軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

325 封筒と後ろ姿

タクシスから呼び出された翌日、コーエンは正装をして離宮のレナードを訪ねた。今までは職人として使用人が使う勝手口からの訪問であったが、叙爵の礼儀作法の特訓の時に教えられたとおり、顔見知りの門番に訪問を告げると正面玄関横にある脇玄関に案内された。

正面玄関は、貴賓や 主(あるじ) であるアデライーデ、アルヘルム達王族のために使われる。あとは主が招いた客の場合は身分を問わない。それ以外の突然の客には少し脇にある小さな…と言ってもそれなりに大きな脇玄関に通すのだ。

対応に出てきた従僕に、訪問先はレナードだと告げるとホールではなく、小客間に通された。

しばらくしてレナードがやってきたので、昨日タクシスに『国内外に工房を持つ事と屋敷を持つように』と告げられた事を話し、工房の件に関しては師匠に相談しようと思っているが、屋敷に関してはどうしていいかわからずお知恵を借りたいと願った。

「まずは、義父であるノイラート卿に相談されるのがよろしいかと。タクシス様からの指示で屋敷の建設場所が決まっているのであれば、そのうち棟梁のご紹介があるでしょうから内装に関しては、その棟梁とノイラート卿にご相談されるべきですな」

レナードの言葉に耳を傾けているとコンコンと扉をノックする音が聞こえ、メイドがお茶を運んできた。そのメイドがお茶を置き静かに出てゆくと、レナードはお茶をすすめ自らも口をつけた。

「1代限りの名誉男爵であれば屋敷を持つ事はありませんが、2国の貴族となり屋敷を持つならば、貴族としての体裁も必要になると思います。馬車と使用人を数名。不慣れな主人を補佐し家政取り仕切る執事が必要になると思います」

「……。なにから手を付ければ良いのでしょうか」

コーエンは、座っているはずなのに軽いめまいを感じる。年明けから何度か襲われ、このめまいに襲われるたびに新しい戸惑いが増えていく。

やっと弟子を育てる事に慣れてきたら、今度は使用人を持たねばならない。今は下働きのおばあさんに来てもらっているが、それすら最初は緊張していたのだ。

「まずは、使いができる男手を1人早急に見つける事をおすすめします。今回のようにご自身が先触れもなく貴族を訪問するのは、好ましくはありません」

「も…申し訳ありません」

「今まで職人として訪問を許されていたのですから、問題ありませんでしたが、今後は先触れを出される方が良いでしょう。迎える相手方も準備というものがございますからな」

庶民や依頼された職人が貴族宅へ先触れなく訪問するのは、許されている。いくら待たせても問題ないからだ。

だが、貴族同士ではそうはいかない。

「幸い、この村には元王宮勤めの者がたくさんおります。村長に相談すれば、適任者を紹介してくれるはずです。屋敷が完成すればタクシス様より執事や使用人の斡旋もございましょう」

「後ほど、村長に相談に行きます」

コーエンはこくりと頷いた。

「それと…」

「それと?」

「数着誂えたほうが良いでしょう。王宮に召された時には問題ないですが、他家へ訪問されるのには少し格式が高すぎます」

「はい…」

「最初は、名誉男爵での叙爵のみと言うお話でしたので、それ用のものを仕立てさせたのです。今後はご活躍の幅も広がり、それに伴い婦人ほどではありませんが、服や小物も必要となります。身なりで侮られてはなりませんからな」

そう言ってレナードは、小客間の隅にあるライティングデスクに向かい、さらさらと知り合いの仕立て屋の住所を書くと封筒に入れた。

「以前、その衣装を仕立てた仕立て屋の住所です。当面必要と思われるものを見繕うように、手紙を書いておきますので、数日経ってからここを訪ねると良いでしょう」

ソファに戻り、レナードはスッとコーエンの前のテーブルに封筒を置いた。

そして、ティーカップが空になるまで、レナードは軽い貴族としての心得を説き、コーエンは熱心にその話を聞いた。

「突然の訪問を失礼しました。それに何からなにまで、ありがとうございます」

「何事も最初は不慣れなものです。帝国の事はノイラート卿のご指導を仰がれますように。バルクの事で疑問に思われる事があれば、先触れを。では、玄関まで送りましょう」

コーエンが別れの挨拶に感謝の気持を込めてレナードに礼を言うと、レナードは薄く微笑み小客間の扉を開けた。

「シリングス卿。 幼子(おさなご) がどのようにして貴族となると思われますか?」

「? 貴族となる…。教育でしょうか?」

「もちろん、それもあります。貴族は庶民に比べ学ぶ事は多いです。ですが、それだけでは足りないのです。私から見て、卿は貴族の素養を持っていると思います。もちろん、これから学ぶ事を前提としてではありますが」

「……」

「 幼子(おさなご) が貴族となるには、周りから貴族として扱われることです。周りから貴族として扱われることで、少しずつ自覚が生まれるのです」

脇玄関までの道すがら、レナードはゆっくりと歩きながら独り言のようにコーエンに聞かせる。

「それが全てではありませんが、 主(あるじ) にお仕えする立場の私としては、大事な事だと思っています」

長く王家に仕えるレナードらしい言葉だった。

「それでは、お気をつけておかえりください」

脇玄関の扉を開け、レナードはコーエンを送り出す。

「良き出会いがある事を」

レナードは手を後ろに組み、これから活躍するであろう若き貴族の後ろ姿を見送った。