軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

366 旗と火の妖精

「お嬢さん方、落とし物ですよ」

「え?」

振り向くと、二人組の子息達がいた。一人はそこそこイケメンで背が高い子息で、もう一人は細身で背は高いが長い前髪でメガネをかけている。

食事を済ませ、さぁ次はどこへ行こうかと歩き始めたばかりのマティルダ達は、驚いてその子息の差し出すハンカチを見た。

……どう見ても女持ちのハンカチではない。

「……私達のではないかと思います」

「そうですか、じゃ別の方のかな。ところで『楽しい場所』には、もう行かれましたか? 良ければご案内しますよ」

現代なら古典的な声かけだが、この世界では定番のナンパ手法である。

「……」

二人がどう返事をしようかと迷っているとイケメンな方の子息がハンカチを上着のポケットにしまいながら自己紹介を始めた。

「これは失礼しました。私はモンベリアル伯爵家の三男ニコラウスです。貴族学院では騎士科に所属しています」

「私はクリストフ。ドーナ伯爵家の次男です。領地科で学んでいます」

ニコラウスとクリストフは、マティルダ達に初回の礼を取る。

貴族学院は基本的に女子はほぼ淑女科で、男子は大きく騎士科と領地科、文官科に別れる。将来の女相続人や女性騎士がごく少数、領地科と騎士科にいるくらいだ。

特別クラスは別として、ほとんどの生徒に固定の教室はなく教科の教授の教室を移動するので、他の科の人と一緒に学ぶのは合同授業のダンスの授業の時くらいである。

その時に、初めて会った相手には男性側から女性側に自己紹介と初回の挨拶を受けるのだが、ニコラウスとクリストフの顔に見覚えはなかった。

だが、マティルダ達は知識として目の前の子息たちの家の名前は聞いたことはある。

マティルダとドロテアは、お互いを見合わせて小さくこくりと頷いた。そして、彼らに名を名乗り初回の挨拶を返す。

名を名乗り挨拶を返すと言うことは、エスコートを受け入れるという事になる。挨拶だけを返す場合は「エスコートはお断り」という意味となる。

ぱっと顔を明るくしたニコラウスは「美しい方々と共に過ごせる栄誉に感謝します」と定番の言葉を口にし、「ご案内します」と『楽しい場所』へ続く小道を指さした。

マティルダはクリストフに。ドロテアはニコラウスにエスコートされ緊張気味に小道を歩く。

淑女科では、淑女として必要な事を学ぶ。マナーや茶会で選ぶ茶花の基礎知識はもちろんだが、科目に無い重要な必須知識は『いかに角を立てずに望まないお誘いやお願いをお断りをするか』という 知識(テクニック) なのだ。

女性教授達は授業の端々にお断りの言葉選びや、やんわりとした拒絶のしぐさ、目線の置き方の 基礎(テンプレ) を口にした。

ガラスペンの家を探している時にも、何度かこの知識は役に立っていた。二人がニコラウスの誘いを断らなかったのは、なんとなくだ。

でも、そういう感覚は大事だったりする。

暫く当たり障りのない話をしていると『楽しい場所』に着いた。大きな広場のようなその場所は曲芸師達が長い足でダンスをし、どこにも引っ掛けない短いハシゴに登ってバランスよくポーズをとる。奇術師が手品して驚かせ、軽業師が組み体操のようなものを披露していたりと賑やかだった。

マティルダとドロテアは、どれも初めて見るものばかりで淑女としてはちょっといけないことだが、声をあげて驚いた。ニコラウス達は紳士らしく気が付かないふりをしてくれる。

「さぁさ、フラッグショーだよー」

「フラッグショーが始まるよぉー」

広場のあちこちからあがる声に、大道芸人達は芸をやめ迷子達に手を振ると、スーッと迷子達を誘導し広場の一角をあけた。

「こちらへ、一番よく見える所に行きましょう」

クリストフ達に手を引かれ少し場所を移動する。

何が始まるかと思っていたら、赤い服赤い帽子を身をつけた何人もの女妖精が薄くて長い旗のような袖を波のようにはためかせながら広場入ってきた。

まるで火の妖精が暖炉の中で遊んでいるかのようなパフォーマンスである。

広場に歓声があがると、今度は色とりどりに装飾された美しい旗を持ち近衛兵のように着飾った二十人くらいの妖精が、隊列を組んで入ってきた。

いつの間にか広場にいた妖精達は、笛や小太鼓でリズミカルな曲を演奏している。

その曲に合わせ、旗振り妖精は人の大きさくらいの旗を振り回す。体の前で回したり腰を中心にくるくるとしたり、時にポーンと投げてお互いに受け取ったりと見事な技を披露した。

「すごい! すごいですわ」

もう、すごいとしか言葉が出てこず目がパフォーマンスに釘付けのマティルダ達に、すでに一度見たクリストフ達は他のカップルにぶつからないように気を使いながら「最後に迫力の旗振りがあるよ」と囁いた。

旗振り妖精達が退場すると仮面を被った男達が二人、人の背丈の倍はあろうかという大旗を担いで入ってきた。下半身はダボダボズボンで、上半身は素肌に袖無しの短いチョッキのような上着。南の大陸ズューデン国風の衣装を着ている。

二人が縦に並び準備が整ったのか、曲が力強い印象のものに変わる。二人はその旗を全身を使いながら振る。対のように波のように。バルクの紋章と三人の女神が描かれた美しい旗を力強く振る。

会場のどこからだろうか、光の筋が何本も旗と男達に当たっていて、男達の大胸筋と上腕二頭筋に滲む汗がわかるくらい、そこだけ明るく浮かび上がった。

声を出すのも忘れて見ていると、火の妖精達が「ありがとう。ありがとう」と言いながら大旗の周りを取り囲んだ。

終わりの合図の声があがると、広場は旗妖精達に惜しみない拍手が響き渡った。