軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

326 紹介とパイプ

コーエンは一旦自宅に戻り、庶民用の訪問着に着替えてからガリオン村長の家に向かった。ガリオンの家を訪れるのは、家を借り下働きのおばあさんを紹介してもらった時以来だ。

訪問の挨拶をすると、ガリオンは快く家に招き入れてくれ茶を出してくれた。

「ほう! 名誉男爵になったかと思えば、すぐに帝国の男爵にもですか! めざましい出世ですな」

「いえ、すぐにではなく…。いずれなのですが。驚くことばかりで、気持ちがついていきません。しかし、用意せねばならない事や決めねばならない事が次から次に出てくるのですが、戸惑うばかりで…」

「確かに普通の名誉男爵は、叙爵したとしても普段の生活は変わらず、変わる事と言えば毎年の王宮の新年会に参加する事くらいですからな。何かあっても後ろ盾の貴族に全て取り仕切ってもらい、その通りにすれば良いですが、コーエン殿は他の名誉男爵達と少し事情が違いますからな」

ガリオンはそう言うと、テーブルの上のパイプレストからパイプをとり、 刻(きざ) みたばこを詰め火をつけた。

「しばらくは村で生活をされるのですか?」

「はい、そのつもりです。宰相閣下からこの村のすぐ近くに屋敷を持てと言われましたが、それもどうしていいかわからずレナード様に相談をしましたら、村長に相談して早急に使いのできる男手を雇うようにと教えていただきました」

ゆっくりとパイプを 燻(くゆ) らせつつ、ガリオンはコーエンの話を聞いていた。

「妥当ですな。あとは馬車と使用人数名といったところですか?」

「え? あ、はい」

レナードに言われた事を言い当てられてコーエンが驚いていると、ガリオンはさも当然という顔をして煙を吐いた。

「ごく普通の男爵家の使用人数ですよ。屋敷の規模にもよりますがな」

「それなのですが、その…屋敷を持つにあたり、いかほど用意すれば」

コーエンはタクシスにもレナードにも聞きそびれた事をガリオンに尋ねた。タクシスには恐れ多くて聞けず、レナードの時は教えられる他の話に気がいって聞けずにいたのだ。

「領地ではなく、屋敷の土地なのでしょうから御下賜となるでしょう。屋敷はコーエン殿の資産となるのでご自身の支払いとなり…そうですな…」

…ごくり。コーエンの喉が小さく鳴った。

元々コーエンは派手な生活をしていない。まぁ…忙しくて使う時間もなかったし、村で生活をしていれば使う場所もない。唯一贅沢に使ったのは、帝国に帰ったアメリーに頻繁に手紙を出していたくらいである。

そろばんを作り出してからびっくりするような金額がアリシア商会を通じて支払われた。アデライーデから依頼される数々の試作品にも高額な報酬が支払わられている。

最初は自分で作った丈夫な樫の手持ち箱に入れていたが、怖くなり手元金以外はアリシア商会に預かってもらうようにしていた。

庶民であれば王都に工房と広い庭付きの家1軒ほどを買えるくらいの大金を持っていると思うが、アメリーとの結婚もある。コーエンはガリオンの言葉を待った。

「男爵として体裁が保てる屋敷とならば………程からでしょうか」

「!!」

違った…。違いすぎる。桁が庶民とは3つも4つも違う。

「それとは別に家具調度品が必要となりますなぁ」

「!!!」

「使用人の給金と経費で………と、屋敷の維持管理費と修繕積立も必要となりますし…。まぁ………くらい毎年みておく必要がありますな」

「!!!!」

詰んだかもしれない。

逆立ちしたって払える金額ではないし、借りる先すらない。今からでもお断りするべきか?

しかし、屋敷を持てと言われた時に戸惑う気持ちの中に、男爵令嬢であるアメリーに実家と同じような生活をさせられると思う気持ちもあった。アメリーは今の家を素敵だと言ってくれたが、家の1階が工房で常に職人達がいる。アメリーの今までの生活とはまるで違うのだ。

ガリオンは、パイプの上灰をピックで掻き出し再び火をつけた。ぽっぽっと短くパイプを吸い、またゆっくり煙を吐き出すと顔色を無くし呆然としているコーエンに笑いかけた。

「宰相閣下は、ご一緒になにか仕事の話はされませんでしたか?」

「え? あ、ええ。あの」

新しい工房の話をガリオンにしても良いものか、コーエンは迷った。

「詳しくは言わなくても構いません。普通はそれだけの屋敷を賄える領地や商会を持っていなければ、屋敷を持てと言われんのですよ。心配されなくともなにか算段が閣下にはあるんでしょうな。資金も閣下が個人的にお貸しくださるか国が貸付けて下さると思いますよ。目処がつけば、そのうちにお話があるでしょう」

「そう…なのでしょうか」

王宮での仕事の話が終わった帰り際、タクシスからさらりと屋敷の話をされた最後の言葉は「詳細が決まったら追って知らせる」ではあった。ガリオンは笑っているが、コーエンは不安でしかたない。

「ところで、紹介の件ですがな」

「はい」

「適任者は何人もおります。彼らは王宮務めの経験もあり貴族の作法にも詳しいので安心してください。ただ皆年寄りですので、毎日や1日中というのは厳しいでしょう。交代でという条件でもよろしいですかな?」

「もちろんです。皆さんに色々教えていただけるとありがたいです」

コーエンは王宮でメイドや馬丁の経験のある人が来てくれれば、これから頼ることもできると、ほっとした。

が、しかし。この時、コーエンは知らなかった。

ガリオンから紹介されるおじいさんおばあさん達が、この国の貴族の屋敷の最高峰である王宮で女官や侍女、従僕を勤め上げた猛者たちである事を。