軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

377 ケーゼシュペッツレと戸惑い

「こちらのティロルチーズは、デザートとしてお出し致します」

そう言うと、アルトはもう一人の料理人とチーズの上から数センチのところに、葉っぱのような形をしたナイフを12個ぐるりと差し込んで、それらを前後に揺らしながら切れ目を入れていった。

そうやって上部のチーズの皮を蓋のようにきれいに切りおとし、そのナイフを使ってチーズの真ん中から一口サイズのチーズを数個削り出した。

ーうわ。贅沢! 端っこから切ってもいいのに、真ん中からいくのね。

食べかけのチーズは固くなりやすく匂いもつきやすいから、食べきってしまえるミニサイズか、大きいものは密閉容器にしまっていたわねと、陽子さんは主婦的なことを考えながらアルトの手元を見ていた。

「ティロルチーズは削ってサラダやグラタンにも使えますし、外側の皮は非常に硬く塩気も強いのでスープを作る際のコクの元としても使われています。万能のチーズですが、やはり果物や生ハムなどを添え、お召し上がりいただくのが一番味がわかるかと思います」

アデライーデにそんな事を思われているとは思ってもいないアルトは、ティロルチーズの説明をしながらもテキパキとお皿にチーズを盛り付け始めた。

アデライーデの前に出されたお皿には、一口大のティロルチーズの塊が3つと葡萄といちご、そして薔薇の形に整えられた生ハムが添えられていた。

アデライーデが二股の小さなフォークでティロルチーズを口に入れると、ぎゅっと凝縮された旨みと芳醇な風味が口いっぱいに広がる。

「チーズの旨味がすごいわね!」

ーでもチーズと言ったらワインよねぇ。チーズだけでも美味しいけど、ワインがあったら最高なんだけどな…。

一応試食なので横には炭酸水が置かれているが、アデライーデはちらりとアルトを見た。目が合うとアデライーデが欲しているものがわかったようで、アルトはにこにこしながら赤ワインのボトルを持ってアデライーデのそばに来た。

「アデライーデ様、どうぞこちらも。チーズにワインはつきものですので」

「ありがとう!」

とくとくとワインがグラスに注がれていく。

ー開けたての瓶から聞こえるこの音って大好きよ。

ご機嫌でアルトが注いでくれたワインを口にすると、口に残っていたチーズの味がワインと混ざり、チーズだけの時より強くチーズの旨味が際立つ。その余韻に浸りながら、陽子さんにある考えが浮かんだ。

ーもしかして、今日がチャンスかも…。

陽子さんは浮かんだ考えをまとめながらチーズとワインに手を伸ばす。ティロルチーズを添えられた葡萄や生ハムと一緒に食べると、チーズはまた違った顔を見せてくれ、あっという間に皿は空っぽになってしまった。

「いかがでしたでしょうか」

「ええ、両方ともとても美味しかったわ」

「それでは今後、両方のチーズをお食事に取り入れたいと思います」

アデライーデの笑顔に、アルトはそう言って下がろうとした。

「ねぇ、アルト。今から試してみたい料理があるから、キッチンにこのチーズを運んでもらってもいいかしら」

「承知しました。ですが、丸ごとですか? 料理に使われるのでしたら、使いやすいようにおろすか削りましょうか」

「大丈夫よ。そのまま持ってきてほしいの」

「? 承知しました」

貴族の料理にもチーズはよく使うが、大抵削ったりすりおろして混ぜ込んだりする。丸ごと何に使うのだろうと不思議に思ったが、アルトはアデライーデに言われるがままチーズを下げていった。

アデライーデは早速キッチンで楽に動ける服に着替えに自室に戻り、キッチンでマリアにエプロンをつけてもらっていた。

「アデライーデ様、何をお作りになるのですか」

「うふふ。まだ内緒よ。成功するかわからないもの」

アデライーデはマリアの質問に笑って答えると、早速手を洗った。

ーお店で見てから、一度やってみたかったのよね。こんなチーズが丸ごと手に入るなんて、家じゃ絶対無理だもの。

手を洗い終わる頃、アルトがティロルチーズを抱えてキッチンに入ってきた。目の前の作業用のテーブルに置かれるとチーズの大きさを実感する。直径40センチ前後で重さが35キロ前後あるのだ。落としでもしたら骨折間違いなしである。

「やっぱり大きいわね」

「そうですね。これ1つでひと月は楽に賄い料理を作れます。ところで、何をお手伝いすればよろしいでしょうか」

アルトもアデライーデがこれからつくる料理に興味津津である。

「シュペッツレ(たまご麺)を作って欲しいの」

「もしかして、ケーゼシュペッツレをお作りになるのですか?」

ケーゼシュペッツレとは、よじよじしたマカロニに似た柔らかい手打ちの細たまご麺に削ったチーズをたっぷりかけて混ぜ合わせ、茶色くなるまで炒めた薄切りの玉ねぎを散らした料理である。

シンプルだが、ものすごくボリューミーで食べ過ぎるとカロリー的にヤバい一品だ。

「あら、わかっちゃった? でも、ちょっとだけ作り方が違うの。あとね。フライドオニオンも一玉分作って欲しいわ」

「承知しました。しばらくお待ち下さい」

アルトは早速シュペッツレとフライドオニオンを作りに厨房に向かう。

「マリア、シュナップス(蒸留酒)はあるかしら」

「はい、こちらに」

マリアに持ってきてもらったシュナップスをお玉一つ分ティロルチーズにかけ、火をつけるとチーズはじわじわと溶け出してきた。

料理用の大きなスプーンとフォークで、手早く溶け出したチーズをかき混ぜる。かき混ぜるたびにチーズの匂いがキッチンを満たしていく。

「お待たせ致しました!」

アルトがタイミングよく、あつあつ茹でたてのシュペッツレを持ってきたので、チーズの上に置いてもらうと、陽子さんはいつか食べたイタリアンのシェフがやっていた手つきを思い出しながら、シュペッツレをチーズに絡めた。

「はい、食べてみて」

お皿に盛ったケーゼシュペッツレにフライドオニオンを散らしてアデライーデは二人に差し出した。

「これは…。普通につくるよりチーズの香りが良いですね」

「本当に!濃厚な香りで、まるでチーズをそのまま食べているようですわ」

アデライーデも一匙味見をしながら、二人の反応を見て満足した。

ー良かったわ。初めてだったけど失敗せずに作れて。

これだったら聞いてみても良いかもと、陽子さんは試食の時に考えていた事を口にしてみた。

「これね、賄いで出せないかしら。手軽だし食べ応えがあるから、男の人には人気が出るんじゃないかと思うの」

「確かに、この作り方であればチーズを削る手間は省けますし量も一度にたくさんできるので賄いに向いていると思います。ですがヘレーナ様からの贈り物を賄いにしてよろしいのでしょうか」

アルトはアデライーデへの贈り物を、自分達使用人が口にして良いのかと戸惑っていた。