軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

352 ウニと大海老

「アデライーデ様は、あの匂いのきつい魚醤から使いやすい魚醤に改善され、一部の者しか口にしなかった魚醤が、今やバルクのみならず帝国の貴族の間でも人気の調味料となりました。私もアデライーデ様を見習って、何か少しでもお役に立てればと思っております」

「うむ。そなたのアデライーデに対する忠心、誠にうれしく思うぞ。それもレナードの采配がきっかけだな。よい時にアルトを調べに出してくれたな」

アルヘルムは、さも感心したという雰囲気で二人に言葉をかける。が、目は面白いおもちゃを見つけた子供のようにきらきらさせている。

あんぐりと開けた口を素早く閉じてレナードは、こほんと咳払いをして「いえ…」と、だけ口にした。

「大儀だったな。ゆっくり休むといい」

「ありがとうございます。しかし、試作用にバケツに2杯程とってまいりました。ハイニーさんからウニは鮮度が命と聞きましたので、さっそく試作に行ってまいります」

「そうか、それは楽しみだな」

意気揚々と居間を出ていくアルトが扉を閉めた途端、 にこにこと笑うアルヘルムに、レナードは一歩前に出て「よろしいでしょうか」と声をかけた。

「うむ」

「いくら老人が一人ウニを食べていたとはいえ、安全かどうかはわかりません。お二人に何かあれば一大事でございます。長く庶民の間で使われていた魚醤とは違います」

食べられても食あたりを起こしやすかったり、中毒性がある食べ物もある。レナードは真剣な顔でアルヘルムに進言をした。

「限られた地域だけだったらしいが、ウニはバルクでも食べられていたようだ」

「は?」

アルヘルムは、アデライーデが食べたのなら大丈夫だとは思っていたが、レナードと同じような心配をしたタクシスの進言を聞いて、アルヘルムはすぐに文官長を呼んで王宮書庫にあるバルクの風土記を調べさせた。

そして、文官達は一冊の古い風土記の中からウニの記述を見つけたのだ。

ー別名海の栗と言われるウニという生物がいる。黒いイガグリのような外見を持ち、目も手足もない生き物であるが毒はない。北部の沿岸沿いの集落の一部で食していた。味は濃厚な甘みとクリーミーさがある。見た目の不気味さから他の地域で食すものは少ないー

「北部出身の文官もウニを知らなかったから、レナードが心配するのは無理もない」

「…………」

「目を通すといい」

バルクにも王宮書庫はある。帝国のように他国のものはないが取り潰しになった貴族の家から接収した本や、バルクの各領地を文官に回らせて生息している珍しい動植物を調べさせたりしている。

予算がなくて、数十年に一度程度だが。

自分の言葉を俄には信じられないようなレナードに、アルヘルムは文官達が見つけ出した古い風土記を手渡した。

栞が挟んであるページを開くと、確かに短い文だがウニの記述がある。

レナードは風土記をぱたんと閉じると、ちらりとアデライーデに「正妃様はどちらでウニの事をお知りに?」と問うてきた。

「嫁ぐ前、海の生物の本かなにかで見ました……」

………嘘は言ってない。読んではいる。この世界では無いが…。

ゴクリと喉を鳴らして答えると、マリアが「確かにアデライーデ様は嫁がれる前、バルクの事をお知りになりたいと王宮大書庫に通われ、周辺国の風土記や紀行本をお調べになっていらっしゃいましたわ」と、レナードに告げた。

わが国の文献にもあり、帝国の大書庫にも記述があるのならば危険なものではないのであろうと、レナードは引くことを決めた。

「納得致しました」

「念の為に典医も連れてきている。レナードが心配しないようにな」

それは…、確実にウニを食べるためにだろうとレナードは思ったが、そこは口にしなかった。

レナードが居間を離れ、マリアがアデライーデの為に軽食のワゴンを取りに行っている隙にアルヘルムはアデライーデにそっと囁いた。

「今度、なにか面白そうなものを見つけたら私を呼ぶんだよ。絶対に警備の兵士達に見つからない自信があるからね」

爽やかな笑顔で、悪い事をいう王様である。

本日はアルトが作ったウニの試作をメインとした晩餐になった。

「こちらが本日のスープ代わりの、試作のウニのスクランブルエッグとなります」

スクランブルエッグと言っても、どう見ても壺に入ったカボチャスープに見える…。

スープの上には蒸した一匙のウニとパセリが散らしてあった。

「これは? スクランブルエッグなのか?スープでなく?」

「はい、西の大国の調理法になります。生クリームとバターと卵を湯せんにかけながら固まる直前まで火を通して作ります。仕上げの直前にウニを入れました」

現代のウフ・ブルイエ フランスの伝統的なとろりとしたスクランブルエッグと同じ作り方だ。

「ほう、かすかに磯の香りがするな。これがウニの味なのか。旨いな」

初めてウニを食べるなら、食べ慣れたものと一緒に食べる方が良い。

自分はハイニーじいさんから最初に生ウニを食べさせられたが、料理人でないお二人にはハードルが高いとアルトは火を通したウニのスクランブルエッグから出したのだ。もちろん、上にのせたウニにも火を通した。

ちなみにアルトはアデライーデが生ウニを口にしたのを知らない。それをこの場で知っているのは、アルヘルム、レナード、マリアだけである。

警備隊長と兵士達には、ウニがエサを食べているか心配になったアデライーデが気になってベッドから抜け出したと話している。

「お口に合いましたでしょうか」

「うむ。うまい」

「ええ、とってもおいしいわ」

「ありがとうございます」

ーアルトが料理を作ってくれて良かったわ。私ウニって生でお鮨か瓶のウニをご飯でしか食べたことなかったもの。あとはお店でウニのパスタくらいだし。作れてもせいぜいウニをのせた豆腐くらいだけど、お豆腐ないものね。

初めて食べたウニのウフ・ブルイエは、たっぷりとウニが使ってあり贅沢な味がした。卵と一緒なので初めてウニを食べる人にも食べやすい。

おいしいと言われて、ホッとしたアルトは次の料理を持ってきた。

「次はウニのシュペッツレです」

シュペッツレとは卵が入った手打ち麺で、麺と言うよりマカロニに近い見た目をしてかなり柔らかい。

「クリームソースにウニを加えたウニソースをシュペッツレに絡ませております」

縁のあるリムプレートには、ウニソースをたっぷり纏ったシュペッツレが形良くこんもり盛られ、上にはローストされたウニがふんだんに散らしてあった。

「ふむ、こちらの方が濃厚な味だな」

「はい、ウニの量はスクランブルエッグの倍ほど使っています」

ーなんて贅沢! 以前食べたことのあるウニのパスタにはこんなにウニが入ってなかったわ。どのくらいウニが入っているのかしら。

夢見心地でウニのシュペッツレを口にするアデライーデをレナードは生暖かい目を見ている。

「メインはシンプルな大海老のソテーと、アンチョビバターと火を通したウニペーストを塗ったパンを添えています」

コッテリとしたウニのシュペッツレの後の、シンプルな大海老のソテーは、塩が海老の甘みを最大限に引き出していた。

「こちらのスティック状のパンにはアデライーデ様のお作りになったアンチョビを入れたバターを塗った上にハイニーさんから教わったウニのペーストを重ねてみました」

「これは…、酒のつまみにもいいな。塩味とウニの甘みが丁度いい」

「はい、夜会に出せるかと…」

アルトはにっこりと笑いながらアルヘルムのグラスに、白ワインのおかわりを注いだ。

「最後になりますが、生ウニをお召しあがりになりますか? 本来であれば最初にお出しするべきかと思いましたが、最初に生でだといささか抵抗があるかと思いまして最後にしました」

「いただくわ!」

きらきらさせた目をして答えるアデライーデを見て、アルヘルムも「もちろんだ」とナプキンで口を拭った。