしょごしょと小声で指示を出す。

暫くすると小皿にこんもり盛られたレッドペッパーとミルクのグラスが銀のトレイに乗って、アルヘルムの前に出された。

「ほら、このくらい。絶対たくさんはダメだからね。絶対だよ」

ゲオルグはにやにや笑いながらアルヘルムに注意し、ちょっと指につけて舐めてみせた。

「うー。ぴりぴりする。懐かしいな。ズューデンではこれに数種類のスパイスを混ぜたものを焼いた羊肉にかけて屋台で売っているんだよ。美味しかったなぁ」

ゲオルグはたくさんはダメと言った。だが、ダメと言われたらちょっとやってみたくなるのが人情だ。ゲオルグはぴりぴりすると言うものの、それほど辛くなさそうな顔をしている。

アルヘルムはちょっと…ほんの気持ち程度、ゲオルグより多めに指につけて舐めてみた。

「かっ!!!」

舌がぴりぴりどころかビリビリと痛い!

舌につけた途端、まるで火がついたような辛さが口の中に広がってアルヘルムは目を白黒させた。

「あはは、たくさんはダメといったじゃないか。ほら、兄上。ミルクを飲んで」

ゲオルグは、アルヘルムのダメと言われた事をやってみたがる性格をよく知っていて、ちょっとしたいたずらをしたのだ。

陽子さんがここにいたら、押すなよ?って言われて押すのってここでも一緒なのねと呆れそうである。

用意されていたミルクをゴクゴクと飲むが、舌にまだビリビリとした感じは残っていた。

「こんなに辛いものを使った料理を食べているのか」

「うん。その分菓子はものすごく甘い。さっきも話したけど、文官達の中には全くズューデンの料理を受け付けなくて、ずっとナンばかり食べていた者もいるんだ。もちろん、それほど辛くない料理もあったんだけどね」

「なるほど…」

「今回持ち帰ったターメリックもレッドペッパーもズューデンでは一般的で値段も安いんだ。こちらの大陸にもターメリックは薬や染料として輸出されているんだけど、レッドペッパーは全然なんだ。ナジーン会頭から聞いたけど、何度こっちの大陸に持ち込んでも売れなかったんだって」

「ふむ…」

推測だが、商人達は本場のレシピそのままにカリルを作って食べさせたのだろう。

この大陸にも辛味のあるマスタードやホースラディッシュがあり料理にも使われているので辛さに全く慣れていないわけではない。

が、香りのある胡椒は肉の保存や臭み消しとして受け入れられたがレッドペッパーのような「火が出るような辛さ」はなかなか受け入れ難かったようだ。

「お前は…、ズューデンの料理は大丈夫だったのか?」

「そりゃ最初はびっくりしたよ。一応向こうもこちらの大陸の人間は辛さに慣れてないと知っていて、それほど辛くない料理を出してくれたようだけどね」

ゲオルグも事前学習でズューデンの料理は辛いと聞いて覚悟して晩餐会に臨んだが、それでも最初の一口でその辛さに面食らった。

だがしかし、 饗(もてな) される王族が用意された料理を「食べられません」と言うわけにもいかず、顔だけは平然として汗をだらだらかきながら「美味しいです」と言って平らげた。

そこは王族としての意地もある。

滝のような汗をかきながらも、ミルクとアラックを交互に飲み料理を食べるゲオルグをズューデン王は大層気に入ったようで、王都での散策を許してくれたのだという。

それまでズューデンを訪れた各国の大使達も頑張ったのだが、ゲオルグのように帰国までズューデンの料理を食べ続けた者はいなかった。意外にも丈夫な胃腸とおしりをゲオルグは持っているようだ。

しかもゲオルグは王都の散策で見たもの口にした物の感想まで口にした。

ズューデン王は王族であるゲオルグが自らズューデンの文化を理解しようという姿勢に、バルクとの国交とバルクを通した帝国との交易をすんなり認めてくれたのである。

「あ、そうだ。香辛料もだけど螺鈿に使えそうな貝も手に入ったよ」

3杯目は蜂蜜酒に変えたゲオルグが、懐から貝殻を取り出した。