軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

367 音の妖精と使者

「こちらへ、どうぞ」

マティルダはクリストフに青いキノコを勧められ、「ありがとうございます」と緊張を悟られないように笑顔でキノコに座った。

二つのキノコ同士は絶妙な位置に置かれ、近すぎもせず離れ過ぎもしていない。

マティルダ達は『楽しい場所』の興奮から気持ちの垣根がぐっと下がり、ニコラウス達とかなり打ち解けて話せるようになった。二人では間が持たなかったりするが、四人なら誰かが喋っている。

同じ体験をし、共通の話題で盛り上がれるのはグループデートの強みである。

その足で、フォルトゥナガルテンのシンボルである温室ークリスタル・パレスーに向かった。

花壇に囲まれ煌々と輝くクリスタル・パレスは、真ん中にドームの屋根があり両翼がある形だ。入り口の石柱を除いてそのほとんどはガラスと鉄でできている。装飾部分は白い陶器で鉄の無骨さを優美さに変え、夜の仄暗さの中で光の小宮殿のように堂々と建っていた。

中は昼間のような明るさで、白い女神のような衣装を着て、美しい杖をついた長い銀髪の美女が「ようこそ、クリスタル・パレスへ」と、マティルダ達を出迎えてくれた。

中は外より暖かい。咲き乱れる色とりどりのたくさんの花々から放たれる香りがクリスタル・パレスを満たしていた。

天井から下げられた異国の布とあちこちに置かれている異国風のベンチ。それに飾られた素晴らしい彫刻と絵画に目を奪われる。

所々では茶色の服を着て絵筆を握る妖精が、大きなパレットを持ち熱心に絵筆を走らせていた。

近づいてみると、足元にイーゼルがあり「キャンバス妖精 【ルーカス・エルダー】 キャンバス妖精は非常に恥ずかしがり屋で人に無害。ただし、制作中に絵の批評をしたり声を掛けると『邪魔をするな!』と怒り出すので声かけ厳禁。そっと、後から見ましょう」と、書いてあった。

「声をかけちゃダメなんですって」

ドロテア達は小声でくすくすと笑い、クリスタル・パレスの中を巡る。

そして、出口にいた女神に「ちょうど良かったわ。もうすぐ演奏が始まるわよ」と教えられた場所はクリスタル・パレスから雑木林を挟んで少し離れた場所にあった。

植えられている花は白と青ばかりで、そこにいる妖精たちは白か明るい青のドレスを着ている。

白の花はランタンの光を弾きより白く、青の花はランタンの明かりがあるが、夜の黒を溶かし込んで 瑠璃紺(るりこん) か 縹色(はなだいろ) に見える。

中央に白いハープが置かれ、ところどころに大きな花の蕾の形をした置物がにょきっと置かれている。

そして青のキノコが二つずつあちこちに生えていた。

キノコに腰掛けて、これからどんな演奏が始まるのかと小声で囁きあっている婚約者同士が多い。

見回すと、すでに隣あったキノコは空いてなく、マティルダとクリストフ、ドロテアとニコラウスと分かれ少し離れたキノコに座った。

白いドレスを着た妖精が蕾の近くにランタンを置いて回り、しばらくすると「しゃららん」と鈴の音が鳴りだした。演奏会の始まりのようだ。

白いドレスや白の貴族服を着た白髪の妖精達が、静かに庭に入ってくる。中央の白いハープに妖精が座ると庭妖精達がそれに合わせ蕾をとる。マティルダ達の目の前の蕾から現れた蓮の葉のようなテーブルには、たくさんの水の入ったグラスがずらりと並べられていた。

音の妖精が長く白い指でそのグラスの縁をなぞると、ハープより優しく澄んだ音が紡がれた。別の蓮の葉のテーブルからは 鉄琴(グロッケン) と、それに似たガラスの板で出来た楽器が現れ、初めて聞く神秘的な曲が奏でられた。

遠くでは聖歌隊のように並んだ妖精達が、優美な仕草でハンドベルを震わせる。

本当の妖精達の演奏会のような、透明で神秘な曲が奏でられる間、そこにいた迷子達は一言の声も立てずに耳を澄ませ、時を忘れて聞き入っていた。演奏が終わり音の妖精達が、優美なカーテシィをすると庭のあちこちから拍手があがる。妖精達は小さく手を振り庭を去っていった。

「私、こんなに神秘的で美しい演奏を聞いたことがないですわ」

「私もです」

クリストフの手を借りてキノコから立ち上がったマティルダは、目の前の蓮の葉のテーブルに目を向けた。

「これは、グラス?」

「みたいですね。それぞれ違う量の水が入っているようです」

クリストフとマティルダがそれぞれグラスの縁をなぞるが、妖精のように音は出ない。

「妖精でないと無理みたいですね」

「ふふっ。でもあちらのガラスで出来た楽器は音を出せるようですよ」

見るとドロテアとニコラウスがガラス琴をそっと弾いていた。

マティルダとクリストフは、お互いに微笑み合うと、自然と歩き出し小道へと向かう。ドロテアとニコラウスも同じように別の小道へと歩き始めた。今日のフォルトゥナガルテンでの感動と驚きを話すマティルダの話をクリストフは、うんうんと微笑みながら聞いてくれる。暫くマティルダの話は止まらない。

「美しい音を出したり、貴方の髪を飾る髪飾りになったりとガラスとは不思議ですね。とても、私のこの眼鏡と同じガラスでできているとは思えないですね」

ちょっと失礼と言って、クリストフは眼鏡を外し長い前髪をかきあげて、ハンカチで眼鏡を拭いた。

ーえ。

眼鏡と前髪に隠されていたクリストフの顔は、彫りが深くものすごく整っていた。所謂、美形だった。

見つめすぎたのか、月明かりでもわかるくらいにクリストフが顔を赤らめる。

「その…。私は男兄弟で育ったせいか、女性に慣れてなくて…というか…従姉妹達によく 揶揄(からか) われていて…女性が苦手でした」

従姉妹達の名誉の為に言うと、決して従姉妹達は揶揄っていたのではない。いじめていたわけでもない。むしろクリストフを可愛がっていた。

赤ちゃんの頃から可愛かったクリストフは従姉妹達に構い倒された。幼い少女達なりの可愛がられ方で。

リボンをつけられたりドレスを着させられたり、お人形のように抱っこされたりと…。

構いすぎる子どもを猫が苦手になるのと同じように、クリストフも段々と女の子…女性が苦手になり、できるだけ避け続けー捕まると彼女達が飽きるまで相手をさせられるー合同のダンスもサボり、デビュタントも従姉妹と一曲だけ踊って、逃げるように帰ってしまっていた。

「そんなんじゃ、結婚もできないぞ。とりあえず、その前髪をあげて伊達メガネを外せ」

「いいんだ。次男だから家の領地経営するし、兄上のとこに子どもがたくさん生まれれば、結婚しなくても問題ない。それに前髪は公式行事の時には撫でつけるし、眼鏡は領地科ではたくさんいるから目だたないお守りみたいなもんだ」

というクリストフを、従姉妹達の弟であるニコラウスがフォルトゥナガルテンに引っ張ってきたのだ。

「そう…ですの」

だから、陽気に喋るニコラウスに比べて口数が少なかったのかと、マティルダは納得した。

「今日は普通にお話ができて楽しかったです」

「あ、はい。でも、私ばかり喋っていたような…」

「乱切りトー…く…いえ、流れる小川のようなちゃんと会話が成立する楽しい会話でした」

クリストフは外した眼鏡を胸ポケットに入れると破壊力のある笑顔をマティルダに向けた。

楽しい体験を共にし、月明かりの下という雰囲気のある場所でイケメンから向けられる笑顔と感謝。ぽーっと、見とれてしまうしかない。

「あの…」

「はい」

クリストフがぽりぽりと頬をかきながら声を出すが、言葉が続かない。お互い赤くなるばかりである。

「もし…まだ…」

意を決したようにクリストフが、マティルダに声をかける。

「!……はい…」

目を見開き、息を止めてマティルダは返事をした。

ごーんごーんごーん……。

終わりの鐘だ。終わりの鐘が無情に鳴り響く。

「鐘だよー。終わりの鐘がなったよぉー。門が閉まるよぉ」

あちこちから庭妖精の陽気な声が風に乗って聞こえてくる。

「もし…あの…良かったら馬車までお送り致します」

「は…はい。お願いします」

残念そうに差し出すクリストフの手を、マティルダは気落ちしたのを悟られないように笑顔でとった。

帰りの馬車の中、ドロテアはニコラウスから来週開かれる友人宅の夜会へ誘われたとはしゃいでいた。

「マティルダは、クリストフ様とどうだった?」

と聞かれ、特に約束なく別れたと告げた。良い雰囲気だったじゃないと詳しく聞かれ、終わりの鐘の時の話をすると「間が悪かったのよ。きっとお手紙が来るわ」と慰めてくれた。

それからドロテアはニコラウスの話はせずに、帰路の馬車の中でフォルトゥナガルテンでの楽しかった話に花を咲かせた。

翌日、夜会明けの遅い朝食を自室で済ませるとマティルダは父の書斎に呼ばれた。書斎のソファには母もいる。

マティルダは母の隣に座り、昨日のフォルトゥナガルテンの楽しかった話をすると、父は分厚い手紙をマティルダに渡した。

差出人にはクリストフ・ドーナとある。

ぱっと輝いた娘の顔を見た両親は顔を見合わせた。父はマティルダの隣に座り、マティルダの肩を優しく抱いて聞いた。

「私にもドーナ伯爵から手紙が来てね。ぜひに正式な婚約をと打診があった。どうする?」

結婚の話どころか茶会や夜会の誘いもずっと渋っていた次男が、フォルトゥナガルテンから帰るなりしだした令嬢の話に「これを逃せば次はない」とばかりに、ドーナ伯爵夫妻は失礼にならない時間を待って使者を出したのだ。

翌週、ドーナ伯爵家からの正式な使者がロイス伯爵家の門をくぐった。

ドロテアが誘われた夜会に、マティルダはクリストフの正式な婚約者として出席しドロテアを羨ましがらせることとなる。

フォルトゥナガルテンでは恋の花も咲くと、バルクで噂になるのにそう時間はかからなかった。