軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

359 結婚式と披露宴

その日、王都の古い小さな教会で一組の男女が神に永遠の愛を誓い、夫婦となった。

正式に立ち会うのは、親族のみ。

花嫁は、 翠緑(すいりょく) の美しいドレスに身を包み、細やかな刺繍に縁取られた長いヴェールをかけ、新郎から贈られた朝摘みの 花束(ブーケ) を手にしていた。

迎える新郎は、新婦から贈られたドレスと同じ生地のチーフで胸を飾り、花嫁の到着を待っている。

ブーケは早咲きの白いモッコウバラと新郎の淡いピンクのプリムローズ、それとアイビーだった。

モッコウバラの花言葉は、「初恋」「あなたにふさわしい人」、プリムローズの花言葉は「貴女なしでは生きられない」だ。

どれも新郎の新婦への熱い思いが込められていた。

貴女にふさわしい伴侶であり続ける努力をするという決意のモッコウバラに、重すぎるくらいの意味を持つ可愛らしいプリムローズが添えられたブーケは、早朝自宅の庭で花婿が手づから摘んだものである。

指輪の交換の習慣がないこの世界では、ブーケにどれだけの意味を込めるかで、花嫁への愛の深さを推し量る。

新郎からの愛の象徴を手に、花嫁は父に手を引かれる。そして、娘として最後のエスコートを受けながらゆっくりとバージンロードを父と歩む。

小さな教会の短いはずのバージンロードを歩む間、父の胸には娘が生まれてからの思い出が、本のページをめくるように浮かび上がってくる。

良い思い出も悲しかった出来事も、どれも大切な思い出だ。

短いバージンロードのその先に、これから娘の手をとる男がいる。平民から貴族となり、やがて二国の貴族となる将来有望な男だ。しかも娘にベタ惚れで、今でもベールをつけた娘に熱のある視線を向けている。

娘もベール越しにその視線に応えているのがわかる。男の前に着き、とうとう娘の手を離す時がきた。

腕にあった娘の手をとり、しっかりと握りしめゆっくりとできるだけゆっくりと、差し出された男の手に娘の手を置いた。

「娘をくれぐれも頼む」

「はい」

私の言葉に男は力強く誓った。

神に誓うより先に、私に誓ったのだ。

娘を泣かせでもしたら、例え神が許しても私が許さないと頭をよぎったが、二人の幸せそうな様子に「そんな事はないわ」と、亡き妻が耳元で囁く。

一歩、また一歩と祭壇への短い階段を登る二人。後ろ姿でもわかる娘の幸せそうな様子に滲む涙を零さないように、娘の晴れ姿を刻むように大きく目を見開く。

「こちらを…」

脇から差し出された小さな真白のハンカチを手にとり、ぐずりとすすった鼻にあてると、聞き覚えのある声に気がついた。

「ア…」

「今はお式に集中を」

人差し指をしーっと唇にあてたその修道女は、にこりと微笑む。もう一人の修道女に促されて、すぐ側の花嫁の父の席に座った。

一国の正妃が修道女に変装してこの場にいるのに驚いたが、司祭が結婚式の始まりを厳かに奏じると、意識は娘に集中した。

「アメリーもコーエンも幸せそうね」

「それは、そうでございましょうとも」

教会の薄暗い壁に立つ二人の修道女は、ひそひそと小声で囁く。このあとバルクの『瑠璃とクリスタル』で、タクシスの派閥を招いての披露宴となる。貴族に顔を知られているアデライーデは、例えどんな変装しても出席は無理だ。

どうしても二人の結婚を見届けたかったアデライーデは、親族のみの式に修道女としてこっそり参加をしている。もちろんミア達も修道女に扮していた。

普段のアメリーとの仲の良さを知っているレナードは、護衛付きならばと渋々を装って許可してくれた。

なので、この小さな教会には似つかわしくないほどの大勢の修道女と、修道士がいる。

みなに見守られているとは知らない新郎新婦は、司祭の言葉に続き、生涯の愛を神の前に誓った。

司祭に杖を預け、コーエンはアメリーのベールをあげてから「今この時より、私達は夫婦となりました」と、夫としての第一声を新妻にかける。妻は例えようのない幸せそうな笑顔で小さく「はい」と、応えた。

コーエンはアメリーを抱き寄せ、誓いのキスをその唇に落とす。

紆余曲折があり身分差があり、国も違ったにも関わらず、二人は晴れて真実の愛を貫いて神の名の下に結ばれたのだ。

誰からともなく始められた惜しみない拍手で、教会は包まれる。

ノイラート卿だけが、堪えきれなかった涙を拭くことなく、ハンカチを握りしめ娘の門出をその目に刻んでいた。

誓いが終わり、新郎新婦は親族からの祝いを受けながら、教会の外で待つ友人知人への成婚の披露の為に向かった。

教会を出たタイミングで、教会の鐘が打ち鳴らされる。祝福の鐘が打ち鳴らされる中、友人知人らによるフラワーシャワーを浴びながら、親しい顔の修道女達を見つけた二人が驚いて振り返ると、花嫁の父の傍らに高貴な方の顔した修道女を見つけた。

その修道女は満面の笑みを浮かべて、まるで母のように二人に手を振って祝福をした。

披露宴は、私達の分に過ぎる豪華さで『瑠璃とクリスタル』で行われた。

知っている顔は、宰相閣下ご夫妻のみ。

私がまだ名誉男爵という身分なので、この披露宴は表向きはそろばんの国内外への普及に伴う顔合わせと、その開発者を派閥へ披露するという形で行われた。

きらびやかな室内に、アデライーデ様がお作りになられた料理や菓子の数々。そして、着飾った高位貴族の方々がいる。

数カ月前まで一介の職人でしかなかった自分が、場違いな場所に紛れ込んでいるのかと思うような錯覚に襲われるが、隣には愛する妻がいる。

後ろには頼れる義父がいて、仮寄親としてのレナード様が先導してくださる。私は一人ではない。

アデライーデ様に頂いた 黒檀(エボニー) の杖の黒曜石を握りしめ、私は妻を伴い胸を張って披露宴の会場に足を踏み入れた。