軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

書籍化記念 ショートショート

カツン!

「侯爵令嬢コンスタンツェ・タクシス! 貴女は将来の王となる私の婚約者という身でありながら、ここにいるエレン・アンワースを庶民という理由だけで虐げた! その行いは到底将来王妃という地位につく者に相応しい行いとは言えない! 私は今、この場において貴女との婚約を破棄し、新たにエレン・アンワース嬢と婚約を結び直す事を宣言する!」

険しい表情のフィリップは候爵令嬢コンスタンツェ・タクシスを指差し、傍らにいた華奢な少女を左手で抱きよせた。

エレン・アンワースと呼ばれた少女は、フィリップの腕の中でふわふわとした明るい栗毛色の髪を震わせながら、怯えた目でコンスタンツェを見つめていた。

「フィリップ様、私が彼女を虐げたと? どのように虐げたと仰るのでしょうか?」

コンスタンツェは美貌の母メラニア譲りの美しい顔を綻ばせながら問い返した。

「姉上! いえ、もう姉と呼ぶことすらおぞましい。侯爵家の人間として王家からの言葉に従わず、この場に及んでも自身の保身ですか?」

宰相家の嫡男であり、コンスタンツェの弟であるテオバルトがフィリップの後ろから姉を指差して糾弾する。

同じく母譲りの整った顔に父親譲りのクールな雰囲気を持った 瞳(ひとみ) は、メガネ越しに姉をまっすぐに見つめていた。

「あら、理由を聞きたいだけなのよ? だって王家と侯爵家との結びつきである、この婚約を破棄するだけの『正当な』理由をね」

コンスタンツェは扇を広げると、笑い出しそうな口元をそっと隠した。

「あくまでしらを切るつもりか?」

フィリップは震える肩を止めるようにため息をつくと、言葉を続けた。

「女生徒同士の交流をさせぬように裏で糸を引き、特待生用の彼女の寮に忍び込み、彼女の制服や私物を切り裂くだけでは飽き足らず、学舎の長階段から突き落とし命まで奪おうとしたのは明白だ」

フィリップは一気にコンスタンツェの悪行を言い終えると、口を真一文字に結んでコンスタンツェを睨みつけた。

ところが睨みつけられたコンスタンツェは、吹き出しそうになるのを堪えパチリと扇を閉じると、口元を扇の先で押さえた。

コンスタンツェの口の端は弧を描くようにあがり、目は細くなりフィリップ達を見つめている。

「返す言葉もないようだな。悪行をすべて知られて観念したか。殿下のお言葉が分かったのなら大人しく縛につけ」

フィリップの幼い頃からの学友であり、騎士団所属のハロルド・ロシュフォールが腕組みをしながらコンスタンツェを睨みつける。

騎士団に所属するだけあって体格のいいハロルドが腹から出す声は、部屋中に響き渡る。

「お待ち下さい!」

その声が聞こえたのか、部屋の扉があき第二王子のカールが部屋に飛び込んできた。

「兄上! こ…婚約破棄されるのは本当ですか?」

「あぁ、今申し渡したこところだ」

フィリップが大きくため息をつきカールの方を見る。

「で…では、わ…私はコンスタンツェ嬢に婚約を申込みます! 私は以前より、コ…コンスタンツェ様をお慕いしていました!」

カールは顔を真っ赤にし、噛みながらコンスタンツェを見て、大声でそう宣言した。

「お前達、いったい何をやっているのだ?」

「え?」

「あ?」

カールが開けっ放しにした扉からアルヘルムとタクシスが怪訝な顔をして入ってきた。予期せぬ役者の登場に、フィリップ達だけでなくその場の皆の目がアルヘルム達に釘付けとなった。

「ほう…カール殿下はうちの娘に求婚したいと?」

アルヘルムの後ろからタクシスがゆらりと一歩踏み出し、地を這うような声でカールに問うた。

「あ。いえ…あの…」

カールはその恐ろしさに、動けなくなってしまっている。

「確かに『婚約を申込みます』聞こえましたが? したくないのに申し込まれたと? うちの娘に??」

「ひ…」

眉をピクピクしたタクシスの恐ろしい眼差しに、カールがプルプルと震えだした。

「カットぉーーー」

いち早く我に返ったアデライーデが大声で割って入ると、カール以外の皆がそれまで堪えていた笑いを抑えきれなくなり、大声で笑い始めた。

「は? 学院祭の劇の練習??」

「そうなんです。本当の求婚じゃなくて、アレは劇のセリフなんですよ」

仁王像のようにカールを見下ろすタクシスに、アデライーデが笑いながら今のカールの求婚の理由を説明した。

ひとしきり笑い終えると、子供達は用意されていたおやつの菓子が盛られたテーブルに群がっていく。

子供達とは別のテーブルに案内されたがタクシスが釈然としない顔で茶をすすり、アルヘルムはおかしげにティカップに手を伸ばした。

「今年の生徒会の出し物は巷で流行りの『婚約破棄もの』に決まったんですって。それでそういう流行本や観劇に詳しいうちのエマ達に脚本を見てほしいとフィリップ様からお手紙が来て、朝から練習をしていたところですの」

「それで今回の急な来訪だったのですね」

アデライーデの説明に、アルヘルムはなるほどという顔をして紅茶に口をつけた。

「えぇ。エマ達がノリノリで演技指導してて…。何度も練習をして、やっとみんな笑わずにお芝居できるようになったんですよ」

「笑わずにしゃべるのが、本当に大変だったんです」

アデライーデがそう答えると、隣のソファからフィリップが話に入ってきた。

「笑いそうになるとため息をついて誤魔化したり、目線をずらしたり腹筋に力を入れたりとほんとうに苦しかったんです」

「あら、どんな出来事が起きても表情を崩さないという練習になったのではないですか?」

フィリップの言葉にコンスタンツェがおかしそうに茶々を入れる。

「コンスタンツェは良いよ。役柄的に笑ってもおかしくない場面はあるし、扇で誤魔化せるじゃないか」

「マナー教師から教えられている笑顔と全く違ってて、悪役令嬢っぽく笑うのは大変なのよ。扇もここって時にうまく開かなかったりするんですもの」

「悪役令嬢…コンスタンツェが…悪役…。天使のような子なのに…」

なにげにショックを受けているタクシスの言葉を誰も拾わず、テオバルトが「僕も…」と続けた。

「僕も大変でした。姉上を指差すなんて絶対できないですから指が震えました。でも度の入ったメガネはいいですね。ボヤケて姉上の表情が分からなくなるから怖くないです」

ちょっと意味深な事をテオバルトが呟いた。

「うん。侯爵令嬢を指差すなんて滅多にできる事じゃないもんな。自分も『縛につけ』なんてセリフ、時代劇くらいでしか使わない言葉で笑ったよ。ん? エレン、菓子のおかわりをとってやろうか? ドレスだと袖が気になるだろ」

ハロルドが、隣に座っているエレンにニヤッと笑って声をかけた。

「み…みなさんは良いですよー! 僕…僕…お芝居が終わったら、絶対みんなにからかわれる未来しか見えないですー!」

「しょうがないだろ…。基本子息のみの生徒会でドレスが似合う男はお前しかいなかったんだから。他のやつはゴツくて、とても『華奢』じゃなかったんだからな。大丈夫だ。そのドレス、よく似合っている」

ハロルドはふわふわ巻き毛のエレンの頭をぽんぼんとして、慰めた。

「よく似合ってるじゃないです! 似合わなくいいです!」

大きな目をウルウルさせ首を振るエレンには、男にしておくのはもったいないくらいの可憐さがある。

小柄で幼い顔立ちのエレンは、ドレスを着て黙っていたら本当に美少女にしか見えない。

うっかり別の世界の扉を開けてしまう子息や令嬢が出ないことを、祈るのみである。

「そんなに心配なら、自分がそういう輩から守ってやろうか?」

「あら、いいじゃない。美少女のような子息と 騎士(ナイト) なんて…」

「やめてください! 別の噂がたちます!」

後日、貴族学院での学院祭で催された生徒会主催の劇は、大喝采のもと幕を下ろした。

貴賓として招かれていたブランシュは、自身が推した脚本に目を輝かせ、幕が下りるまで拍手をやめなかった。

その後、王宮で催されるブランシュの個人的茶会にコンスタンツェと、エレン・アンワース侯爵子息が可憐なドレス姿でこっそりと招かれているのをメイド達は度々目にすることとなる。