軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

342 ペンレストと手紙

「アデライーデ様、少しご休憩をされませんか?」

午後から分厚い手紙を書いているアデライーデに、マリアは声をかけた。

「そうね。少し休もうかしら」

アデライーデはガラスペンを、開いた本の上で羽根をくわえて小首をかしげている小鳥がモチーフとなっている真鍮製のペンレストに置く。

「ガラスペンの書き心地は、いかがですか?」

書斎から居間へ移り、ソファに腰を下ろしたアデライーデにマリアはミルクティーを差し出した。

「とても、いいわ。思っていたより、ずっとインクの持ちも良いわね」

「ようございました。さすがバルクで指折りのガラス職人と言われるヴィドロ様の工房の職人達ですね」

「本当よね。バルクの職人さんの技術ってすごいわ。でも、まだあれで改良の余地がある試作品って言うのが信じられないわ」

アデライーデの言葉に、マリアの後ろに控えているエマ達も誇らしげにしていた。

「皆様、大層喜ばれていましたものね」

「ええ、気に入ってもらってよかったわ」

ヴィドロから試作品の手紙を貰ったアルヘルムは、早速アデライーデと試作を見ようと、離宮へ行く予定を調整をするべくタクシスに声をかけた。

だが、それが失敗だった…。

そのタクシスから、美しい物が大好きなメラニアにもガラスペンを見せたいと同行を強請られ、渋々了承すると、翌日メラニアから丁寧な礼状をタクシス経由で貰った。その礼状の末尾に「ぜひ、テレサ様もご一緒に」と書かれていたのだ。

メラニアだけなら夕方までの滞在だ。百歩譲って晩餐までだとしても、タクシスに迎えにこさせて帰せばいい。その後、離宮に泊まらなくともアデライーデと二人で話す事ができる。

だが、テレサと一緒なら…。

テレサだけ先に帰して一人だけ離宮に残るのは、なんとなく気まずい。

いや、王が正妃と清く正しくお茶を飲んで語らいの時を過ごす…それ自体、なに憚ることではない。

なのだが…なんとなく後ろめたい。

その日の晩餐の終わりに、さりげなくテレサに離宮に行くかと聞いてみた。忙しいのであれば無理にとは…と、言おうとする前に、テレサが「嬉しいですわ」と喜んだ…。

「アデライーデ様とお茶をするのも新年以来ですしね。それに、先日の螺鈿細工の小箱も素敵でしたもの。アデライーデ様が作らせたのなら、きっとガラスペンというものも素晴らしいものでしょうね」と、笑顔で返された。

「そうだね。きっときれいなんだと思うよ」

「どんなものなんでしょうね。楽しみですわ」

食後の紅茶に口をつけながら、テレサは笑う。

「でも、最近茶会が続いて疲れてないかい?」

「大丈夫ですわ。日取りが決まったら、お茶会の予定は、それに合わせますし」

「うむ。ありがとう」

アルヘルムは、ちょっぴり残念な気持ちを顔に出さないように気をつけて微笑んだ。

「他にも何か、アデライーデ様が作らせたりした物はないんですの?」

「あぁ、蝋燭カバーと大きなガラスビーズを頼んでいたな」

「蝋燭カバーはわかりますが、ガラスビーズはなんに使うのかしら。詳しくお聞きになってます?」

「いや、私も聞いてないな…」

「ふふっ、では、その日のお楽しみですわね。できるだけ早く訪問日をお決めくださいね」

「あぁ。そうしよう」

「父上。母上とともに離宮に行かれるのですか?」

それまで黙って会話を聞いていたフィリップが、二人の話が落ち着いたとみてアルヘルムに尋ねた。

それまで時々だったが、学院に通うようになってからフィリップも二人と晩餐を共にするようになっている。

「あぁ」

「私も、そのガラスペンを見てみたいです」

「いや、だがアデライーデにはまだテレサ達も一緒に行くとは、伝えてないのだよ」

「最近は遠乗りの日に雪が降って、離宮に行けてないですし…。私も一緒に行きたいです」

(お前は、それまで毎月のように離宮に行ってアデライーデに会ってるはずだが?)

フィリップは、去年の遠乗りの件から月に一度か二度、遠乗りとラインハートのところでの稽古という名目で離宮に行っている。

フィリップが来たと聞けばアデライーデが稽古場に顔を出すので、もしかしたらフィリップは、アルヘルムよりもアデライーデと顔を合わせている回数は多いかもしれない。

「では、一緒に伺っても良いかと、アデライーデ様にお尋ねしてみては?」

「母上!」

テレサの言葉に喜ぶフィリップと、驚くアルヘルム。

「でも、フィリップ。アデライーデ様から今回はご遠慮してくださいとお返事が来たら、聞き分けるのですよ」

きっと、アデライーデは訪問を断らないと自信をもっているフィリップは元気よく「はい!」と、答える。

「では、そろそろお部屋に戻ってお休みなさい。私はお父様とまだ少しお話があるのよ」

テレサの言葉に、フィリップは二人に退室の挨拶をすると足取りも軽く、女官に連れられて部屋に下がっていく。

そんなフィリップを母親の顔で見送って、テレサは王妃の顔でアルヘルムに微笑む。

「ガラスペンも、蝋燭カバーもバルクの特産にするおつもりでしょう?」

「うむ。そのつもりだ」

「でしたら、フィリップにもそろそろ、そういう場を見せるのも良い機会だと思いますわ。ガラスの街も新しい街の事も、アデライーデ様との夜会や茶会が発端ですもの」

「そうだな…」

「きっと、楽しくて有意義な時間になりますわよ。それに、アデライーデ様はきっとダメとは言われませんわ」

そう言われてしまったら、アルヘルムは反対できない。フィリップにも少しずつ王太子としての経験を積ませている。良い機会と言われたら確かにそうなのだ。

「本当に楽しみですわ」

嬉しそうに微笑むテレサに、アルヘルムは頷くしかなかった。

翌日、アルヘルムはこっそりとアデライーデに「皆で行くより、自分1人で行ったほうがいいのではないだろうか?」と、含ませた手紙を書いた。

だが、そんな含みをぶっちぎり「こちらはいつでも大歓迎です。皆さんでいらっしゃるなら、ぜひ晩餐もご一緒にしましょう! アルトに腕をふるってもらいますね。楽しみです」とつれない返事が返ってきた。

微妙な顔をして手紙を読むアルヘルムに、ナッサウは黙ってお茶を差し出した。