軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

399 密室と礼状

がちゃり

扉が開き、アルヘルムがいつもの時間に執務室に入ると、すでに難しい顔をしたタクシスがソファにでんと座り腕組みをしていた。

「昨日の夜の事、詳しく聞かせてくれないか」

「おいおい、挨拶もなくいきなりそれか?」

アルヘルムは笑いながら手に持っていた書類を執務机に置くと、ソファに腰を下ろした。

「客を送り出し終わって、警備担当から報告を受けた時には、アデライーデ様もお前も帰った後だったからな。警備担当者からは『アデライーデ様が軽微な怪我をされ陛下と共にお帰りになった。怪我は髪飾りを落とされ指に軽い怪我をされた』とだけだった。医者に確認すると『お顔にかすり傷を負われていたが、数日で跡も残らないと見立てている。陛下からは指の怪我と報告書に書くようにとの指示があった』と聞いたが?」

「アデライーデが顔に怪我をしたとなるとかすり傷でも大騒ぎになる。表向きは指を怪我したとしておいてくれ」

「表向きはわかった。実際は何があった? クレーヴェ公爵夫人から怪我をさせられたのか? 怪我の程度は本当にかすり傷なのか?」

タクシスは眉間にシワを寄せて感情の無い声で、アルヘルムに問いかけた。

「怪我の程度は医者の見立て通りだ。左の頬に小指の爪ほどの短さの浅い傷だ。だが、うっかりではないだろうな」

「クレーヴェ公爵夫人から付けられたのか」

「そう思うが、アデライーデは自分がうっかりしてと言ってる」

「侍女がついていただろう。侍女は何と言っている」

「直前にアデライーデが人払いをしてな。妖精の家にはアデライーデと公爵夫人だけだった。すぐに家の周りを緊急対応の訓練どおり、妖精達が固めたから完全な密室で誰も見ていない。なにがあったかは想像がつくが、アデライーデは公爵夫人にもその辺りも言い含めていると思う」

「………」

「見た時にはすでに血が固まりかけていた。見送った時の夫人の様子はどうだった?」

「夫のクレーヴェ公爵は個別の催し物の感想をいろいろ言っていたが、夫人は『どれもとても素晴らしかった』とだけで無表情で静かだったな。問い合わせても同じ事しか言うまい」

苦虫を噛み潰したような顔で、タクシスが呟く。

それはそうだろう。

陽子さんが考える以上に、この世界で貴族女性、まして王族の顔に傷を付けられたとなれば、相手が誰で故意でなくとも重大な事案となる。

例えかすり傷でも、事が公になれば帝国相手でも厳重な抗議をせざるを得ない。国の威信にかかわる事なのだ。

「フィリップの時と同じだな」

「……。そうだな」

アルヘルムの言葉にタクシスは応える。

「テレサにも言ったが、今回の事は公にするつもりはない。今後の帝国との付き合いもあるが、何よりアデライーデが望んでいない」

テレサが構築した緊急対応マニュアルではフォルトゥナガルテンに何事かあると、連携を取りすぐに王宮に早馬が走るようになっている。見送りの任を済ませたあとのタクシスが知るより早くテレサはその報告を王宮で受け、アルヘルムの帰りを待っていたのだ。

「わかった。メラニアにもそう伝えよう」

「ん?」

「メラニアも宰相夫人として報告の時は同席していた。その時は口を噤んでいたのだが、フォルトゥナガルテンから帰りの馬車の中で『アデライーデ様の顔に傷をつけるとは何事!」と激怒していてな」

「あー、テレサもだ。『王妃として王の決定には従いますが…』の後、同じように激怒していた」

「「どうせ、妖精に対する態度を諌められた公爵夫人が髪飾りを投げたのでしょう。アデライーデ様は優しすぎる!」」

同じ言葉を口にしたアルヘルムとタクシスは、顔を見合わせて笑い始めた。

「アデライーデ様は愛されているな」

「そうだな」

アルヘルムは自分と同じか、それ以上にアデライーデを大事に思っている者がいる事を認めた。

フォルトゥナガルテンにも帝国の影がひっそりと入っている。

今回の騒動もアデライーデが怪我をしたのは医者を求めたマリアの血相から間違いないと踏んでいるが、テレサ王妃の敷いたフォルトゥナガルテンの警護の網の目は小さかった。

事件当時に衆人環視の妖精の家に忍び込む事はかなわず、カトリーヌとアデライーデ様との間になにがあったかまでは分からなかったのだ。

そこで離宮にいる影達に連絡をとった。庭師達からの報告では、アデライーデ様は翌日から日課の日中の散歩は取りやめているが、寝込むような事はなく普段通りに過ごされ日が落ちてからの庭園の散歩では、遠目から見ても動きにおかしさはないと報告があった。

離宮の使用人に忍ばせている影からの報告にもアデライーデ付きのメイドやマリアに不穏な気配は感じられず、帝国には「指先の軽度な怪我との噂を確認した。但し原因の特定はできず」と報告にあげた。

帝国にはカトリーヌ付きのローズからも、報告があがっていた。

カトリーヌは妖精の家でアデライーデとなにを話したかは頑として口にせず、ただ手紙のやりとりをすると約束をしたとだけエリアスとダランベールに話していたと報告があった。

ダランベールは一度アデライーデとなにを話したか問いただしたがカトリーヌは「覚えていない程のくだらない話」と口をつぐみ、ダランベールはそれ以上聞かず手紙の件を褒め、上機嫌になっていたらしい。

全ての報告とバルクから訪問の礼状に目を通すと、皇帝と皇后は引き続きアデライーデを見守るようにと言って席をたった。