作品タイトル不明
254 冬薔薇と庭
「ん?そんなに、男爵が増えるのが嬉しいのかい?」
「ええ、今回は…。いえ、男爵位の授与なんて初めての事ですけど…。アメリーの事を思うと、とても嬉しくて…」
「アメリー?」
「ええ、先日までこの村にいた帝国の挿絵画家のティオ・ローゼンですわ」
「あぁ…男性名の画家の」
「ええ、彼女はコーエンと恋仲なのですが、男爵令嬢なので平民であるコーエンとの結婚に爵位が問題にならないかと心配していたのです。でも…コーエンもこれで名誉男爵となれば、問題の1つが解決するかもと思ったら嬉しくて」
普段、自分からは積極的にキスも抱擁もしないアデライーデが突然腕にとはいえ抱きついてきたことに、どきりとしたアルヘルムは理由を聞いて少し残念に思ったが、まるで我が事のように友人であろうアメリーの恋の進展に喜ぶアデライーデを微笑ましく見つめていた。
「そうか…」
「ええ、早くアメリーに…」
「こほん……」
「こほん……」
こほんこほんと、マリアとレナードの小さな咳払いが響いたあと、レナードがおもむろに笑顔でアデライーデに話しかけた。
「大変喜ばしいことでございますな。まずは明日にでもコーエン殿に内々でお祝いをされてからがよろしいかと…」
「あ、そうね。まずはコーエンにお祝いよね」
「そうでございますね。アデライーデ様。まずはコーエン様に明日にでもお会いしてお祝いを伝えましょう。先触れを 後(のち) ほど出しておきますわ。アメリー様にはきっとコーエン様がお知らせされるはずですもの」
「そうね…。きっとコーエンから知らせが行くわね。アメリーもコーエンから知った方が嬉しいはずよね」
--そうよね!私からよりコーエンから直接知りたいはずだわ。いけないわねぇ。ついついお節介しちゃうとこだったわ。
ともすれば、このままアメリーにコーエンの爵位授与の知らせの手紙を書き出しそうな勢いのアデライーデを、レナードとマリアは言葉巧みに気を反らせた。
特にレナードは離宮に来るために寝る間も惜しんで公務を片付けているアルヘルムの為にも、この離宮での時間を他の誰かの為に使わせたくはなかったからだ。
それが例えアデライーデの友人の為であっても。
その後、アルヘルムとアデライーデは離宮の 冬薔薇(ふゆそうび) を愛でに2人で庭園にでかけて行った。これも皇后からの贈り物でアデライーデがベアトリーチェと過ごした離宮に植えられていた薔薇である。
土が変わると良くないからと大量の帝国の土も持ち込まれ、庭師達は深めに掘った穴に帝国の土をフカフカにして丁寧に薔薇を植えていた。
真紅の冬薔薇は、艷やかな花びらを誇らしげに凛と咲き誇っていた。
「見事だな」
「ええ」
皇帝から贈られた白セーブルのストールとマフで寒さ対策をされたアデライーデを、自身の黒いマントで包みアルヘルムはゆっくりと庭園を見て回った。この庭園も毎年のように夏の避暑に来ていたが、冬に来るのは久方ぶりである。主が変われば庭園の 趣(おもむ) きも変わる。
小さな庭園は、まるでここだけが季節が違うように色とりどりの花が植えられていた。
「庭師のおじいさん達が、いつもお世話してくださっているのですわ。花もバルクのものを使いたいと、あちこちに出掛けて植え替えしてくださるの。ほら、この花もバルクの花なんですって」
アデライーデが指差した先にはスノードロップに似た可愛らしい花が風に揺れていた。
「こっちは帝国から取り寄せたお花ですわ」
赤紫の帝国の色をしたシクラメンに似た花がスノードロップ似の花のすぐ側に植えられていた。庭師達の腕なのか、形も色も違う花達が違和感なく馴染んでいる。
王宮の庭は整然と整えられた樹木が多く、花壇には同じ種類の花を植える事が多い。現代のイングリッシュガーデンに近いこの庭に陽子さんはなんの不思議もなかったが、アルヘルムにとってこの離宮の庭はとても新鮮であった。
「このような植え方は帝国風なのかい?」
「どうでしょう?帝国で私が住んでいた部屋の庭もこのような感じでしたわ。聞いてみましょうか?」
「うむ…」
後ろに控えていたマリアに頼んで呼んでもらった庭師のおじいさんによると、この植え方は帝国の庭園風ではなくベアトリーチェが幼いアデライーデが庭を楽しめるように沢山の花々を植えてほしいと願ってできた植え方だと言っていた。
「アデライーデ様は覚えておりませんでしょうが、儂らはアデライーデ様が、まだほんのよちよち歩きの頃に1年ほどベアトリーチェ様の離宮の庭師をしておりました。その折にベアトリーチェ様にはとても良くしていただきました。何を植えれば良いかとよくご相談されたものです。アデライーデ様がお小さい頃は、苺やラズベリーなどを植えられて春から秋まで何か食べられる実のなる苗を植えておりました」
「まぁ…ごめんなさい。覚えてなくて…」
懐かしそうに話をするおじいさんに、陽子さんはどきりとしながらそう応えた。まさかここでアデライーデの昔を知る人物に会うとは、思っていなかったからだ。
「いえいえ、幼い頃のことですから。それに、その後はずっと他の離宮の庭師をしてお会いする事はございませんでしたから」
そう言うと、おじいさんはペコリと頭を下げ帽子を被ると下がっていった。
立ち去るおじいさんを見送っていたアデライーデを、アルヘルムは後ろからそっと抱きしめた。
「この庭の造りは、貴女の母君の愛情が息づいているのだね。どうりで落ち着くわけだ」
「ええ、そうですわね…」
しばらくして小雪が降り出すまで、ふたりの散策は続けられた。